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猫たちはトイレを片付けても知らん顔。水の容器を回収して洗って元の位置に持っていき、ペットボトルから水を出す。この家は井戸水を使っているそうだ。それをペットボトルに入れて容器に入れていったのでした。
水の入れ替えをしたら猫が1匹近づいて来た。ブルーグレイの毛並みのロシアンブルーみたいな子。私が少し離れたら、水の容器に顔を近づけて水を飲み始めた。水を飲む横顔も綺麗でつい見とれていたら、花咲君が声を掛けてきた。
「藤山さん、そっちは終わった」
「花咲君、水の入れ替えは終わったよ」
「ご苦労様」
そう言って彼が姿を見せたら、ロシアンブルー似の子は花咲君の足元へと擦り寄っていった。花咲君は屈んで猫の首筋を撫でた。その手に頭を擦りつけるように猫はしていたの。
いいなあ~。私もそういう関係になりたいなあ~。
猫のことをジッと見ていたら、視線を感じたからか、私のことをジッと見つめて来た。黄色い瞳だけど、縁のところが翠がかっている。
しばらく見つめ合ってしまった。
「プッ」
花咲君が噴き出したから、私は彼のことを見上げた。・・・ん? 見あげた? 私はさっきまで立っていたよね。
「面白いのな、藤山さんは。マイと見つめ合いながらしゃがむんだもの。マイもビックリして固まってたよ」
「マイちゃんって言うんですか、この子」
「そう。ちょっとみ、高級そうな見た目だろ。だけどこいつ野良の子でたまたまこの色が出たんだよ」
花咲君の説明にマイちゃんのことを見つめ直した。マイちゃんは私の視線が鬱陶しいのか、花咲君から離れてクッションのところに行った。クッションの上に座ると体制を整えて丸くなり、目を閉じてしまった。
その動作が綺麗で絵になるから、また見入ってしまったの。
「じゃあ、向こうに戻ろうか」
花咲君の言葉に立ち上がって彼の後を付いて、また台所に戻ったのでした。
「ところで、藤山さんはお昼に何を食べたい?」
そう訊かれて私は慌てた。そういえばなし崩し的にこの家にいたけど、実際はまだ何も決まっていないの。お姉さんの許可が出ないと決められないと、花咲君が言っていたから。
「えー、そこまでは迷惑を掛けられないというか」
「違うよね。迷惑をかけているのは俺のほうだよね。あんな張り紙しておいて、決められなくて、引き留めているわけだろう」
「それはそうかもしれないけど・・・」
「とにかく午後も猫の世話を手伝ってもらうんだから、お昼くらいはご馳走するよ。といっても出掛けられないから、俺の手作りで良かったらなんだけど」
「花咲君が作るの~?」
花咲君の言葉に思わず私は叫んでいた。その私の顔を見て、花咲君は苦笑いを浮かべた。
「そりゃ~ね。姉貴も仕事で忙しいから、俺と当番で家事をやっていたんだ~。だからいつでもお婿に行けるわよん」
そう言って花咲君はウインクをしてきた。思っていない言葉を聞かされて、私は椅子に座ったまま呆然としていたの。
我に返った時にはフライパンからジュージューという、いい音がしてきていた。その後、野菜を投入してザッザッとフライパンを振っていた。味見をしてほど良かったのか、火を消して大皿に出来上がった野菜炒めをうつして、私の前に持ってきた。
それからご飯とお味噌汁、冷蔵庫から漬物、それから小さな壺のようなものを持ってきて、彼も席に着いた。
「こんなものでごめんね。遠慮なく食べてよ」
そう言って彼は「いただきます」と言って食べ始めた。しばらく私は花咲君がご飯を食べるのを見つめていたの。そうしたら花咲君に言われたのね。
「食べないの、藤山さん。それとも野菜嫌いとか?」
「えーと、その・・・」
言葉にしていいのか分からなくて困ってしまったの。うちでは一人一人に分けて料理は出てきていたのだから。大皿から直接取ることに違和感を感じて、手が出せないでいたのだけど。居酒屋じゃないんだから、取り箸があるのもおかしいのだろうか。でも、せめて小皿が欲しいと言っちゃダメかな。
「藤山さん、今日のは我ながら上手く出来たと思うんだ。だから食べてみてよ」
「う、うん」
返事をしたものの手を出せないでいたら、花咲君が立ち上がって前かがみになった。その手の先には・・・。
「はい。あ~ん」
ちょっと、なにプレイなの?
口を開けずに花咲君の顔を見たら、いたずらを思いついた子供のような表情を彼はしていた。
「ほ~ら~、口を開けてよ~。あ~ん」
再度言って私の口元に箸を近づける花咲君。
だから、何の拷問なの?
「早く口を開けてくれないと落ちちゃうよ。ね、あ~ん」
私は観念して口を開けた。間違っても「あ~ん」なんて言ってない!
口の中に入ったキャベツともやしを咀嚼した。シャキシャキして美味しい。
ゴクンと飲みこんで私は言った。
「美味しい」
「だろ~」
花咲君は私の言葉に満足そうに笑うと、続きを食べ始めた。彼は野菜炒めをそのまま茶碗にのせていた。私も彼に倣って茶碗に野菜炒めをのせながら、食事をしたのだった。