第一章 名前(6)
こちらを見上げる小人から目を逸らさずに圭喜はカバンのチャックを閉めた。小人はあーといった風に口を開けたままこちらを見ていたが特に騒ぎ出さなかった。圭喜は肩にかけたままだったカバンを今度はそっと、丁寧に机に下ろした。
「先輩どうしたんですか?」
「いや、なんでもないよ。それより資料のコピーしよう」
筆箱に入っていた付箋を取り出して山下と手分けをしながら圭喜は資料のコピーをはじめた。圭喜が付箋をつけたところを山下がコピーしていく。
三十分もすれば七冊の資料のうち必要な部分は全てコピーが終わっていた。
「山下は三講目あるの?」
「ありませんよ、今日はこれで終わりです」
「はぁ?じゃあ、お前お昼食べないで帰れたじゃん」
「いや、どっちにしろ先輩にご一緒させてもらって資料作成しようとしてましたから」
コピー機の前で振り返れば山下はへらへら笑いながらそう圭喜に向かって言った。
「別にいいけどさぁ」
「それにお昼一緒に食べたからオレは知世子ちゃんのことも聞けたじゃないですかー」
コピーした紙の束を揃えながら山下は続ける。
「それにこの後、先輩の家に遊びに行けば知世子ちゃんの私服も見れるし」
「・・・・・・絶対来るな」
きゃっと頬を染めようとした山下に圭喜は冷めた目で言い返した。
「いいじゃないですかー、オレまだこの資料のことで聞きたいところあるんですし」
「イヤだ、・・・お前が家に来ることが、イヤだ。資料のことは明日聞いてやる」
「何でそんな突っ返してくるんですか・・・」
「三講目があるからお前ははやく家に帰れ」
「九十分くらい待ってますからー」
「か え れ」
冷たく言ったのが効いたのか山下はしょぼんとして資料の整理をはじめた。こうしてみても弟のような懐いてくる犬のような感じがあり「山下くんは大型犬っぽいよねー」とか言われて女子にモテるのが少し分かる気がした。まるで今までぶんぶん振っていた尻尾が垂れ下がってしまったかのような元気のなさだ。
「じゃあ先に帰ります。先輩は三講目頑張ってください」
「おー、じゃあまた明日」
「うぅ・・・」
二枚ずつコピーした資料を一部ずつ束にしたものを山下は自分のカバンへと入れた。圭喜はその様子を見ながら圭喜自身の資料をカバンに収めると資料を持って椅子から立ち上がった。
「あ、持ってくの手伝います」
「別にこれくらい持てるよ」
「いえ、オレも使ったんで持ってきます」
山下はそう言って圭喜が腕に乗せた資料のうち重たいものを五冊奪った。さりげなくできるのがすごい。七冊全て奪わないのは、そうすれば圭喜がムッとして「一人で運べる」と言って山下から資料を奪い返してしまうからだろう。立派に気遣いができる男だ。腹立たしい。
「・・・そうか、それじゃあ頼むわ」
「はい」
圭喜の後ろから資料を持ってついてくる山下と一緒に二人はそのまま書庫の中へと入っていった。