第一章 お客様(3)
お腹が一杯になったのと柔らかな寝台に座っていたこともあったのか人形は圭喜が少し目を離していたうちにいつの間にか寝台の上で丸くなっていた。小さく寝息を漏らす人形をそのままにしておくと圭喜が寝台で寝れなくなるので圭喜はその人形を手でそっと掬ってみた。しかし手の中に入れたのはいいが具体的に人形をどこに移すのか考えていなかった圭喜は部屋の中をうろうろするだけだった。
そのまま部屋の中を歩き回っていた圭喜だったが机の上に置かれたペンをたくさん入れてある籠を見つめて動きを止めた。眠ってしまってようやく静かな人形をわざわざ起こすつもりも無く、落とさないように片手でペンをその籠から出すとそこに小さなタオルを敷いて人形を下ろした。「って何でこんなことしてるんだ」と圭喜が考えながら体は人形にかけるハンカチをタンスから漁っていた。伊達に六人きょうだいの長子でなはい。
すると・・・
コンコン
「圭ちゃんお風呂あいたよ」
「!」
扉の向こうから妹の声が聞こえて圭喜は肩を飛び上がらせた。扉をノックしたのは五人の弟たちの中で唯一の妹、今年の春から高校生になる知世子だった。
「わかったー今行くから」
「はぁい」
知世子は圭喜の言葉に納得してそのまま階段を下りていった。心臓をバクバクさせながら圭喜は胸を押さえ、そして何故自分がこの人形を隠しているのか少し考えてみた。
いや、だって・・・たとえば先ほどの妹、知世子にこの人形を渡してみよう。そうすればどうなるか?いきなり喋ったり怒ったりする人形を見たりしたら知世子はそのまま驚いて、失神して、床に倒れてしまうだろう。運動音痴の知世子はその際に頭も床にぶつけてしまうのではないだろうか。ありえないことが起こると混乱して慌てて自滅してしまうタイプだ。あの子は。
では長弟はどうだろうか?長弟の藍須は今年の春、大学に上がる弟だ。現実主義者で面倒ごとは大嫌い、もしかなくても人形がわめきだした瞬間二階の窓から人形をブン投げて強制終了・・・だろうな。
次弟は現在中学ニ年の最中。部活少年で活発な男だ。まず人形自体気がつかないのではないだろうか。見つけてもこういう仕様の人形だと信じて疑わないだろう。指を噛まれようが、その傷を謎の技術で治されようが、人形がクッキーを食べようが・・・「へぇ最近のおもちゃはすごいな」で済ませてしまう男だ。計算してるのではないだろうか疑いたくなるほどドのつく天然なのだ。
その更に下には小倉と金時の五歳のやんちゃな双子がいる。間違いなく二人で人形を引っ張った挙句壊す。大股裂きはやめてやって欲しい。・・・さすがに。最後は両親だが、あの二人は店の切り盛りで大変なので気がついても小倉か金時の人形が落ちていたと勘違いして二人のどちらかに手渡して終わりだろう・・・
この人形、・・・運がいいな
圭喜は机の上の籠に入った人形を見て苦笑いした。
お風呂から上がり部屋に戻ってきた圭喜は籠に入った人形を見て苦笑した。人形は部屋を出て行ったときと同じように籠の中ですやすやと寝ている。その寝顔は幸せそうなもので、圭喜は洗面所の引き出しにあったミニタオルを人形にかけてやり、そして部屋の電気を消して圭喜自身も眠りについた。