鏡の世界
僕の人生は16歳という若さで幕を閉じた。死因は飲酒運転のトラックに跳ねられるというありきたりな交通事故。頭が砕けて即死だったそうだ。
だけれども、僕はその事に関しては半信半疑だった。だってそう告げた人物が、神様とか名乗る怪しげな存在だったから。
誰だってそう思うだろう?死んだと思ったら、いきなり真っ暗闇のところにいて、姿が見えない神様とか名乗る声だけの存在に自分の死因とかを告げられるんだぜ!?そりゃあ信じれないさ。何のドッキリだっ!!てね。
で、その存在に、
「来世は何処にどんなモノとして生まれたい?」
なんて聞かれた時には、驚いて、目玉が飛び出るかと思ったさ。
僕は小3まで、元気でクラスの人気者だった。毎日楽しい友達に囲まれて、優しくてかっこいい親に愛情を注がれて。
でも、そんな矢先、大好きだったお父さんが死んだ。工事現場を通りかかった時に、鉄骨が崩れ下敷きになって。
そりゃあもう泣いた泣いた。「よりによって、何でこの日に!?」ってね。
だってその日は僕の誕生日だったんだから。家族3人で居たくて、両親に祝って欲しくて、お父さんに仕事から早く帰ってきてと頼んだんだ。実際、事故が起きた時間は、いつものお父さんの帰宅時間よりも1時間ほど早かった。それを知ったとき、僕はさらに泣いたよ。「僕のせいだ!僕が早く帰ってきてなんて言わなければ、お父さんは事故に巻き込まれずに済んだのに!」って。
その出来事がきっかけでだんだんと内気になり、小4で不登校、中学には一度も行かず、ただただ、自室に引きこもって過ごすっていう生活を送っていたんだ。
部屋に引きこもってからは、母とも殆ど話さなくなったし、部屋で何かする事も殆ど無かった。お父さんとよくやって楽しんでいた大好きだったゲームもやりたくは無かったし、勉強だって、体を動かす事だって、お父さんと一緒にそれらの事をやったときの事が頭から離れず、何も手につかなかったんだ。
笑っちゃうだろう?それほどまでお父さんが大好きだったんだ。
僕が父親離れする前にお父さんは逝ってしまったからね。
母は、引きこもったことについて、とやかく言ってきた。鬱陶しいったらありゃしない。
毎日毎日飽きもせず、僕に話しかけてくる。最初の方は反発していたけれど、だんだんと無視するようになっていった。
母はお父さんが死んでから、仕事をしている。だから仕事の時間になると、諦めていっちゃうからね。
まあ、家の中で1人になったからって、やりたい事ややる事なんて何にもなくて、部屋で寝ているだけだったけどね。
だから、僕は趣味らしい趣味がない。僕の部屋にも殆ど趣味を示す様なものはないと思う。多分僕の遺品整理は5分で終わるんじゃないかな。
だって、僕の部屋には大きく分けて二つのものしかないんだから。
一つ目は暇つぶしに少しだけ読んでいたシリーズ本が数冊。
小3のころ、たまたま寄った本屋で発見したんだ。内容は濃く、複雑で面白かった。でも、今となってはこの小説は嫌いだよ。だってこの小説の新刊を買いに行って、トラックにはねられたんだからね。
2つ目はお父さんが僕にくれるはずだった誕生日プレゼントの綺麗な手鏡。
お父さん遺品のカバンのなかから、僕への手紙と共に出てきたものだ。
男の僕に何でそんな物を買ってきたかは、今となってはわからずじまいだけど、その綺麗な手鏡がお父さんの遺品となってしまったんだ。
なんだかんだいって、それだけが僕の宝物だったように思う。
僕が神様に何になりたいか聞かれた時、なぜか真っ先にその手鏡が頭に浮かんでいた。
そして、もう、また人間になって過ごしていくのはまっぴらごめんだし、他の生物とか言われてもいまいちピンとこないなどなど、一瞬のうちに考えて...
気がついたら、僕はこう答えていたよ。
「鏡の中の住人になりたい」
ってね。
□
気がつくと、僕は前に窓っぽいものがポツンとあるだけの見知らぬ空間にいた。前面にある窓っぽいのを見ていると、沢山の人が通っているのが見えたんだ。面白い事に、時々人が立ち止まって、窓っぽいのの前でポーズをとって行くんだ。思わず笑っちゃったよ。
そしてすぐに気がついた。
「ああ、ここは鏡の世界なのか」
って。そこまで気がつくと、あとは何をすればいいかはすぐに分かった。何でかは知らない。恐らく本能って奴なんだろうね、こりゃあ。
僕の体はまるで透明なRPGのスライムの様だった。実体がなく、何にでも形を変える事ができる。そして、その能力をつかって僕は鏡の前にいる人とかをひたすら真似していったんだ。
前にいる人と別の動きをして驚かそうなんて考えはでてこなかった。だって、そうやったらどうなるかがなぜか分かってたからさ。
それをやってしまったら、鏡として使えず、使われなくなる。つまり鏡としての「死」だ。
まあ、そんなこんなで真似する動作を繰り返すうちに、ただひたすら鏡の前にいる人を真似していく事だけが僕の生き甲斐となっている事に気がついたんだ。特にやる事の無かった前世と比べて、今という時間はとっても華やかだったと思う。
背景なんかは、勝手に動いていた。恐らく僕の他にも、背景に化ける役の奴がいたんじゃないかな。ならば、僕は鏡に映った人に化ける役だろうと信じてみた。
人に化ける役の僕の仕事は簡単だ。
人が来たら、一瞬で見て姿形や特徴を覚える。そしてある程度その姿が似るようにと、頭の中でイメージするのだ。
そうすると、グニョグニョと一瞬のうちに自分の体がその人に変わる。別に、少し位姿が違ったって、誰も気付きやしない。そうそう自分の姿をこと細やかに覚えている人なんていないからね。
複数の人が同時に現れた時は、ちょっとだけ大変だった。
同時に複数人を見て、覚えて、化ける。鏡には複数人いるように見えても、実際は、鏡の外で、彼らの足や手が繋がっている。そして、彼らの動きに合わせて動くのだ。みんなが別々の動きをするから、すぐに疲れてしまい、危うく違う動きを仕掛けたことが何回かある。
そうそう、神様の気まぐれなのか、それとも鏡の世界ではそういう仕様なのかは知った事ではないけど、僕は、鏡の世界でも前世の記憶を持っていた。前世がいかに嫌な事のオンパレードかも覚えていたし、前世で僕が学んだ事も色々覚えていた。
とりあえず、その知識を使って、この鏡が何処に置かれているのかを推測してみたんだ。
背景は大草原やら大海原やら、自然味溢れたものではなく、ただ、ありふれたベージュの壁。そして、一定期間経つと急に暗くなったり、明るくなったりした。
だから、ここは恐らく何かの部屋かな?いや、店だ。いろんな人が服を体に当てがっている事や、背景に映る色とりどりの服などから察するに服屋かな?そして、ちびっ子達がよく、大きな袋を大事そうに抱えていたり、カップルとかが、可愛らしい袋を持っていたりしてイチャイチャしていたからデパートなのではないのかな?と結論付けた。向こうの声が聞こえたら楽に場所を特定できたんだけど、あいにく声は一切届かなかった。
というかリア充爆発しろ!
「鏡の前でイチャイチャするな」と叫びたい。イチャイチャしている2人に1人で化けて、鏡写しに全く同じ動きをするこっちの身にもなってくれ!
閑話休題。
そして、大体どんな所に置いてあるかの目星がついた時、あることに気がついたんだ。
さっき鏡の前に映ったやつって、小学校の時めっちゃ仲の良かった奴じゃないかってね。
それで、よーく考えてみたんだよ。今まで鏡に映った人の事を。すると、確かに何処かであった様な気がする人も何回かいた気がするんだ。
既視感な気もしたけれど、取り敢えず、様々な人を意識してみていったんだ。そうしたら、やっぱり、何処かで見覚えのある人が多々いるんだ。
後に知ったことだけど、ここはね、僕が住んでた場所の近くのデパートだったんだ。恐らく、僕が引きこもりになってからできたものだろう、僕はこの場所を知らなかったから。そして、僕が死んだすぐ後の時っぽいんだよ。
そうとわかれば、僕は、僕の知り合いが僕が死んでから今どんな生活を送っているかに興味を持った。まあ、必然的な結果だね。
僕の知り合いはさほどいなかったし、覚えているか定かじゃ無かったけど、少しでも思い出すようにって、普段より鏡の前の人を意識してみるようになった。
ちっちゃいやんちゃな女の子とそれを微笑みながら嗜める母親の姿。
初デート前かは知らないけれど、鏡の前でそわそわと落ち着かずに色々な服を自分に当てがう男性の姿。
僕と同年代くらいの少女が親にで服を買うよう迫る姿と、財布の中身を気にして、苦い顔になっている父親の姿。
色々な服を選び、車椅子に乗っている老人に当てがっている女性と、当てがわれて照れている老人の姿。
気に入った上着がないのか、ウロウロしながら、鏡のまえでジャンバーを羽織るかつての僕の友達と、それを遠くから見守っている初老の男性の姿。
沢山の愛に溢れた姿を見た。
沢山の希望に溢れた姿を見た。
沢山の優しさに溢れた姿を見た。
初めて僕はそれらを意識して見た。
僕はそれらを意識して真似をした。
そして僕は過ちに気がついた。
もう取り戻せない温もりと、それを自ら捨てた愚かさを思い出した。
そして、僕にとある感情が芽生え始めたんだ。
そしてそれは深く深く根を張り、大きくなって僕のことを蝕んでいく。
鏡は涙を流さない。流せない。
だから僕も流さない。流せない。
僕があの感情に気がついてしまってから数日後。
1人の少年が僕がいる鏡の前に立っていた。その少年は服を選ぶわけでもなく、ただただ鏡を眺めていた。
僕はそれが誰なのか一目見て分かった。
だって死ぬ直前の僕の唯一とも言える友達だったからね。
彼は鏡があると凝視してしまうのが癖なんだ。それだけ聞くと、ナルシスト?とかって思うかもしれないね。でも、彼のその癖には深い事情があるんだ。
そして、その事情と癖だけが、今の僕を救ってくれる唯一の方法だって悟ったんだ。
彼と僕はかつてクラスメイトだったんだ。僕は正直なところろ、彼に好感を持っていなかった。だって彼は、オカルトや黒魔術にはまり込んでいる少年だったから。彼のランドセルには不気味なお守りがついているし、筆箱の中だっておかしな人形が入っていた。
彼は、今考えれば、格好のいじめっ子の的だったように思う。でも、恐らくいじめっ子達も彼に近付きたく無かったんだと思う。それほどまでに彼はオカルトや黒魔術にはまり込んでいて、周りと距離を置いていたんだ。
そんな彼と接点を持ったのはお父さんが死んでから数日後。
友達から「彼が僕のメアドをしつこく聞いてきて、気味が悪く、早くどっかに行って欲しかったからさっさと教えてしまった。」という内容のメールが送られてきたことだった。
最初、そのメールが来た時は震えたね。正に泣きっ面に蜂、というわけさ。
でも、彼からのメールは予想とは違った。僕を心配するような内容だったんだよ。今まで一度も話したことがない彼に心配をされて驚きよりも疑問の方が勝ってた。どうして心配をするのかってね。
そうして、彼とのメールでのやり取りが始まったんだ。
彼は学校での雰囲気よりも遥かに優しく、いい奴だった。そして、可哀想な奴でもあったんだ。
彼は小学校の入学前に事故で両親を亡くしたらしい。
その事が信じられず、親がいつかかえってくると幼き彼は信じ、いつしかだんだんとオカルトや黒魔術に手を染めていったそうだ。
特に鏡はあの世とこの世を繋ぐモノと信じて、いつも鏡があったら、そこに両親の姿がないかを探しているそうだ。
ということだった。それを聞いた時、本当に驚いたね。
そして、今まで避けてきて、ごめんねとも謝った。
彼は自分と同じような境遇の人と話したかったんだろう。そして、自分と同じ道は歩ませまいと伝えたかったんだろう。
色々な事を話していくうちに、いつしか僕と彼は親友になっていた。
そんな彼だからこそ、僕は賭けてみようと思ったんだ。
僕の心残りを伝えるために。
僕はもう、鏡に彼の姿を映していなかった。彼が息を飲むのが見える。
まあ、当たり前だろう。だって、鏡には僕の姿が映っていたんだもの。
恐らく、僕の声は向こうには届かない。でも、口パクでなら、届くんじゃないのか?
僕はゆっくり口を開く。
「お」
彼が僕が何かを言おうとしている事に気がつく。
「か」
僕の体に激痛が走る。これが掟を破った罰、「死」か。
「あ」
僕の輪郭が少しだけぼやけてくる。頼む。あと少しだけ持ってくれ。
「さ」
彼は必死に僕の言いたい事を考え、そして頷いてきくれている。
「ん」
だめだ、このペースじゃ間に合わない。
「に」
ちょっと早口になってしまうのを許してくれ!
「 」
僕は必死に話した。激痛と戦いながら、大きな口を開けて、相手に伝わりやすいようにして。
話し終えた時、彼はしっかりと頷き、「絶対、伝える。」と言ってくれた。
もう僕の体は、原型を保っていなかった。そして、すぐに、揺らぎ、掻き消えた。
僕は、鏡で見て学んだ。親が子に捧ぐ愛情を。親がいかに子供を見ているかを。
僕が引きこもってからも、毎日話しかけ、ご飯を作ってくれた母。僕はそんな母に何かをしてあげただろうか。最愛の人を亡くし、悲しみのどん底にいるなか、今度は息子までもが心を閉ざしてしまった。それでも、母は、僕を気にかけてくれた。必死に支えようとしてくれた。
僕は、そんな母に応えてあげられていたのだろうか?
僕はそんな母にをずっと疎ましく思っていた。ずっと邪険に扱ってきてしまった。
それでも、毎日毎日僕に話しかけてくれていた。救ってくれようとしていた。
本当だったら、男の僕が母を助けなきゃだめだったんだ。
僕はなんて愚かだったんだ。
だから、彼に言ったんだ。
「お母さんに伝えて。
ありがとう。ごめんなさい。大好きです。」
ってね。
ああ、もう意識が殆どないや。
また死ぬのか。
また神様とかいう奴に会うんだろうな。
でも、あの質問の答えは決まっている。
「また、お母さんとお父さんの子供になりたい。」
もう、今度は間違えない。絶対に。
いっぱい親孝行するんだ...
いっ...ぱい...親を助けるんだ...
...い...っぱい...親を...好きになるんだ...
...いっ...ぱい親を...支え...るんだ...
...いい...子に...なるん...だ...
.........そして...