第一章 名前(11)
一人ぴりぴりとした車内の中、幼稚園に到着したワゴン車の中で圭喜はぶすっと頬を膨らませていた。圭喜が一人で車から降りられないのは自分でも分かっているが、圭喜の代わりに青年が幼稚園の中に入っていくのを見て、圭喜は(不審者にでも間違えられろ!)と心の中で念を送っていた。
最初は見たことのない父兄に幼稚園中の親がじろじろと青年を見ていたようだが、青年がこちらを指差しながら双子を迎えに来た云々らしきことを言えば、顔見知りの保育士さんがこっちを見て圭喜に向かって手を振ってくれた。それで安心したのか保育士さんは青年に双子を渡すと三人はこっちに向かって走ってきた。・・・いや、走ってきたのは双子だが。
「圭ちゃーん!」
「け、圭ちゃん!」
助手席に座ったまま下りることのできない圭喜は窓越しに双子に対して「おかえり」と言ってあげた。双子はそれで満足したのかきゃっきゃっと車の周りをまわっていた。
「二人とも乗れるか」
「のれるよー!」
「お、おぐらも!」
青年はそう言ってボックス車の後ろを開けてやると二人にシートベルトを着けて運転席に戻った。
「圭ちゃん、あしいたいの?」
「おにーちゃんが圭ちゃん、あしがいたいって」
「・・・少しね、お兄ちゃんが助けてくれたからあんまり痛くないよ」
「えー!お兄ちゃんカッコイイ!サムライレンジャーのブラックみたい!」
「かっこいい!」
「ありがとう」
双子の言葉に喜んだのか、青年は笑って二人に礼を言っていた。双子が今日幼稚園であったことを息継ぎもなしに左右から話してくれたので圭喜は青年と何も話さずに家へつくことができた。
家に着くと青年は洋菓子店の駐車場に車を止めて双子を降ろした。
「お父さんか藍須兄ちゃん呼んできてくれるか?」
「「わかったー」」
双子は手を繋ぐと裏口からお店の中へと入っていった。再び二人きりになった圭喜と青年に、圭喜は気まずそうに顔を逸らした。小人の少年は青年が双子を迎えに車から出たときにそっとカバンの奥へと突っ込んでおいた。
「おい」
圭喜は胸に抱いたカバンを無意識にぎゅっと締め上げた。・・・多分中身は平気だと思う。
「・・・なに」
「さっきから聞こうと思ってたんだが・・・お前、もしかして俺のこと・・・」
「圭喜!!」
青年が圭喜に何かを問い質そうとした瞬間、まるでその質問を邪魔するかのように二人の間に声が割り込んできた。
「・・・父さん」
「あぁ、もうなんでそんな無茶ばっかりして!誰に似たんだ、本当に!・・・棗くんからさっき電話があって心配してたんだぞ!!」
「ごめん・・・」
「花梨くんもごめんね!うちの子が・・・」
「いえ、どうせ用事が終わった後でしたから」
父親に頭を無理やり下げされられながら圭喜は吃驚していた。
「・・・か、花梨?」
「そうだよ!まったく圭喜は・・・久しぶりに会ったのにいきなり迷惑かけるなんて」
「花梨って・・・棗さんの弟の、・・・藤原花梨?」
「そうだよ!・・・あれ、もう10年くらい圭喜は会ってなかったっけ?」
「お、お久しぶりです・・・花梨・・・さん?」
圭喜の言葉に青年、いや・・・花梨は苦虫を噛んだようなしかめっ面をしながら小さく呟いた。
「お前、俺のこと忘れてたのか・・・」
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その後、藍須も店から出てきて父親と二人がかりで圭喜を家の中へ運んだが、その間中、花梨と藍須はぴりぴりとした空気を漂わせていた。驚いたことに藍須は一目見て花梨を思い出したらしく、「あの男とはそりが合わない」と最後に言っていた。
藍須の記憶力には驚いたが圭喜は自分が彼を覚えていないのも無理は無いと思った。なぜならさっき圭喜の父親が言ったようにもう10年近く圭喜は花梨と会ってなかった上に、花梨は10年の間でころっと見た目が様変わりしていたからだ。
圭喜は昔のアルバムから写真を一枚取り出して呟いた。
「藍須、よく覚えてたね。最後に会った時、藍須は小ニくらいだったのに」
「・・・昔から嫌いだった」
藍須はそう言った。圭喜の持つ写真の日付は10年前のクリスマスのもので、圭喜の記憶の中でも最後に花梨に会ったのはこの日だったとぼんやりと思い出し始めていた。
圭喜と二人で写真を撮ったそれには照れたような表情で圭喜と手を繋ぐ花梨と斜め上を見たままピースした圭喜が映っていた。確かに微かに面影はあるがこの優しそうな中学生があの性悪男とは結びつかない。圭喜は自分の中でしょうがないと折り合いをつけた。
「見た目が変わったのも10年ぶりに顔を出したのも、動機が不純だ。」
「は?」
藍須はそう言うと双子とソファから立てない圭喜を置いて、知世子と一緒に台所の方へと向かった。
それにしても・・・、
がしゃん!!・・・がしゃん!ばふっ!!
(母さんに父さん!最中も、早く帰ってきてくれ!!)
台所から聞こえる破裂音に圭喜は肩を震わせて心の中で呟いた。
実際は6か7歳未満はチャイルドシート着用でしたっけ?
まぁ小説なんで気にしない方向で・・・。