第一章 看病(3)
部屋の中の温度が2℃は下がった。圭喜はそう思いながら寝台の上で縮こまっていた。
「花梨さんじゃないですか、いつまでもこんなとこで暇をつぶしていていいんですか?」
「ご心配どうも、ちゃんと仕事終わらせてから来てるから問題はねーけど?」
「・・・・・・」
部屋にノックもせずに入ってきたのは弟の藍須と後輩の山下だった。なぜ山下がここにいるのかは分からないが藍須の高校は新学期が始まってからの一週間にテストをするらしくその一週間は午前のうちに帰ってくる。しかし部活の用事があった藍須はお昼を過ぎて少し経った今頃に帰ってきた。
「あなたが暇でも一応コレは病人なんですから気を使ってください」
「あ゛?」
「藍須・・・!」
くいっと顎で圭喜を指した藍須に花梨は眉を寄せた。
「圭喜も、あんまり学校休みたくないならとっとと薬飲んで寝てろ」
「いや、薬はもう・・・あ」
のんでない
圭喜の沈黙に花梨はため息を吐くと椅子から立ち上がった。藍須はその姿を横目で見ると部屋から踵を返し圭喜の部屋を出て行った。
本当にただ山下を圭喜の部屋に案内しに来ただけらしい。
「俺も帰るわ」
「え、あじゃあ下まで・・・」
「見送りは結構、またこれからは俺が配達に来るし・・・その時な」
「はぁ」
花梨は寝台に座り込んだままの圭喜の頭を動物をなでくりまわすようにかき混ぜると圭喜の部屋を出て行った。
カバンを抱えたまま顔を青くする山下と残された圭喜は「なんだったんだ」と口を開いた。
「こ、こえー・・・なんすか、あの二人?」
「・・・っていうかなんで来たんだ、山下」
邪魔にならないように部屋の隅に立っていた山下はいそいそと圭喜の方によってきた。
「もともと講義の資料で聞きたいことがあったし、帰りに犬塚先生に頼まれたんですよ・・・ゼミの資料渡して欲しいって」
「・・・別に明日にでも教授のところには行くつもりだったのに」
「いえ、俺も来たかったんで」
ふっとそう言った山下だったが今度はそのまま圭喜の寝台に座った。
「・・・知世子ちゃんに会いたかった」
「今日はいなかっただろ」
「・・・はい」
資料のことが聞きたいというのは建前でお店にいる筈の知世子に会いたかったのだろう。残念ながら知世子の通う中学は初日から授業がある学校だ。今頃学校で授業を受けているだろう。
「お店にいたのは藍須くんだけだったし・・・しかも部屋に入ったらブリザードが吹き荒れるし・・・」
「よくわからないけど仲が悪いんだ、あの二人」
「そうなんですか」
圭喜の言葉に山下はため息をはいた。山下は抱えていたカバンからクリアファイルに挟まれたプリントを差し出した。
「コレは先生からです」
「ありがと」
「明日は学校来れるんですか?」
「うん、いけると思う。足捻っただけだし」
「あんま無理しないでくださいね」
山下の言葉に圭喜は頷いた。
「資料の話は別に明日でもいいですし、藍須くんが言ってたとおり薬飲んで寝ててください」
「悪いな、折角来てくれたのに」
「いえ、勝手に俺が押しかけただけですから。それより土産の一つも持って来れなくてすいません」
「気にしなくていいってそんなの」
本当に山下は圭喜のゼミの資料を渡しに来ただけらしく圭喜の様子を見て明日には復帰できそうだと知ると頭を下げて帰っていった。
まぁ本当に知世子を見に来ただけだったのだろう。いなかったらとっとと帰るとはなかなか酷い奴である。
『ikfcnqeituirhtcqto?』
山下が部屋を出て行き、藍須と山下に言われたとおり薬を飲もうとしていた圭喜は寝台の下から聞こえる声に顔を下へと向けた。
『figj,vortigrew,otcrhcr/okg?』
「タルト・・・心配してくれたのか?」
寝台によじ登ってこようとするタルトを抱き上げると圭喜はタルトを寝台の上へと優しく下ろした。
「よかった、タルトが出てきたら話がもっと面倒くさいことになってたかも」
『kjdcmfhrug.hugmyguymlnih』
タルトもここに来た二人の会話に恐れを感じていたのかじっとして静かに圭喜のことを待っていたようだった。
「そういえば・・・結局花梨さん、なに言おうとしたんだ」
圭喜はタルトの頭を撫でながらため息を吐いた。