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背中を花咲君の手が触っている。
「う~ん、どうしようか。一応消毒しておく?」
「そんなに酷いの?」
「いや。針を刺した時みたいに3か所血が滲んでいるだけ」
「それならそのままでいいわよ」
そう言って服の裾を直そうとしたら、彼の手が邪魔をした。
「やっぱり消毒をしておこう。ちょっとそのままで待ってて」
そう言うと彼は母屋の方に行ってしまった。猫たちもなんか遠巻きに見ている気がするのだけど。
・・・たぶん間抜けな格好よね、私。
そんなに待たないうちに、花咲君が救急箱を持って戻ってきた。私の後ろにくると消毒液などを出しているのだろうけど、見えないから音とか気配で想像するしかないのだけど・・・。
「ちょっと沁みるかもよ」
そう言って背中に消毒液が!
「冷たい!」
「あ~れ~? 沁みるんじゃなくて冷たいの? ふ~ん。あと、2カ所あるんだけどな~」
なんで嬉しそうな声を出すのよ。というか、さっさとやって終わらせてよ~。
中々次のところに消毒液があたらないと思ったら、何かがチョンチョンと背中に触ったの。
あれ、って思って振り向いたら、花咲くんがガーゼを片付けるのが見えた。
私と目が合うと花咲君はニヤリと笑った。
「もしかして消毒液をそのままかけた方がよかったのかな~」
・・・本当にこいつは性悪猫だ。というか、大学では猫を被っていたのか。爽やかイケメンどこ行った。
「ねえ、藤山さん。服、直さないの?」
そう言われてハッとした。慌ててめくっていた服を元通り直した。
「な~んだ、残念。剥かれてもいいのかと思ったのに」
「おい」
思わず低い声をだした。花咲君はもっとニヤニヤと笑っている。このヤロウ~と思ったけど、ふと壁の時計が目に入った。
「花咲君、そろそろ子猫にミルクをあげないと」
私がそう言ったら彼も時計を見て立ち上がった。
「本当だ。チビ達お腹を空かせてるかな」
と、真面目な顔になった。私のそばに置いてあった櫛を持つと、自分が使っていたものと一緒に片付けてくれた。救急箱を持って歩き出したからついていく。子猫たちが居る部屋に行くとちゃんと扉を閉めた。
ケージをどかす前からピーピー、ミーミーと泣き声が聞こえてきた。花咲君がミルクの準備をしている間に、私は子猫たちの排泄を済ませておくことにした。1匹づつ捕まえて濡れティッシュで刺激を与える。排泄がすむと新しいティッシュに持ち替えて、別の子のお世話をする。5匹が終わるころにはミルクの準備が出来ていた。
私は手を洗ってから子猫を捕まえてミルクを与え始めた。そういえば、この子達は花咲君のお姉さんが拾ったとかいっていたよね。聞いてもいいのかな?
花咲君の顔を見ていたら、彼が言ってきた。
「な~に~かな。聞きたいことでもあ~るのかな~?」
ふざけ口調に思わずムッとする。なので、何も言わずにお世話に専念することにした。
今、私がミルクをあげている子は、三毛ちゃんだ。一生懸命に乳首に吸い付いている。泣き声はミーミーだ。この子達は手の平に乗ってしまうくらいだから、体重も100gくらいだろう。
お前たちのお母さんはどうしているのかな? 拾ったということは、飼い猫の子で・・・。
イヤイヤ、それを考えたらいけないでしょう。もしかしたら、親猫が死んじゃって保護したのかもしれないし・・・。でも、現実的に考えると・・・。
「ねえ~、ふっじやまさ~ん。聞きたいこと~、あるんじゃないの~?」
花咲君の軽い言い方にまたムッとした。横目で睨んだら言葉の調子の割に、表情は普通だった。先ほどみたいにチェシャ猫笑いをしていない。
だったのに目線が会ったら途端にニーと笑ってきた。
「ねえねえ、何が知りたいのさ。答えられることは答えてあげるよ~」
その言葉に自分の目が据わっていくのが分かる。花咲君も流石にふざけすぎたと思ったのか、声の調子が変わった。
「その~・・・さ、・・・ふざけすぎました! ごめんなさい。・・・でもさ、嬉しかったんだよ。俺さ、こんな顔だろ。中学の頃から俺の周りにくる女って、めんどくさい性格の奴ばかりでさ~。去年藤山さんと知り合ってからも、藤山さんは他の女と違って俺に興味を示さなかったし。それどころか、俺に声かけられて迷惑そうにする女なんて初めてだったし。人間としてちゃんと見ていてくれてるんだって思ってさー。だからさ、さっきも言ったけど、藤山さんが一緒に猫の世話をしてくれたら嬉しいなって、思ったんだ」
花咲君の顔をチラリと見たら、少し頬を赤くして真面目な顔をしていた。彼が言いたいことは何となくわかる。去年、彼が休んだ時の講義の内容を、女の子が私のノートを使ってと花咲君に渡しているのを見た。彼はその子に「ありがとう」と言って受け取っていた。彼はそのノートをコピーしてすぐに返したけど、その女の子は花咲君にノートのお礼を強要していた。
曰く、お茶につき合ってということだった。デート気分を味わって、ついでにあわよくばという下心も透けてみえた。実際は他の女の子達が彼と一緒にお茶が出来るのならと、ノートを我先にと差し出して1対1でお茶を飲まなくて済んだと、他の子が話しているのを私は聞いたのだった。