今日も、幸せな夢を
…また、ここに来た。
桜が咲き乱れ、花びらは湖に溶ける。夕焼けは水面に映り、幻想を醸し出す。
「やっと出来たんだ…」
僕はラッピングされた箱を渡した。
君は嬉しそうにその箱を受け取る。
「1番は君に食べて貰いたいんだ…良いかな?」
『ずっと頑張ってたもんね…楽しみにしてた!』
こう言ったのは僕の彼女、美月。彼女は無類のお菓子好きで、それは僕がお菓子を作ると知った日に押し掛けてくるほどに…
(四年前)
『夏目君お菓子作れるんだって!?食べたいから早速作ってよ!』
(夏目、とは僕の事だ。)
「え‥?まぁ良いけど‥今日?」
『私は今日お菓子が食べたいの!』
…彼女の中で黒歴史になって居るそうだ。時々からかいの材料にしている。
(三年前)
…プロポーズは僕からだ。
「君が僕のお菓子を食べるその笑顔が好きだ。僕のお菓子だけ食べていてくれないか…?」
あの時の笑顔は忘れられない。
(クサイ台詞に帰ってから悶絶したのはまた別の話。)
『ねぇ、開けて良い?』
「聞かなくても良いよ…」
ロールケーキだ。
プレーンな生地の中にはさっぱりとしたヨーグルト風味のクリーム。
表面には桜色のクリームで花びらを表現した。
『此処で食べて良いよね?』
「あぁ、勿論。」
ケーキをすくい、一口食べる…
そして、輝くように笑顔が弾けた。
『美味しい…!また作ってね!』
…本当にパティシエで良かった。この笑顔が見られるのならっ…
その時、彼は激しい頭の痛みに襲われる。
…時間が来たようだ。また戻らなければいけないのか…?
彼女の居ない現実に。
(今)
目の前の美月が揺れ、暗闇に染まる…
次の瞬間、僕はベッドの上に居た。何の変哲も無い、我が家のベッドだ。
「…また夢か。」
夏目は今日も夢を見る。
「美月…」
美月は、2年前に交通事故で亡くなった。その日から僕はこの夢を見る。
あの幸せだった毎日を、僕は夢に見るのだ。
僕がスランプに陥った時、君はこう励ましてくれた。
「私の為に作れば良いの。無駄な事は考えなくて良いから。私のことだけ考えてて?」
それ以来僕は君の為にお菓子を作り続けている。
今日も朝が来た。
「いらっしゃいませ!」
君のおかげで夢が叶った。自分の店を持つという夢。
新作のタルトは君に持っていく…
「今日も会いにきたよ…」
彼は目の前の、四角い石の上にそれを置く。
…彼女のお墓だ
「新しいタルトが出来たよ。1番は君に食べて欲しいんだ」
「オレンジピールでチーズの上に花模様を描いたんだ。綺麗でしょ?」
「さあ、食べてよ」
「…美味しいから…食べてよ…!」
彼の顔から流れる涙。それを拭き取ってくれる彼女はもうここには居ない。
「…今日も会いに行くから。待ってて」
夢の中でなら君に食べてもらえるから。
僕は、また君に会いに行く。
それがまやかしの夢だとしても…その夢に君が居るのなら。
今日も…幸せな夢を。