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ウォルヴァンシアの王兄姫~蒼銀の誓いと咲き誇る騎士の花~  作者: 古都助
~アレクディース・恋愛本編ルート編・第五章~
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パルディナのオルゴール箱

「――というわけで、君達へのあれこれは全てが終わるまで一旦保留とする事にしたよ。アレク、ルイヴェル」


 国政に関わる書類へと羽根ペンの先を走らせていたレイフィード叔父さん。

 ようやく顔を上げて、その言葉が出てくるまでは……。

 三十分ほどの気まずい無言の時間が続いていたように思う。

 ソファーに座ってお茶を飲んでいた私とレゼノスおじ様、そして、向かいの席でずっと俯いていた重苦しい雰囲気のアレクさんと、魔術書を手に普段通りのルイヴェルさん。

 多分……、精神的に小さな思いをしていたのは、私とアレクさんの二人だけ。

 国王執務室の中にいるだけで、たった三十分の時間が永遠にも感じられる程に……、物凄く辛かった。だから、レイフィード叔父さんがようやく顔を上げて喋ってくれた時には、止まっていた時が急速に動き出したかのような錯覚を覚えたほど。

 でも……。


「レイシュ……、前置きの説明が足りない気がするんだが」


「要点だけで良いじゃないか。このエリュセードに関わる不穏が完全なる収束を見せるまで、僕はレイフィード・ウォルヴァンシアとして、君達の力となる。それだけの話だよ」


「……だが」


「君の大好きな、僕の可愛い姪御ちゃんの足手まといとならない様に、これまで通りで頼むよ。ウォルヴァンシア王国、副騎士団長……、アレクディース・アメジスティー」


 凄みのある笑顔でアレクさんを牽制すると、私達の方にまで底知れないレイフィード叔父さんの威圧感がビシバシと余波を……!!

 うぅ……、い、一応、その怒りを収めてくれたレイフィード叔父さんには感謝しているけれど、本音では物凄ぉ~く我慢している事が丸わかりというか……、笑顔が怖い、怖すぎます!!

 恐怖に慄きながらレゼノスおじ様の方に身体を寄せてぴったりとくっついた私は、その腕に縋ってぷるぷると震え続ける。

 一度アレクさんが私の方へと視線を向け、「本当にこれで良いのだろうか?」と、何だか複雑そうな思いで無言の問いかけを寄越してきたので、しっかりと全力で三回ほど頷いておく。

 大丈夫、大丈夫……、一応、多分。

 だからこそ、レイフィード叔父さんは、レイシュお兄様は、かつて自分の親友であったアヴェルオード様の事を今まで通りのアレクという名前で呼ぶ事にし、一時的にその恨みを収める事を態度で表している。――物凄い忍耐という精神力の名のもとに。


「わかっ……、わかりました、陛下。全てが片付くまで、これまで通りにという仰せに、従います」


「うん、お利口さんだね~」


 ニッコリといつも通りの笑顔になったレイフィード叔父さんが席を離れ、アレクさんの頭をまるで保護者のように撫でまわした。

 あ、アレクさんの髪がグシャグシャになっていく!!

 

「ルイヴェルも、それでいいね?」


「御意。元より謝罪する気はありませんでしたし、俺の方は特に何も変わりませんのでご安心を」


「……へぇ。昔と変わらず、君は全然可愛くないままなんだね、ルイヴェル」


 あぁっ、せっかく心優しいレイフィード叔父さんモードに戻ってくれたのに、ルイヴェルさんのまるで悪意のなさそうな失礼極まりない態度が不穏を生み出そうとしている!!

 思い詰めやすくて罪悪感の強いアレクさんとは本当に正反対過ぎて、私は生きている心地がどんどん奪われていく。


「ルイヴェル、陛下に対し無礼な物言いはやめろ。臣下としての立場を弁えぬのなら、今すぐに王宮医師、魔術師団長としての任を解き、フェリデロードの屋敷で教育のし直しを行うぞ……」


 神様時代の事など今は関係なし!! と言いたげに、私の隣でレゼノスおじ様が懐から鞭を……、鞭!?!? それに対し、ルイヴェルさんも同じように真顔で自分のお父さんを見つめ、魔術によって創り上げた光の鞭を……、って、戦闘を始めようとしないでほしい!!


「え、え~っと、とりあえず、一応今回の件は落ち着いた事ですし、こ、これからの話をしませんか!? ほらっ、裏で動いているあの子達の事も気になりますしっ」


 少しでも場を和ませようとしたのもある。だけど、口にした事も、しっかりと話し合わなければならない最優先事項。

 すると、「確かに、ユキちゃんの言う通りだね」と、諦めの息を吐きながら私の隣へと座ったレイフィード叔父さん。

その手をテーブルに翳し、エリュセード全体の地図を表す、記録シャルフォニアに収めてある映像シャルムを出現させると、その中に無数の紫色に光る点のようなものが映り出した。


「ディオノアードの欠片、ですね?」


「うん。僕と君はあの人の……、災厄の女神の子供だから、特にその存在を感知しやすい。そして、欠片を抱く者達は三種類に分けられる。ひとつは、『悪しき存在もの』との戦いで、その欠片を魂に取り込み、天上で眠りに就いた神。彼らの魂は地上へと向かい、欠片の浄化を進めながら、地上の民として世界をその目に映し、来るべき時までそれを繰り返す」


「二つ目のタイプは、エリュセードの大地に散らばって同化している欠片達ですよね、レイフィード叔父さん」


「うん。そっちは天上側が結界と浄化作用を施してあるから、今まで大きな被害が出ずに済んでいたんだ。けれど……、三つ目。今、エリュセードの地を巡りながら暗躍している者達がその場所に封じられている欠片に手を出し、回収を行っている」


「恐れながら、陛下……。欠片を魂に抱き、この地で生きていらっしゃる神々が狙われるという可能性はないのでしょうか? 地上の民として生きている事で、記憶や力を忘れたままでいる場合、狙いやすいと思うのですが……」


 レゼノスおじ様の問いを受けて、レイフィード叔父さんも「それ、なんだよねぇ……」と、地図の映像を眺めながら腕を組んだ。

 何も知らない転生状態で生きていれば、襲撃を受けて欠片を奪われる可能性もある。

 けれど、そう簡単に奪われては、話にならない。


「欠片に手を出そうとした場合、神の本能が発動するから、必ず抵抗を受ける事になるんだよ」


「でも、力の弱い神々であった場合、それ以上の力で来られたら……」


「回収可能だね。でも……、ユキちゃん。アヴェルっていう子は、覚醒した神に出会うのは、これで二度目だ、って……、アレクの時にそう言っていたんだよね?」


「はい。私もそれが気になっていたんです。あの、獅貴花の間での……、アヴェル君の言葉。天上での記憶がないせいなのか、神々の顔さえ覚えていないんです。だから、相手が手を出していい存在かどうか、様子を窺っている節があったように思えるんですよね……」


 その理由は多分……、過去に痛い目を見ているから。

 私が、幸希として生まれる遥か以前……、このウォルヴァンシア王国で起こった、『ある人に関わる何か』が原因である事は、恐らく確かな事実。

 『悪しき存在もの』の件から暫くして、私の意識は完全なる眠りへと落ち、あまり外の世界の事を見なくなっていたから……。

 けれど、レイフィード叔父さんは違う。レイシュルーフェとしての記憶を取り戻した今、過去に起きた出来事に、ようやく全ての疑問が払拭されたはず。


「王宮の裏にある、塔の中の眠り人……」


 そう呟いた私に、レゼノスおじ様が「まさか……っ」と、焦りを抑え込んでいる声音でレイフィード叔父さんの顔を見つめた。

 瞼を閉じ、何かを考え込んでいる様子の、辛そうなレイフィード叔父さんの顔を。


「正解だよ。ユキちゃんも幼い頃に、あの塔に入った事があるからね……。僕が、その記憶を消して、二度と思い出す事がないように術を掛けておいたんだけど……」


「塔の地下では、とても綺麗な人が眠っていました……。――御柱の御一人、フェルシアナ様と同じ顔の女性が」


 幼い頃は、それが誰なのかわからなくて、その人を見た記憶さえ何重にも術を掛けられて封じられていた。フェルシアナ様そっくりの、美しい人。

 今ならわかる。あの人がフェルシアナ様の魂を抱いて生まれた転生体であり、――そして。


「遠くの地で療養しているはずの、ウォルヴァンシア王国の王妃様……。レイフィード叔父さんの奥さんですよね?」


「そうだよ。僕の、僕の大事な……、愛する人。レイル君達のお母さんだ。欠片の中でも、一番大きな、鏡の核となるそれを魂に取り込んでいた為に、襲われた」


「そして、その時の事が原因で……、レイル君と三つ子ちゃん達にも、今に続く呪いがかけられた。違いますか?」


 神としての覚醒を経た今ならわかる。

 レイル君と三つ子ちゃん達は、本来在るべき身体の正常な時を奪われている。

 成熟期を迎えているはずのレイル君が、少年期の姿をしている事。

 三つ子ちゃん達が幼い子供の姿でいる事。

 

「いつからなんですか? 王妃様が、フェルシアナ様の転生体であるあの方が眠りに就かれたのは」


「三十年程前、かな……。君の今のお母さん、ナーちゃんがこのエリュセードに迷い込むよりも前の事だよ。黒の外套を着込んだ仮面の者達の手によって、彼女は酷く不安定な存在へと変えられてしまった……。当時は神としての記憶がなかったせいでわからなかったけれど、あれは『パルディナの呪い』だと思うよ。十二の災厄には及ばないものの、あれも一緒に安置されていたものだし、多分、『悪しき存在もの』の騒動が起こった時に、鏡と一緒に持ち出されたものだ」


 パルディナの呪い……。それは、災厄の女神となる前の、私のお母様が使っていた、オルゴール箱を使用する事により生じる災厄。

 元々は、そのオルゴール箱の中に強すぎる負の念や、悪しき力を封じる事が出来る物だけど、使い方によっては、禍をもたらす事も出来る存在。

 

「その魂の奥に抱いているディオノアードの欠片を守ろうと、神の本能によって敵を退けようとした彼女は、撃退には成功したものの……、パルディナのオルゴール箱の力を使われ、報復を受けた」



「パルディナのオルゴール箱か……。あの騒動の際、ディオノアードの鏡やそれを持ち去った神々にばかり注意を向けていたせいか、あれの所在に関しては誰も気にしていなかったな……」


 黙ってレイフィード叔父さんと私の話を聞いていたアレクさんが、気まずそうな顔で「すまない……」と、言葉の後ろに付け足した。

 

「あ、アレクさんが謝らなくてもいいんですよ!! 当時は、ディオノアードの鏡の方が災いの大きさでは遥かに上でしたしっ、小さな物でしたから……」


 それに、あれは……、私のお母様しか、その本来の力を正しく扱う事が出来ない物。

 仮に、別の人が使用したとしても、世界中に大規模の災いを降らせる事は出来ない。

 けれど、……最悪な事に、それを扱った人が、フェルシアナ様の転生体である、ウォルヴァンシアの王妃様に呪いをかけてしまった。


「僕の覚えている限りでは、あのオルゴール箱を使ったのは女性だよ。自分達の仲間が害された事によって、かなりヒステリックに騒いでいたから、すぐに声から性別がわかった。そして、……僕の大切な奥さんに呪いをかけて、眠りに就かざるをえない状況に追い込んだ……」


「レイフィード叔父さん……、それって」


「ありとあらゆる、厄介な病を彼女の身に宿させ……、起きている事も困難な状態にしてくれたんだよ……」


「その病は、我がフェリデロードの力を以ってしても完治は難しく、様々な病が次々と発症してはあの御方の身を苦しめ……。その進行と死を回避する為に、私達一族と陛下は、ある事を決めたのです」


 なんて酷い事を……。レイフィード叔父さんの言葉を引き継いで説明を始めてくれたレゼノスおじ様の話では、多くの病を発症しながら苦しむ王妃様を魔術によって眠りに就かせ、体内で進行しようとしていた病の全てを凍結。そして、王妃様の身体を仮死状態のまま維持し、病の根本を断つ為の方法を探す為の時間稼ぎをする事にしたらしい。


「けれど、仮死状態の後に、また困った事が起きたんだよ……。パルディナのオルゴール箱を使ったあの女性が意図していたのかはわからないけれど、二段重ねの呪いが発動し、今度は仮死状態のその身体から、仮死状態と病の凍結を成す為の術を維持させる為の魔力が、漏れ出すようになったんだ」


「だから……、レイフィード叔父さんは、常に王妃様と魔力を共有する為の術を発動させているんですね?」


 覚醒してから気付いた事実。私の言葉に、少し寂しそうな目をしながらレイフィード叔父さんが頷いてくれた。


「色々試したんだけどね……。彼女の仮死状態と病の凍結を可能とする魔術を維持する魔力が外に漏れださないように出来たのは、僕の魔力だけだったんだ。……災厄の女神の息子だからね。ある意味で、僕が彼女と結ばれて傍にいたのは、運命の救いだったんだって、そう思うよ」


「陛下に協力して頂いたお蔭で、常に陛下の魔力が王妃様の存在に膜を張り、魔力が漏れ出ないようにその御身を守っているのです」


 災厄の女神の息子……、そう口にしたレイフィード叔父さんの声音には、少しだけ……、皮肉じみた気配が滲んでいた。

 戦神であるお父様が消え、最愛の人を亡くして狂ったお母様……。

 レイフィード叔父さん……、レイシュお兄様は、私達を残して災厄の女神となり果てたお母様を、憎んでいるから……。あの時、私を引き摺り込んで、その一部にしようとした……、あの人を。


「というわけで、僕の奥さんを目覚めさせる為に、君達には協力して貰うけど、いいよね? アレク、ルイヴェル……」


「あ、あの、レイフィード叔父さん、それだったら、私もっ」


「ユキちゃんは、だーめ」


 何故!? お母様に関連する物なら、一番その力と波長の合う私の方が……。

 けれど、妹&姪御溺愛主義の心優しいレイフィード叔父さんは、ニッコリと笑顔で二回ほど即答却下してくれたのだった。……な、納得出来ない!! 

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