第一章 名前(3)
「山下、お前二講目サボってていいのか?」
「二講目は自習です!」
一講目を終えた圭喜と山下は食堂に来ていた。圭喜は二講目に何も取っておらず食堂が空いているうちに持ってきたお弁当を食べてしまって図書室にでも行こうと思っていたのだが何を考えているのかそこに山下がついてきたのだ。
「お前、昼くらい友達と食えよ」
「それは先輩もじゃないですか」
「・・・昼飯一緒に食べる友達は今日は三講目からなんだよ」
空いている机を見つけて座った圭喜の正面に座った山下は、食堂でいつの間にか定食を買っていた。
「で?」
「はい」
「用は何だって聞いてるんだ」
「えへへ・・・そりゃあ先輩から知世子ちゃんにちょっとオレのことを売り込んで・・・」
「却下」
「・・・えぇ!!なんでですか!?」
「当たり前だ、このロリコン」
「ロリっ・・・!?」
「お前の言う知世子ちゃんは今年の四月から高校に上がるまだ中学生だぞ。いくつ年が離れてると思ってるんだ」
「え・・・っと、中三ってことは十五歳だから、十六十七十八十九二十・・・五つです」
「知世子はまだ誕生日がきてないから十四だ」
「あ、それじゃあ六つですね」
「・・・って先輩知世子ちゃんの誕生日知ってるんですか!?」
山下は椅子をけり倒して立ち上がった。周りに座っていた人が迷惑そうにこちらを見る。
「着眼点はそこか?」
「あっ・・・ていうか何で呼び捨て・・・」
圭喜は山下を椅子に座らせると話しはじめた。
「一応言っとくが、山下の言ってたバイトのアイス君は知世子に対してそういう感情は抱いてない」
「・・・なんで分かるんですか?」
「あの二人は家の手伝いをしてるだけだ」
「ん?」
「あそこのケーキ屋は一家総出でしてるケーキ屋だ。バイトなんて雇ってない」
「?・・・えっとつまり?」
「だから・・・お前の大嫌いなアイスくんは、お前の大好きな知世子ちゃんの兄だ」
圭喜の言葉に山下はぽかんと口を開けた。間抜けな顔だ。圭喜は山下が叫びださずに少しほっとしていた。もし叫んだらどうやって口を閉じてやろうか考えたからだ。
「・・・似てませんよ?」
「藍須は父親似で知世子は母親に似てるからな」
「マジですか?」
「マジで。ところで山下くん・・・キミの嫌いなアイスくん、誰かに似てると思わないか?」
「誰って・・・つり目で」
「そう」
「目の下に黒子があって・・・」
「で」
「細くて形の整った眉毛に、背も高くって、黒くて硬そうな髪・・・」
「ほう」
「・・・・・・先輩って、眼鏡をかけたらアイスくんにそっくりです・・・ね」
「へぇ・・・で?誰の名前が「アイスってお前ww」なんだったっけ?」
口の端を引きつらせて笑おうとした山下の脳天に圭喜の拳骨が落ちた。
「酷いです先輩・・・まだ痛いんですけど」
山下の脳天に拳骨を振り落とした圭喜は痛がる山下を無視してお弁当を食べ始めていた。
「人の弟の名前をからかうからだ」
「だって、アイス・・・いや、接客態度はアイスみたいなもんでしたけど」
まだ頭を抑えて痛がる山下を見て圭喜はため息をついた。肘をつきながらお茶を飲む。山下は頭を抑えながら「兄妹・・・よかった兄妹か」とぼそぼそ言っている。
「藍須と知世子が兄妹云々よりお前とは年が離れてるから嫌だ」
「嫌!?ダメじゃなくて!?・・・っていうかそれ知世子ちゃんじゃなくて先輩の意見じゃないですか!」
「何を言う。そもそも結婚するなら女の方が年上の方が好ましい、姉さん女房もあるし男の方が先に死ぬんだからな」
「え!いや、結婚なんてまだ・・・」
「お前うちの知世子に結婚の前提も無しに手を出そうと企んでたのか・・・」
「え!?ちょっ、先輩誤解ですから襟を掴んだ手とその握った手はひらいて下さい!」
机越しに山下の胸倉を掴んだ圭喜はぶんぶん首を振る山下を見てその手を離した。
「一つ言うが知世子と付き合いたいならうちの兄弟は全員敵だと思え。スナイパーのようにお前の粗を探してくるぞ」
「それってアイスくんのことですか」
「イントネーションが違う、『アイス』じゃなくて『藍須』だ」
「藍須くん。が、邪魔してくるんですか!」
「藍須はあくまで・・・あくまでだが常識内でしか逆らってこない、が!下の弟たちは本気でお前の粗を探すぞ。幼稚園児の小倉と金時は子供という立場をフルに使ってくるし、中学生の最中は悪気は無いが相手の一番突いて欲しくないところをピンポイントに指摘してくる、今まであの包囲網をかいくぐって知世子の彼氏になった男はいない!」
そう言って圭喜は山下の眼前に指を突き出した。
この山下という男、大人しそうな顔に鍛えられてうっすら割れた今流行りの細マッチョとかいう奴だというギャップが受けてそれなりに彼女がいた時期がある。というかモテる。しかし性格が悪いわけではない筈なのだがなぜかどの彼女とも長続きはしない。というか去年サークルに入ってきた時からなんとなく分かっていたが惚れっぽい男なのだ。友達としては悪い奴ではないが恋人にはしたくない。同じサークルの同級生がそう言っていたのを圭喜は知っている。
惚れた腫れたで知世子をかき回した挙句興味を無くしましたじゃ洒落にならない。
きつい事を言うけどお前のことを心配して言っているんだよ。という姿勢のまま圭喜は山下の肩を叩いた。しかし実は可愛い妹を守る最後の砦かつ最大の敵は圭喜である。
「山下、お前はもてるだろう。世の中に女が知世子しかいないわけじゃないんだ。な、元気出せって」