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怖い噺

タバコを吸わせて

作者: 齋藤 一明

 ちょっと、聞いてもらえませんか。

 もうね、どうにもこうにも行き詰ってしまって、誰でもいいから知恵を授けてくださいよ。ねえ、そこのお兄さん、たのむよ、たのみますよ、知恵かしてくださいよ。このままじゃ、あなた、どうにもならないのですよ。


 あぁ、なんで困っているか、訳を話さなきゃいけなかったですね。ただ助けてくれって騒いだって、意味が伝わらないですよね。

 じゃあ、あっちで……

 えっ、こっちへ来いって? 生憎面白くもなんともない話なのですよ。皆さんが陽気に楽しんでらっしゃるところへなんぞ行けませんよ。それに、明るすぎるのもちょっと。それより、ほぅら。あの木陰なら落ち着いて話ができますから。

 なんですか? ただの並木だ? 葉っぱがないから殺風景だって?

 そうには違いないですが、いいじゃないですか。柳だってね、もう少ししたら葉が茂るでしょうよ。茂ってると思えばいいだけじゃないですか。ねっ、あっちへ……。


 いえね、ずいぶん長いこと人を待っているのですが、ねっから現れないのですよ。その人さえ来てくれたら、私だって大事な用をすませて立ち去るつもりです。ところが、なかなか現れないのです。

 長いこと待ちました。なんにちも何日もね。

 ところが、ひとつ困ったことがありましてね、待ち人の顔を知らないのです。

 いや、本当なのですよ。誰が待ち人がわからぬまま、来る日もくる日も待ち続けました。


 ちょっちょっちょっちょっ、帰らないでくださいよ。まだ何も聞いてもらってないじゃないですか。


 この人かな。そう思って訊ねてみるのですが、まったくの見当はずれでね、けんもほろろですよ。で、仕方なく待つことの繰り返しでね。

 ちょっとちょっと、気が短い人だなぁ。これからが話の本筋ではないですか。

 袖すりあうも他生の縁、人助けと思って聞いてくださいよ。


 でね、あんまり長いこと待たされたものだから、誰でもいいか。そういう横着な気持ちが芽生えたのです。けど、これこれの人と指定されていますのでね、自棄をおこさないよう我慢したのです。

 ところがだ、我慢もいいけど、気を逸らすのが一番いいって気がつきましてね、タバコでも吸おうと。ねっ、いい考えでしょう?

 幸いと言ってはなんですが、火種はいくらでもあるのですよ。だからね、一服しようと思ってタバコを咥えたのです。それで火をつけようとしたらあなた、タバコがビチャビチャになってるではないですか。

 はてな? 


 ねっ、はてなでしょ?

 いま咥えたばかりのタバコがビチョビチョって、おかしいじゃないですか。

 だからね、狐につままれたような気持ちになって、新しいのを一本咥えました。

 そうしてね、火をつけようとしたら、またしてもビチョビチョなんです。

 まさかなぁ、箱を覗いてみたけど、別に濡れちゃいない。当たり前ですよね、濡れてたら咥えるときにわかりますもの。

 ただね、タバコはある、だけど吸えないとなると、待ち人のことなんかどうでもよくなって、とにかく吸いたい一心です。


 待ち人は来ない、タバコは吸えない。かといって、約束したのですからこの場を離れるわけにはいきません。

 こうなったら誰彼かまわず吠え掛かってやろうかなと思っていたところでした。

 こうして親切に話を聞いてもらって、いくらか気が晴れましたよ。


 えっ、タバコはどうしたですって?

 そんなもの、全部ビチョビチョになってしまいました。

 考えたのですがね、自分が触ったから濡れてしまったのじゃないかなと。いえ、理由なんてありませんが、ひょっとするとそうなのではないかなと。


 何をしてるのですか? ああ、あなたも一服やりたくなったとでも?

 えっ、私にも吸えと?


 ありがたいなぁ、見ず知らずの人なのに、こうして親切に……

 だけど、せっかくですが、やめておきます。どうせ持ったとたんにビチョビチョに……

 なに? 咥えさせてくださる?

 嬉しいねぇ。あなた、本当に親切な人ですね。仏様みたいな人だ。


 じゃ、じゃあ、遠慮なくお言葉に甘えます。そのかわり、火種は私が持っていますから。

 どこにあるかって?

 見えませんか、ふわふわ浮いてる青白い炎が。


 うまい、美味いねぇ。

 あなたもね、誰かタバコをくれる人を待ちなさい。一本吸い終えたら昇れるそうですよ。

 私ね、そう言われて待ってたのよ。


 じゃあ、この縄張りは譲るからね……

 待ち人が早く現れることを祈ってますよ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] はじめまして。 良く練られたお話ですね、いや本当に。 私もこんな作品を書きたいものです、羨ましい。 こんなに上手くまとめられません><
[良い点] とても良く練られた作品だと感じます。なんとなく冒頭から幽霊っぽい感じがありましたが……どうやって、収めるのかなと読み進めて、なるほど。流石。でした。
[一言]  この話には評価を付けていなかったのですね。  よくわからないのですよ、活動報告とか複雑で。  花見の公園は禁煙とは書いてありませんでした。  だから缶ビールを灰皿にして桜吹雪の中で…
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