第一章 名前(4)
「先輩!オレ諦めません!!」
こいつは人の話を聞いていたんだろうか?
「は?」
「つまり先輩の弟くんたちを納得させればいいんですよね!オレ絶対弟くんたちを説得して、知世子ちゃんの彼氏になってみせます!」
「・・・お前空気よめよ」
「まずは将来義理の兄になる藍須くんから攻略していきます!もちろん先輩は応援してくれますよね!」
「却下」
「よしっ!・・・・・・ってええぇぇぇええ!!」
「うるさい叫ぶな」
「なんでですか!?」
「喚くなってば・・・」
「オレじゃあダメなんですか!?」
「うん」
「酷いです先輩っ!!」
また泣きそうな顔で食堂の机に突っ伏した山下を見て圭喜は自分の弁当を食べていた。その間、話に夢中になってほったかされていた山下の定食は冷めてしまっていた。
「・・・昨日も知世子ちゃんのところに行って来たんですよ」
「へぇ」
「昨日は弟くんはいなくてですね、お店の売り子は彼女だけだったんです」
「昨日は藍須が子守の日だったからねー」
「知世子ちゃんは昨日も可愛くてですね・・・『いつも買いに来てくれますから山下さんにおまけです!他の人には内緒ですよ?』なーんて・・・」
「いや、他人に話してますけど」
「めっちゃ可愛くてむしろケーキよりも知世子ちゃんを食べt」
ゴスッ!!
「すいません・・・」
「今度言ったら頭の形を変形させるぞ」
先ほどと同じ箇所を押さえた山下を見て圭喜は握っていたこぶしを開いた。
「・・・お前、自分の妹が後輩の頭の中でオカズにされてたら腹立つだろう?」
「そ、そういうことはしてません!!」
「分かったから顔を近づけるな暑苦しい」
静かになった山下を見て圭喜は弁当の残りを一気に食べすすめた。それを見た山下も冷めてしまったが定食をもしゃもしゃと食べはじめた。
「ご馳走様でした」
「・・・ご馳走様でした」
食べ終えた圭喜が手を合わせると少し遅れて山下も食べ終わったらしい。弁当箱を片付ける圭喜に山下はカバンからいそいそと何かを取り出していた。
「お前」
「・・・先輩も食べますか?」
山下が取り出したのはラップにくるまれたタルトだった。というかそのタルトに圭喜は見覚えがあった。なぜならそれも実家の洋菓子店の商品だったからだ。確かに箱に入れて持ってくるのは嵩張って面倒くさいだろう。ならもって来なければいいのに・・・というか、
「山下、お前・・・甘いの苦手じゃなかったか?」
そう、サークルで飲み会をすれば分かるのだが実家が酒屋のこいつは酒豪であり、そして甘党で強引な他のサークルメンバーが選んだ食品にはまったく手をつけないことで有名だったのだ。圭喜だって進められたら社交程度に食すというのに・・・。
そもそもさっきも買ってきたケーキは妹にあげていたと言っていたじゃないか、じゃあ何でそれがここに?
「正直、甘いものは苦手です。でも妹は体重がどうとか言って一個しか食べてくれないし、親はあんまり甘いの好きじゃないんですよ。でも!知世子ちゃんが丹精こめて作ってくれたかもと考えると絶対捨てることなんてできません!!」
そのタルトを作ってるのはお前の目の前にいる先輩と中年の親父だと言ってしまいたい!そもそも知世子は料理ができない!!
「一日一個が限界なんですけど知世子ちゃんと結婚したら将来はケーキ屋さんですもんね!今のうちから慣れておかないと!!」
そもそもケーキなんてものは毎日一個食べるようなものじゃなく、たまに食べるからおいしいのであって正直山下の本気を舐めていた。と圭喜は思った。ついでにカスタードの甘いにおいに胃の中のものが競り上がりそうになった。
「山下、もう一個のタルトもらっていいか?」
「え?あ、どうぞ」
放っておいたらもう一個のタルトにも手をつけそうな山下を見て圭喜はそっとそのタルトを頂いておいた。流石に実家の商品を食べて嘔吐や腹痛にでもなって病院にでも運ばれたら寝覚めが悪い。腐っているとかそういうわけではないが、甘いものを受け付けないタイプの人間は100%甘いものが嫌いなわけではないのだ。圭喜がそれである。嫌いではなく一定以上の量を食べると胃が耐え切れず痙攣する。そして嘔吐。これは他の人にもありえることだ。他の人よりもその量が少ないのが圭喜や山下のようなタイプである。
このタルトは帰ったら小人の奴にやろう。
圭喜はラップにくるまれたタルトをカバンの底に入れた。
「あ、山下・・・一応言っとくがケーキ屋だからといって毎日ケーキを食べているわけじゃないから」
そこは誤解を解いておこうと思う。
ちなみに作者は圭喜タイプです。チョコとか好きなんですけどパクパク食べてたらいきなり胃がぎゅっと締まって吐き気がきます。
・・・昔は平気だったのになぁ・・・