第一章 看病(2)
エプロンのかけられた椅子に座っていた花梨はドギマギと心臓を鳴らす圭喜の心境など知らずに圭喜に話しかけた。
「・・・昨日は悪かったな」
「え」
謝りを入れるとごまかすように顔を背けた花梨を見て圭喜は首を傾げた。昨日の態度は確かに変なものだったが今は別に怒っていない。圭喜はそんなに怒りが長続きするタイプじゃなかったからだ。
「最初はお前が無茶するから・・・少し頭を冷やすべきだと思って余り話さなかったんだが、」
「あ、はぁ」
「・・・お前は俺のこと見ても何にも言わないし、もしかしてそんなに俺ってお前にとってどうでもいい存在だったのかって・・・」
「え、いや、本当にすいませんって!いや、だって10年も経ったら記憶も薄れるというか・・・あー・・・花梨さんすっごく変わったから!見た目も性格も!!」
「圭喜」
「はいっ?!」
「変わったよな、」
花梨はそう言って笑った。
「そう、ですか?」
「あぁ・・・昔はもっとつーんってしてて正直可愛げのない子どもだった」
「そう、でしたっけ?」
圭喜は自分の過去を思い出そうとした。確かに周りの子よりも達観したような子どもだったような気もする。しかしそれは自我をもちはじめた子どもが大人の真似をするように無理に大人ぶったようなものだっただろう。
圭喜は昔の自分を思い出して少し頬を赤に染めた。
「10年前のクリスマスにさ、俺がお前にプレゼント贈ったの覚えてるか?」
花梨は背中を椅子の背もたれに凭れさせると圭喜に問いかけた。その顔は過去を思い出すように目を細めて視界は圭喜ではなく上を向いて昔の話に思いを馳せているようだった。
しかし圭喜にはその記憶は無かった。当然だ、10年前と言ったら10歳。圭喜はまだ小学生だった。生意気盛りでとっても嫌な奴だったに違いない。
自分自身の黒歴史に身悶えながら圭喜は花梨のいう10年前のクリスマスを必死に思い出そうとした。
「俺はその年のクリスマスに当時小学生に人気があった人形をお前に贈ったんだ・・・」
「へ?」
「綺麗な紫色のガラス球が目にはめられた金色の髪の人形だった」
花梨は「確か、これくらいの大きさだった」と手で20cmほどの大きさを表した。
「にん、ぎょう・・・?」
「あぁ」
「・・・はぁ」
「でもお前はその人形が気に入らなかったんだよな」
「え」
「『こんなのいらない』って渡したその場で俺に人形をつき返して帰って行ったよ」
「うぇ、っ!?・・・す、すいません・・・」
「中学生の俺が何ヶ月分もの小遣いと貯めていたお年玉をはたいて買った人形を、な?」
「ほ、ほんっとうにすいません!」
顔を青くする圭喜に花梨はにやっと笑ってくくくと肩を震わせた。
「そ、だから俺は20歳も過ぎた今更かわいらしい人形を持っていたお前に八つ当たりしちゃったわけ、しかも何の冗談かその人形はお前がいらないってつき返した人形に見た目がそっくりだったからな・・・」
「・・・・・・・・・」
もう何も言えない圭喜はただ黙りこくるだけだった。
「だからずっと不機嫌だったんだ。悪かったな、昨日は・・・つーか、正直お前があんなに熱い奴になるとは思ってなかった。」
「き、のうのは・・・偶々です、普段からそんなことばっかりしてるわけじゃ・・・」
「じゃあなんだよ」
「被害者の子にコートを掴まれて・・・さすがに助けを求められて痴漢が分かってるのにほっとけるほど非道じゃない、ですし」
「・・・それもそうか」
花梨は納得したと言わんばかりに頭をかくと口を閉じた。圭喜も厄介ごとに巻き込まれたくないと思って帰った日にこんな怪我をするなんて・・・やるせない。そう思いながら頭を軽くかいた。
学校に復帰したら真っ先に教授に笑われる気がする。「厄介ごとに巻き込まれたくないっていった後、厄介ごとに首を突っ込んで足を痛めるとか・・・君って面白すぎるよね樫屋君」なんてくすくす笑いながら。
「本当はお前が学校を卒業するまで会うつもりも無かったんだけどな・・・」
「え」
俯いていた圭喜に花梨は口を開いた。
「そ、そんなに怒ってたんですか?」
圭喜は人形を受け取らなかったことで花梨が10年も姿を見せなかったのかと半ば呆然としながら聞いた。
「いや、まぁそれもあるけど・・・」
花梨は少し悩むようなそぶりを見せてから顔を上げた。
「俺・・・
がちゃっ
「圭喜、熱は下がったのか」
口を開いた花梨の言葉に被さるように圭喜の部屋の扉が開いた。