第一章 お客様(2)
人形は最初は受け取ったクッキーに戸惑う様子だったが受け取ったクッキーを半分に割るとその半分を圭喜に渡した。それを見て圭喜は変な顔をしながら差し出されたクッキーを受け取った。
「・・・・・・半分くれるの?」
『・・・・・・・・・・・・』
人形はそのまま動かなくなった。圭喜はかなり変な顔をしながら手のひらに置かれた紅茶味のクッキーを口の中に運ぶ。苦手だろうがなんだろうが差し出されたクッキーを袋に戻すのもおかしいし、人形が恐い形相で圭喜を見つめていたからだ。
サクサク・・・ごくん
人形はそのまま圭喜がクッキーを飲み込むのを見ていた。圭喜が不思議そうな顔でそれを見返せば人形は圭喜から目線をはずして己の手の中にあるクッキーをじっと見つめた。
「・・・・・・・・・・・・」
人形は圭喜をもう一度見た後またクッキーを見た。そしてにおいを嗅ぎ、舐めてみた後おそるおそるクッキーを口の中へと含んだ。
サク・・・
一口食べると人形はそのまま動かなくなった。
「あ」
サクサクサクサクサクサクサクサク・・・!
人形はそのまま無心でクッキーを食べ続けた。その光景は目が限界まで開いていて圭喜には少しこわかった。半分に割っても人形の顔が隠れるくらい大きなクッキーはあっという間に人形の口の中に入っていって、そしてお腹の中に収まった。
人形は口の周りについたクッキーの食べカスを気にすることなくまたこちらを向いた。首をグリンと回転させ、目は爛々と輝いている。お目当てはクッキーの入った袋だろう。さっきは噛み付いてきたくせに今度はクッキーを目当てに人形が圭喜の腕によじ登ろうとしてきた。ちょっとした恐怖体験だ。
「こら、やめなさい」
圭喜は人形が腕によじ登ろうとするのを防ぎながらクッキーの袋を机の上に置いた。そしてしがみ付く人形を寝台の上に降ろすとティッシュで人形の口の周りを拭いてやった。
「小倉と金時と同じだな・・・」
一番下の弟とその双子の兄を引き合いに出して圭喜は人形の口を拭いてやった。ちなみに二人の弟はまだ五歳児である。この人形はサイズこそ10cm程度しかないものの圭喜の目積りでは年齢は十四、五歳程に見えた。
圭喜がそう思いながら人形を観察している間にも人形はクッキーを渡せとこちらを見つめていた。
しかし圭喜が噛まれた指のある方の腕で人形を押しとめようとすると人形はその指を見た後掴み、そしてじたばたする動きを止めた。
「ん?」
『jdhsbsdndjdkd,.dsnmkhmmaslkk』
人形は圭喜の血の滲んだ指を見ていた。そして人形は何かを圭喜に言うとその手に小さな光を灯した。光はふよふよと圭喜の指の周りを漂い、そのまま傷口の中へと入っていった。
「う、わっ」
『jdbsysnd,dld.sp;s,mdnjsbns』
咄嗟に手を引いた圭喜は噛まれた指を見つめた。先ほどまであった噛み痕は消えていて指の側面は元通りになっていた。驚き少し気持ち悪がった圭喜は何度もその指を見たが指には乾いた血のあとしかなく、その血のあとを爪で剥がせばその下にはなんとも無い正常な肌しか見えなかった。
まじまじと指を見る圭喜に、人形は胸を張るとまたクッキーを要求してきた。
「いや、これキミが噛んだ痕だからね」
クッキーを要求してきたことは分かったので圭喜は机の上に置かれた袋からまたクッキーを取り出すと、人形にそれを渡した。
顔の二倍はあるクッキーをどこにそれを入れているのか分からない、恐怖すら感じる速度で食べる人形を見て圭喜は昔、友達の家で見たハムスターを思い出していた。人形に頬袋はないがざくざくと音をたてて無表情のまま詰め込めるだけ口にクッキーを詰める様子が友達の飼っていたハムスターにそっくりだったからだ。
人形はそのクッキーを食べた後も足りないと追加分を要求してきた。圭喜は少し呆れながらも人形が欲するままにクッキーを与え続けてみた。ちょっとした好奇心もあったのだろう。
クッキーが袋の半分になり、圭喜がさらに人形にクッキーをすすめてみると人形はそこで手を止めた。
「まだ食べる?」
『jdsdhsbsgdgshsmkdjhd,x.xlsmmsdjsnzx』
人形はおなか一杯のポーズを取る。相変わらず口の周りにクッキーがついていたのでティッシュで拭いてやると人形は嫌がってじたばたしていたが、割りとすぐに大人しくなった。多分諦めたのだと思う。
圭喜は人形を寝台に下ろすと部屋においてある小型の冷蔵庫から水のペットボトルを取り出した。そしてそのキャップに水を注いでみた。クッキーばかりでは喉も渇いただろうという圭喜の優しさとこのお腹にまだ水が入るのだろうかという純粋な好奇心である。
その様子を見ていた人形は目の前に出された水を見ていた。圭喜がペットボトルから直接水を飲むのを見ていた人形は少し大きめのそのキャップからごくごくと水を飲んでみせた。
まだ入るのか・・・!
圭喜が驚いてペットボトルを床に落とすのもおかしいことではなかった。