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私が返事を躊躇っていると、佳純さんが疑わしそうな視線を花咲君に向けた。
「まさかと思うけど俊哉、藤山さんに変なことしたんじゃないでしょうね」
「・・・してないよ。変な事なんて」
「じゃあなんなのよ、いまの間は。何かやましいことをしたんでしょ」
「してないってば。相手してくれないから揶揄っただけだよ」
「あんたね~」
佳純さんの眦が吊り上がった。身体の向きを変えて花咲君の胸倉を掴んで締め上げ出した。
「揶揄うって何をしたのよ。こんな好人物はもう現れないかもしれないでしょう。なんで決まるまで猫被っていられないのよ。ほんと、あんたバカよね。もういっそ一人で苦労すればいいんだわ!」
「ね、姉さん。ギブ・・・ギブ~」
「あの、佳純さん違うんです」
ツッコミどころがいっぱいの台詞を言われたけど、首を絞められて苦しそうな花咲君が見ていられなくて、私は佳純さんに声を掛けた。私の声に佳純さんは花咲君を締め上げる力を少し弱めて、私の方を見てきた。
「その・・・この家に住むのも猫のお世話もいいのですけど、家賃がいくらか分からなくて。あと、光熱費とか、同居における禁止事項とか・・・」
そう私が言ったら、佳純さんは花咲君をポイッと捨てるように放して、私の方に向きなおった。
「俊哉から何も聞いてないの」
「はい」
私の返事に花咲君の方を向いて確認する佳純さん。花咲君は喉を触りながら顔をしかめていたけど、佳純さんの視線に頷いた。姉弟の力関係は姉に軍配が上がるようだ。
「そう。えーと、まずは・・・家賃は要らないわよ」
「えっ?」
「だってそうでしょう。猫たちの世話を頼むのよ。本当はこちらからアルバイト代を出したいくらいだもの」
「で、でも、家賃がただなんて」
「あら、おかしくないでしょ。もうあの子達と会って世話をしてくれたのよね。大人の子はいいけど、目も明いていないような子猫の世話をお願いするのよ。それぐらいは、させて頂戴。それに、もともとは祖父たちがこの春には戻ってくるはずだったのよ。それがいま居る所でトラブルが起こって、もう2年戻ってこれなくなってしまったのよ。私もここから通える所に移動のはずが、別の所でやらかしてくれた奴がいて、その余波で引っ越す破目になったのよね。俊哉も猫の世話は慣れているけど、流石に大学もあるのに猫の面倒ばかり見させられないじゃない」
佳純さんはそう言ってため息を吐いた。その佳純さんの前にカップが置かれた。花咲君が席を立ったのが見えたけど、佳純さんのためにコーヒーを淹れていたとは思わなかった。
「藤山さんも、もう1杯飲む?」
「えーと、じゃあ、お願いします」
花咲君は私のカップと自分のカップを持って、部屋を出て行った。その間に佳純さんはコーヒーを一口飲んでいた。
「それに家賃がいらないのは、祖父母と両親と私からこの家の維持のためのお金が入るからよ。光熱費も要らないわよ。これが逆にアルバイト代とでも思ってくれるかしら。その代わり、食費及び日用品代に3万頂くわ。俊哉の分を足した6万で生活して欲しいのよ」
・・・生活費に6万は多いかな~。あっ、でも、猫のいろいろを買うなら6万で足りるのかしら?
「もちろん猫たちのものは別だからね」
「え~? それだと多くないですか。ひと月6万の生活費なんて」
「多かったら翌月減らすなりなんなりして頂戴。まあ、たまには豪勢に外食するのもありだと思うわよ」
佳純さんの言葉に日用品にあたる物を考えてみる。シャンプー、リンス、ボディソープ。歯ブラシ、歯磨き粉、洗濯洗剤、食器洗剤。トイレットペーパーに、ティッシュ。ゴミ袋、スポンジ、三角コーナーのネット。電池も必要になるかな。他には・・・。
「「プッ」」
ふきだした声が重なった。見るとコーヒーを持って戻ってきた花咲君と、佳純さんが笑っていた。何を笑っているのだろう?
「藤山さん、いまの日用品のことさ、指を折りながら声に出してたよ」
コーヒーと砂糖とミルクを置きながら、花咲君にそう言われた。ついでにクッキーをのせた皿も置かれたのね。
嘘~。声に出してたなんて恥ずかしすぎる。
「俊哉、冷蔵庫にケーキもあるから持ってきて」
「分かった」
花咲君が台所に戻っていった。すぐにケーキの箱と小皿とフォークを持ってきた。箱の中にはショートケーキが入っていた。それを小皿に移すと花咲君は私達のそばに置いてくれた。
「藤山さん、いま言ったものは生活費から出してね。別に俊哉と同じ物を使わなくていいから」
「えーと、同じ物って?」
「シャンプーとかよ。私も俊哉と別の物を使っていたからね」
「藤山さんが嫌でなければ同じ物を使ってくれてもいいよ」
花咲君の軽い言葉に睨んでおく。それにいい笑顔を返されました。
「あと、禁止事項ってほどではないのだけど、よっぽどでなければ外泊はしないで欲しいかな。というか、どちらか一人は夜に家にいて欲しいのよ。あっ、もちろん帰省する時は遠慮なく言ってね。俊哉もそこは協力してあげるのよ」
「もちろんだよ、姉貴」
「あとは何か不安な事ってあるかしら」
「えーと、あとは・・・今は思いつかないです」
「そうなの? じゃあ、藤山さんどうかしら? ここに住んでくれるかしら」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
私がそう言って頭を下げたら、花咲君と佳純さんはホッとした顔をしていた。