4
食事が終わり、洗い物は私がやらせてもらうことになったの。
私にそう言われた時の花咲君の表情が、またいたずらっ子見たいに見えた。
なんか嫌な予感がしたけど、とりあえず気にしないことにした。
私が流しの前に立ったらそばに来た花咲君に、後ろから抱きしめられたの。
「な、なにをするのよ~!」
突然のことに驚いて叫んだけど、声が裏返ってしまった。そんな私の頭の上から楽しそうな花咲君の笑い声が降ってきた。
「そのままだと濡れちゃうよ。これを使ってよ」
そういって彼は手を動かした。気がつくとエプロンを着けられていた。怒鳴るべきか、お礼を言うべきか困って、花咲君の顔を見たらニヤ~と笑い返された。
ムッとした私は、流しの方に向き直ってスポンジを手に取り、洗い物を始めた。
くっそ~。絶対楽しんでるよ~。私の反応がそんなに面白いのかよ。
・・・いけない。気をつけないと言葉使いが悪くなる。落ち着け~、落ち着け~。
食器を洗い終わりそばにあったタオルで手を拭いた。花咲君は携帯を取り出して何かをしていた。
メールを書いていたみたいで、操作を終えると私にニッコリと笑いかけてきた。
その悪びれていない顔に少しまた、ムッとした。
「姉貴がさ、夕方には戻るから家で待っててだって。藤山さんはその時間まで大丈夫かな」
「えーと、まあ・・・」
花咲君の言葉に私は曖昧に答えた。花咲君も私が言いたいことがわかったのか、苦笑いをしてきた。
「ほんとごめん。本当なら他の部屋を見に行きたかったよね。でも大丈夫だから。絶対姉貴も藤山さんで良いって言うからさ。俺が保証するよ」
「はあ~・・・」
つい気のない返事をしてしまったけど、よくよく考えて見たらこの家に住むということは、花咲君と同居することになるわけで・・・。
さっきの話が本当なら猫がいるとは云っても、花咲君と、ふ・・・二人で暮らすということになるわけで・・・。
え~、年頃の男女が一つ屋根の下で暮らす・・・。
ゴクリ
つまりそう言うことになる可能性もあるわけで・・・。
ドキン
・・・イヤイヤ。冷静になろうよ、私。そんなわけないって。
バクバク
・・・だから冷静になれ、私。あの花咲君のお眼鏡にかなうとは思えないだろう。こんな貧ぬーに興味を示すわけないって。
一人あらぬ妄想を思い浮かべていたら、花咲君の声が聞こえてきた。
「それにしても、藤山さんが猫好きとはラッキーだったな」
ん? どういう意味だろう?
「藤山さんってさ~、珍しく俺に興味示さない人だろ。あの張り紙を出したものの、俺の顔につられて変な期待を持った女が来たらどうしようかと思ったんだよね。猫好きって女の方が多いしさ。その点藤山さんなら間違いが起こりようがないだろう」
「ハハッ」
そう言って花咲君は私の顔を見てニヤリと笑った。その彼に私は力ない笑いを返したの。
・・・わかってたよ。わかっていたけど、少しくらい夢を見たっていいだろう。神様の意地悪~!
・・・じゃなくて、花咲君の意地悪~!
癒し・・・そうだ。こんな時には猫に癒されるに限る!
「ねえ、花咲君」
「ん~?」
「猫の毛梳きをしてもいいかな?」
「ん? 毛梳き? ん~、どうだろう。あいつら新しい人に慣れるまで時間がかかるしな~」
花咲君は腕を組んで考えこんだ。
「ダメ元でやって見てはダメかな」
「ダメ元ねぇ~。そうだな~・・・さっきあいつらは藤山さんから逃げなかったし、ダメ元でやってみるか」
そして私達はまた離れに行ったのよ。
花咲君が毛梳きの櫛を出してくれた。・・・というか、本当に凄い。壁の棚に猫用グッズがいろいろ置いてある。ネズミの玩具に釣り竿みたいな紐先に羽がついているもの。犬用の間違いじゃないかと思うけど、テニスボールくらいのゴムボールもあった。他にもなんかありそうだけど、花咲君が櫛を持ったら毛足の長い猫が寄ってきた。
その子はソマリかペルシャが入っているのだろう。ペルシャほど潰れた顔をしていないけど、目つきがちょっと悪い。目が吊り上がり過ぎなのだろう。それに少し細めだ。う~ん、ブサイクではないけどちょっと性悪顔とでも言うべきか・・・。
「藤山さん、やってみる? ブーリンは毛梳きが大好きだから、やらせてくれるかもよ」
そういって花咲君は櫛を私に渡してきた。ブーリンは花咲君を見上げた後、私の方を見つめてきた。瞳の色は濃いめの黄色。ううん。明るめの金茶色。とてもきれい。
しばらく見つめ合っていたら、少し私のそばに寄ってきた。私は右手をそっと差し出した。人差し指の指先に鼻を近づけるとフンフンと私の匂いを嗅ぎだした。ブーリンが満足するまで私はそのままでいた。
しばらく匂いを嗅いで満足したのか、ブーリンは私の前に座って伏せってくれた。
「えーと、ブーリンさん。私は藤山丹亜と言います。よろしくお願いします。それでは毛梳きをさせて頂きます」
そう言ってそっと背中に櫛を当てた。ゆっくりしっぽに向けて櫛を動かしていく。
「プッ」
花咲君がふきだした。私はチラリと花咲君のことを見て訊いた。
「なに?」
「いや、だってさ、猫に自己紹介するってなんなの。それに名前。ニアって・・・」
そう言って花咲君は、クツクツと声を出さないように肩を震わせて、笑い出したのよ。