第一章 名前(2)
「そういう作り物っぽいのに興味は無いんです!メイドも別に好きじゃないし」
「でも山下は彼女にはメイド服着せたいんだろ?」
「いや、そのですね・・・彼女以外が着てても意味無いんですよ。彼女が恥ずかしがりながら着るのが可愛いんであってメイド自体に興味があるわけじゃないんですから」
「ふぅん」
「まぁ、それで冬休み中何回もお店に通いつめまして、とうとう彼女とお話しができたんです!彼氏もいないんですって!!」
「ほぉ」
「でも気がかりなのがそのお店の他のバイトなんです・・・大学生くらいの男なんですけど、重いものがあったら運んであげてたし、その子の代わりにさっさとレジをしちゃって・・・きっと自分も狙っててそれに邪魔そうなオレを追っ払いたいんですよ!」
「・・・それはお前の妄想だろ、そのお前の好きな子がどんな子かは知らんが女の子が重たいもの持ってたらバイト同士、人間関係を円滑にしようと気を使ったりするだろうし、その子がケーキの包装をしてたら時間短縮のためにレジを代わりに打つだろうし」
「だってあの顔は完全にオレを見下してました!」
被害妄想が過ぎる山下の発言に圭喜はため息をついた。
「それに名前を呼び捨てにしてるんですよ!『おい、知世子』とか!お前は知世子ちゃんのなんなんだよってかんじですよ!!」
「・・・・・・・・・」
足で床をがんがん踏みながら憤怒する山下は圭喜がそのとき変な顔をしていることに気が付かなかった。
圭喜は一瞬呆気にとられたような顔をしてその後押し黙った。
「山下」
「・・・なんですか!」
「お前、その店で誕生日にくれたクッキー買っただろ」
「そうですけど・・・あ、味どうでした!まぁおいしいでしょうけど!」
「・・・あぁ、おいしく食べたよ」
「っていうか先輩の家そのお店の近所なんですね。家知らないから大学はじまってから渡そうと思ったのに、まぁ会えてよかったですよ!やっぱ当日が一番おいしいでしょうし・・・」
誕生日当日に近所のコンビニでばったり出くわした圭喜と山下だったが、圭喜が驚く前に山下は誕生日とお正月を纏めて「おめでとうございます」と言ってクッキーを圭喜に渡すととっとと帰っていったのだ。てっきり圭喜の家を知っていたのかと思ったら・・・
「ってことは先輩もしかして知世子ちゃんのこと知ってるんじゃないですか!?」
「・・・・・・・・・」
「名前は知らなくても見たことくらいは・・・」
「・・・チョコレートっぽい色の髪の子でしょ」
「そう!名前と一緒で髪の色もチョコ色なんですよ、かわいいっ!!・・・あ!ってことはもしかして先輩もう一人のバイトの野郎も知ってるんですか?」
「・・・背が高くて、」
「はい」
「眼鏡かけてて、」
「はい!」
「若干、上からっぽい発言も有りつつ・・・」
「そうなんですよ!!お前は店員だろう!つうか、それがまた似合ってるのが腹立たしいって言うか!とにかく女性客にめっちゃモテてるんですよそいつは!!」
間違いなくその二人は圭喜の妹と弟だった。
「しかもそいつの名前知ってますか!?「アイスくん!」なんて女性客に呼ばれちゃってアイスってお前wwとか思ってたんですけど知世子ちゃんが『アイちゃん』って・・・!オレも『遼ちゃん』なんて呼ばれてーよ!!」
「分かったからこっちくんな、涙と鼻水出てて汚い」
泣き出した山下を横目に見つつ、ほぼ毎回まばらに教室全体が埋まる筈なのに圭喜と山下が座る席の前後左右三列が空席になったのには流石に圭喜もげっそりとした。
数分後、明らかにえぐえぐ泣いている山下を無視して一講目の授業がはじまった。