第一章 名前(10)
書いといてなんですけど卸の流通方法とかまったく分からず書いているのでだいたい書いている職業やお店の内容は出鱈目だと思ってください。
2010.06/27
圭喜は深く思案していた。それはもう、普段では考えられないくらい深く、深く考え込んでいた。なぜなら圭喜は今・・・見知らぬ青年の背中の上に乗っていたからだ。
確かに圭喜は身長が高い割にそれに伴うほど体重があるわけでもないし、圭喜をむっつり黙って背負う男は圭喜よりも体格がよく軽々とまではいかないが難なく持ち上げられるほども体力があった。しかしなぜこんな状況になってしまったのか・・・
もともと言えば棗さんが医務室で先ほどまで一緒にいたブレザー姿の少女を送ると言い出し、「圭ちゃんのことはコイツが責任もって家まで送るから、あ・・・もちろん双子の幼稚園にも寄ってもらうから心配しないで」などと言ってこの青年に圭喜を押し付けたのだ。気まずいことこの上ない。
「おい、着いたぞ」
青年の言葉に圭喜は顔を上げた。青年は器用に車の鍵を開けると助手席に圭喜を下ろした。
「シートベルトくらい自分でできるだろ」
青年はそう言うとさっさと運転席の方へとまわって行った。圭喜は青年のその言い方にカチンときながら「自分は助けてもらった側だから」とどうにか怒りの熱を消化しようとした。
それにしても、棗さんとこの青年はどうやら居合わせただけの他人だと思っていたのだが違ったらしい。この青年はなんだかんだ言って棗さんに逆らっていないし・・・というか、
「あの、この車って・・・」
「藤原果物店のだけど、文句でもあるのか」
「いや、別に・・・」
藤原果物店といえば家の洋菓子店で果物を卸させていただいてるお店で、小人の少年が頬擦りしたジャムのビンに入っていた苺のジャムもそこで頂いた売り物にならない苺から作ったものだった。
棗さんはそこの家の長男、圭喜とは七つ離れた28歳。と言うことは、この青年は・・・
「(・・・バイトか何かのお兄さんか)」
それならば棗さんの言うことを聞くのも頷けると圭喜は静かに押し黙った。
「・・・そういえば、階段から落ちそうになったとき助けてくれたんですよね」
圭喜がそう言うと青年は無言で首を縦に振った。
「有難うございました、少し深追いしすぎたと自分でも反省してます」
「反省してるならいい・・・」
むっつり黙ったその空気に圭喜は耐え切れない、と更に青年に話しかけた。
「えっと痴漢は結局・・・」
「痴漢は棗が取り押さえてすぐに連れて行かれたから問題は無い」
「あ、そう・・・ですか」
とりあえずほっとした圭喜は車のシートの背もたれに深く座り込んだ。
「お兄さん・・・あの時、名前呼びました?」
「・・・」
圭喜が階段から落ちる寸前、圭喜の意識が途切れる寸前に圭喜は自分の名前が呼ばれたような気がした。
「・・・呼んだ」
「あ、やっぱり・・・」
なんでバイトのお兄さんが圭喜の名前を知っているのかと疑問に思った圭喜だが、お得意様の家の人間だし、もしかしたら圭喜が覚えていないだけで家の方にも何度か配達に来た事があるのかもしれない。
そう思って圭喜は青年に質問するのをやめた。
「圭喜、お前・・・」
青年が赤信号で車を止めて口を開いた時、ボックスカーの後ろの席から携帯の着信音が鳴り響いた。
ピリリリリリリリリ・・・!!
「お前の携帯か・・・」
「あ、はい」
圭喜が身を捩って後ろの席からカバンを取ろうとすると、圭喜の代わりに隣から手が伸びて圭喜のカバンを隣に座る青年が横から奪い取った。
「あ、ちょっと・・・!」
「別に携帯見る気はない、お前は前を見て信号が青になるのだけ見てろ」
青年はそう言ってカバンの中に手を突っ込んだ。そして、
「・・・なんだこれ、ぷにぷにした・・・・・・・・・ッ!!?」
青年はそのままその柔らかい何かをカバンから出して、そしてその姿が見えた瞬間ぱっと手を放した。
圭喜はその瞬間を見ながら、驚くほどすばやく落ち着いて行動を起こした。
「なんだそれ、・・・人形か?」
「人形です。お兄さん、信号が青になるんでカバンと人形返してください。電話も切れるんで」
青年の手から小人が離れた瞬間、圭喜は小人の少年を空中でキャッチするとそのまま自分の背中に隠した。
「・・・ふぅん」
青年は納得行かないような顔をしながらも信号が青へと変わるのを見て、携帯の入った圭喜のカバンを手放し圭喜へと返していた。
圭喜は車が走り出すと同時にカバンの中から鳴り響く携帯を取り出して、そのまま通話の状態にした。
「・・・もしもし」
『もしもし、俺だけど』
「藍須?ごめん、小倉と金時の迎え遅くなってもうすぐ幼稚園に着くから」
『そうか・・・帰ってくるの遅いと知世子たちが心配する』
「ごめん、すぐ帰るから心配しないでって言っといて」
『わかった』
「うん。それじゃあ」
「藍須か」
青年の言葉に圭喜はそちらに顔を向けた。
「え」
「全然会ってなかったが、でかくなったんだろ。どうせでかくなっても生意気なガキだとは思うが」
「・・・・・・」
「なんだその顔」
藍須の小さい頃を知っているような発言に、圭喜はぽかんとした顔で青年の顔を見上げた。
「お前も、昔からすかした子どもだったが・・・まさか二十歳をすぎてお人形さん遊びがまだまだ好きなお嬢ちゃんだとは思わなかったな」
「・・・はぁ!?」
青年の鼻で笑うような発言に圭喜はカチンときた。
「普段から持ち歩く可愛いお人形さんには名前でも付けてるのか?」
いきなり喧嘩口調になってきた青年に、圭喜も身を乗り出して言い返した。
「・・・・・・・・・タルトだ!」
圭喜の勢いに青年は軽く体を引いた。圭喜は畳み掛けるように詰め掛けるとさらに口を開いて言葉を吐き出した。
「紫色の目はブルーベリーみたいだし、髪は艶のあるカスタードクリーム!うちの店にあるブルーベリーのタルトにそっくりで可愛いだろう!!あーほんと可愛い可愛い!!」
はんっ!と青年に言ってやった圭喜は逆を向いて窓から外の景色を眺めた。背中に隠した小人の少年が暴れることなく大人しくしているのを見て圭喜はそぉっとそちらに顔を向けた。すると、少年は小さく胸を上下させて穏やかな表情で眠っているのが分かった。
(山下に噛み付くようにこの男にも噛み付けばよかったのに!)と思いつつ、そんなことをしたらこの男を誤魔化せるのだろうかと考えてしまって、やっぱり寝てて良かった。と圭喜は思った。