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花咲君が納得したように頷いていた。その横顔を見ながら、ふと思い出した。
・・・そういえば。
「ごめん。あの時は言い過ぎました」
「謝らないでよ、藤山さん。確かに子猫の世話もあっちの大人の子達と同じで、適当にやればいいやって思っていたからさ、俺。でも、そうだよね。命なんだよね」
そう言って花咲君は黒縞の子をやさしく撫ぜたのよ。その慈愛に満ちた眼差しに暫し見とれてしまったわ。
花咲君が私の方を見てきたので、私はフッと笑った。その表情が気に食わなかったのか、花咲君の表情もムッとした感じに変わった。
「なんだよ」
「別に~」
「言いたいことがあれば言えよ」
「言っていいの?」
「・・・言われない方が気になる」
ボソリと言われた言葉に、それもそうかと思う。
「えー、子猫を見る様子がかわいいなって思ったの」
「かわいい・・・」
あれ? なんで落ち込んでいるんだろう。
そんなことをしているうちに子猫たちにミルクをあげ終わった。片付けをして母屋に戻ったの。そうしたら花咲君が言ってきた。
「それじゃあ、もう少し休んでてよ。なんなら寝てくれてもいいよ」
「えっ、花咲君は」
「俺はこれから朝食を作るから」
「それなら私も・・・」
「手伝うって言わなくていいから。作るのは俺の趣味っていうか・・・。とにかく好きでやっているから気にしないで」
そんなこと言われても気になるでしょ。それが表情に出ていたのか、花咲君が別のことを言ってきた。
「それならシャワーでも浴びる?」
一瞬頷きかけて、私はあることに気がついて押し黙った。花咲君が私の表情を読み取ったのか、首を傾げて重ねて言ってきた。
「湯船に浸かりたいなら、少し待ってもらうことになるけど?」
「あー、違うの。シャワーでいいんだけど・・・その着替えが・・・」
言葉が小さくなっていく。シャワーを浴びるのなら、できることなら下着を替えたい。
・・・いや、それなら家に戻った方がいいかもしれない。
「あー、着替えか~。・・・よし、ちょっと待ってて。姉貴を起こしてくるから」
そう言って花咲君は佳純さんの部屋に行こうとしたから、彼の服の裾を掴んで思わず止めた。
「起こさなくていいから。それよりも私は家に帰るから、ね」
「なんで、朝ご飯食べていってよ」
「いや、そこまでは迷惑はかけられないから」
「迷惑をかけたのはこっちなんだけど」
「そんなことないでしょう」
「俺が作るご飯は食べられないとでも」
「そんなことは言ってないでしょう。昨日のお昼も夕ご飯も美味しかったわよ。・・・って、近いんだけど!」
いつの間にか、服を掴んで彼を止めていたはずが、私の方が壁に押しやられて、あろうことか顔の横に手がある状態で、覗きこまれているんだけど。すごく近い位置に、花咲君の顔があるから困ってしまう。
「ならいいじゃん。食べてから帰っても」
「だから迷惑を掛けたくないってば!」
「迷惑じゃないって言っているだろう。朝ご飯も食べてくれたっていいだろう!」
「それならこれからいくらでも食べられるんでしょう!」
叫ぶようにそう言ったら、花咲君は虚を突かれた顔をした。その後ゆっくりと彼の顔に笑みが広がっていった。
「そうか~。じゃあ同居したら食事は俺に任せてくれるんだね」
「えっ?・・・ええっ! ちがう・・・違うの。同居したら一緒に食事をすることになると言いたかっただけで・・・。それに、食事は当番制で」
「なんで? 今、俺が作った食事をいくらでも食べてくれるって言ったじゃん。つまり俺が食事を作っていいんだろ」
「だから違うってば。花咲君が作ってくれたものは美味しかったけど、食事を全部作って貰おうって意味じゃないってば」
「い~や、俺には『美味しいから、俺のご飯が食べたい』って聞こえた。だからこれからも、俺が作る」
「いや、でも・・・」
花咲君の言葉に反論しかけて、あれって思う。『これからも』って、彼は言わなかった。
花咲君は混乱している私を置いて台所に行ってしまった。私は慌てて追いかけた。花咲君は冷蔵庫から卵を取り出していた。
「藤山さんは、ハムエッグと出し巻き玉子と茹で卵のどれを食べたい?」
「それなら出し巻きがたべたいかな」
「了解」
そう言って花咲君はやかんに水を入れて火にかけた。ボールを取り出し、卵を割り入れ菜箸でほぐしていく。
その慣れた手つきにボーッと見とれていてハッと気がついた。
「ねえ、もしかして今までずっと食事は花咲君が作っているの」
「ん~? ああ、そうだよ。姉貴も忙しかったし、二人で暮らすようになってからはほとんど俺が作っていたの」
「それって何時から?」
「確か・・・中1? だったかな」
「中1って・・・でも、佳純さんと当番って」
「あー、当番なのは他の家事だよ。それも姉貴が働きだしてからは、俺がほとんどやっていたけどさ」
「えっ」
「だってさ、当たり前だろ。俺は学生で扶養家族なわけじゃん。とくに大学に入ってからは俺の方が時間に余裕があるわけだからさ」
気負いもなくそういう花咲君を、私は瞬きを繰り返して見つめたのだった。




