第一章 餌付け(1)
昨日の一月六日は圭喜の誕生日だった。高校生になってバイトをするようになってから誕生日のプレゼントを親に強請ることはなくなったがそれでも洋菓子店の実家は毎年豪華なケーキを誕生日に用意してくれた。二十歳を過ぎた今、ケーキ自体もそんなに必要ないと圭喜は思うのだが、それでもケーキは下の弟妹たちが喜ぶので毎年受け取っていた。圭喜以外の家族は甘いものが大好きだからだ。そういえば圭喜自身は覚えていないのだが「昔は圭喜も甘いものが大好きだったのよ」と母親から聞いたことがあった。一体何時から甘いものが苦手になったんだろうか?
圭喜はぼんやりとした意識から覚醒するように閉じた瞼をゆっくりと持ち上げた。
サクサクサクサクサクサクサク・・・
「・・・・・・・・・・・・」
ぼんやりと天井を見上げていた圭喜はそのまま首を横に倒して机の上を眺めた。まだ完全に覚醒していない脳に不思議な光景が映った。
サクサクサクサクサクサクサク・・・!
「・・・うわぁ」
湿気らないようにリボンをきつく巻いてあったクッキーの袋は無残に破られていた。そこでこちらに背を向けて人形が一心不乱にクッキーを貪っている。これを夜中に見たら発狂する。圭喜はまだ半分寝たままの体を寝台から起こした。
ぎし・・・
サクサクサクサ・・・
一心不乱にクッキーを食べていた人形は寝台の軋む音に驚いてピョン!と飛び上がった。その反応は悪いことをして見つかったときの双子の様子にとてもそっくりだと圭喜は思った。人形はおずおずとこちらを向く。頬には相変わらずクッキーの食べかすがついていた。学習能力がないのだろうか?圭喜は寝台から立ち上がると人形のいる机上に置かれたティッシュを手にとって人形の顔をごしごしと少し強めに拭ってやった。
長弟の藍須とも三つも学年がはなれていた圭喜は昔から洋菓子屋の切り盛りに忙しい両親の代わりに家の仕事をしていた。双子の小倉と金時のオムツ代えにミルクやり、食べ盛りの藍須や最中に妹の知世子の食事。更には家の洗濯に掃除も全部が圭喜の仕事だった。
下の弟妹たちも大きくなってきてからは家事を手伝ってくれるようになったが、藍須は家事全般がまったくできず役に立たない。知世子は掃除、洗濯はある程度できるが料理が致命的に下手くそでまったくできなかった。最中は器用なところがあるが今は部活を頑張って欲しいので保留中である。ちなみに双子は危ないので台所は立ち入り禁止。
ってそうじゃなくて・・・
圭喜はどこか違うところに飛びかけた意識を人形の口元を拭くことでこちらに戻した。
「ほらもう、赤ん坊じゃないんだから」
圭喜は人形の頬が綺麗になると手を放した。クッキーの袋は破かれて中身はもうクッキーのカスしか残ってない。圭喜は無言でそれをゴミ箱に入れると机の上に散らばったぼろぼろのクッキーカスもゴミ箱の中に捨てた。
人形はその光景をじーっと見ていた。圭喜はその顔を見て人形の小さな頬を両手で伸ばしてみた。
「あー・・・のびるのびる」
『!!・・・!・・・・・・!!・・!!!』
手を放せば少し赤くなった頬を人形は押さえて涙目でこちらを見上げていた。ここで甘やかすとまたこの人形はお菓子を食い散らかすだろう。圭喜は何故怒られているのか認識していない人形にこう言ってみた。
「こらっ今度勝手にお菓子を食べたらもうお菓子は無しだ」
『!!!』
話が通じたのかどうかはよく分からないが人形は多分反省したようだ。おろおろしてる。ちらちらこちらを見ている。圭喜は小さな人形を机の上に置いたままそこから離れてみた。人形は泣きそうな顔でこちらを見ている。よしよしもうするなよ!と頭を撫でにいってやろうかと思ったがこのまま許してしまうと圭喜は謝ると簡単に許してくれるんだ。と相手に思わせてしまう。
圭喜は下の弟たちからそのことを学んでいたためあえて人形に優しい顔を見せずに部屋を出て行った。
部屋を出て行った圭喜が向かったのは一階の洗面所だった。顔を洗っていると後ろの廊下をどたばた走る音が聞こえてきた。どうやらもう双子が起きたらしい。圭喜は蛇口を閉めると後ろの棚においてある昨日取り込んで畳んだばかりの服に着替えて洗面所を出て行った。