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ウォルヴァンシアの王兄姫~蒼銀の誓いと咲き誇る騎士の花~  作者: 古都助
~アレクディース・恋愛本編ルート編~(第四章ルート分岐後より)
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騎士の強引宣言と王兄姫の攻防

 天上での出来事……。私を、災厄の女神と呼んだ女性との一件。

 お母様の娘である私は、昔から一部の神々に同じ扱いを受けていた……。

 魂の底から愛し抜いた夫神を目の前で失い、負の力に浸食されて狂った女神。

 その娘なのだから、いつか必ず……、天上を、このエリュセードを脅かす新たな災厄と成り果てるだろう、と、陰で囁かれ続けてきた。

 だから、アレクさんと戻った天上の地で、そういう扱いを受ける事はわかりきった事だったわけで……、その後に私の事を思い遣ってくれる人達がどんな言葉をかけてくれるのかも、全部、わかっている。


「ユキ……」


「気にしないでください。いつもの、って言ったら、ちょっとおかしいですけど、天上で暮らしていた頃には当たり前の事ばかりだったので……、全然、大丈夫なんですよ」


 もしも、天上で誰に庇われる事もなく一人にされていたら、一部の神々が言っていた通りに……、悲しみと絶望が原因で狂い果てる未来もあったかもしれない。

 だけど、私にはお兄様が、アヴェルオード様をはじめとした御柱の方々、この心に寄り添ってくれる神々が沢山いた。

 だから、寂しくもなかったし、絶望を覚える事もなかった。

 ただ、……微かな不安だけが、幸希として生きる今も、拭えないだけ。

 神として暮らしていた頃は、気にしないようにもう少し上手く立ち回れていたはずなのに。

 久しぶり過ぎて、つい、あの女性の前から逃げ出してしまっていた。

 まるで、初めてあの言葉をぶつけられた、あの日のように……。


「ユキ……、お前にどれだけの言葉を重ねても、きっとそれは何の意味も成さないだろう。母親である女神の事を気にするなと言っても……」


 そう寂しそうに微笑んだアレクさんが、静かに席を立った。

 ゆっくりと私の背後に歩み寄り、その優しい手が肩に添えられてくる。


「アレクさん?」


「……」


「あの……」


 何も音を紡がなくなってしまったアレクさんに振り返ろうとすると、その先で切なげに揺らめく蒼と出会ってしまった。……いつのまに、顔の位置を下げていたのだろうか。

 ドアップ過ぎるアレクさんの美貌を前に戸惑いながら目を瞬く事も出来ずに、その視線に囚われる。

 言葉よりも雄弁に語るかのように、私を惹き込む奥深い蒼。

 ずっと、ずっと……、神であった頃から、私を見守り続けて来てくれた、優しい瞳。

 今、アレクさんは苦しんでいる……。お母様の影に苛まれながら、いつかの未来に怯えている私を、本当の意味で救えない、と。責任も罪悪感も抱く必要なんてないのに、アレクさんは……。


「アレクさん……」


 どんなに時が流れても、私はアレクさんに何も返せない。

 誰かを愛してしまえば、それはいつか……、愛する人や大切な人達を自らの手で傷付けて不幸にしてしまう恐れを、絶えず抱き続けているから。

 そんな臆病な私を想って、貴方が辛い思いをする事など、何ひとつない。

 それなのに、やっぱり……、この弱い心に寄り添おうとしてくれるんですね。


「ごめんなさい、アレクさ、――ん?」


 大切な人達に重荷を背負わせ、気遣わせてばかりの自分を情けなく思いながら、いつもの言葉を紡いだ私の唇に、アレクさんの右手の人差し指が添えられてきた。

 ほんの少し笑んだその蒼が、謝らないでくれと言っている。


「ユキ……」


 その唇から紡がれた自分の名前に、その、優しくて温かなアレクさんの心が滲んでいるかのような声音に、――鼓動こころが、今までにない揺れを感じた。


「どれだけの言葉を尽くしても、きっと今の俺にはお前を救う事は出来ないだろう……。だが、それでも、……お前を一人で泣かせるような男には、絶対になりたくない」


「……っ」


「天上に在った頃……、お前はいつも、悲しい事や辛い事があると、実の兄にさえ頼らず、笑顔を見せ、……その陰で泣いていた」


 アレクさんの穏やかな声音に、私は声でなく、首をゆっくりと振る素振りをして否定する。

 自分が隠してきた涙の記憶を彼の中で真実にはしたくなくて、何度も、何度も……。

 けれど、アレクさんはその言葉を引き下げる事はせず、真っ直ぐに私の瞳を射抜き続ける。

 その真摯な眼差しは……、自分にだけは嘘を吐かないでほしい、そう懇願されているように感じられた。


「俺は、お前の笑顔も、強い部分も、弱い部分も……、その全てが愛おしい」


「――っ」


「アヴェルオードとアレクディース……、どちらの俺も、そんなお前を守り続けていきたいと、そう願っている。だから」


 確かにアレクさんの口から紡がれたその言葉に、私は思わず大きな音を立てて椅子から立ち上がってしまった。

 今日までに重ねられてきた愛の言葉や告白の時のそれに比べれば、きっと威力は低い。

 けれど……、その言葉にというよりは、アレクさんの紡いだ音に籠められていた想いの強さと、強引なまでに確かな力を宿した静かな低い声音が、予想外にも一瞬で私の心に消えない何かを強く刻み付けてきた気がしてならない。


「あ、あの……っ、わ、私は、その……、きゃっ!!」


「ユキ!!」


 アレクさんからの少し……、心臓的には刺激の強い宣言に思いっきり激しく動揺してしまった私は、絨毯に倒れていた椅子の脚に躓き後ろに転びそうになった。

 けれど、宙を掻いた私の手をアレクさんが鷲掴み、寸でのところで自分の方に強く引き戻してくれたかと思うと、そのまま、ぽふんっ。

 少しだけ速いアレクさんの鼓動を感じられる広い胸。

 その場所に、私は顔を埋める形で抱き着いてしまっている。――こんな時に!!


「あ、ありがとう、ございましたっ!! んぐっ!!」


 大慌てで離れようとしたら、アレクさんの両手ががっしりと私をその腕の中に閉じ込めてしまった。今までにも何度かされてきた抱擁……。いつも優しくて、温かった腕の感触。

 

(でも、今は違う……。少し、痛いくらいに)


 アレクさんは私の身体を逃がすまいとするかのように、……違う。

 この場所から、自分の傍から離れていかないように、私を捕らえている。

 力強い腕の感触と、アレクさんから感じられる気配は、怖い、とは違う。

けれど、早く逃げないと、そう感じてしまうぐらいの何かが、私の心へと迫ってきている、そんな気がして……。


「忘れないでくれ……。お前がどれほど俺を拒んでも、一人で悲しみを、絶望を抱えようとしても」


「アレクさん……、は、離して、くださいっ」


「この手で奪う……。お前を苦しめる、何もかもを」


 私を傷付けないように、いつも優しい言葉ばかりをかけてくれていたアレクさんがもう一度口にした、その言葉。

 もう私を一人で泣かせはしないと、偽りの笑顔で誤魔化す事も許さないと、アレクさんは遠回しにそう宣言している。普段通り気遣われているのだから、笑顔で「ありがとうございます」とそう言えば良いだけなのに……、でもやっぱり、さっきと同じように、アレクさんの宣言した声音に宿っていた気配が、滲んでいた絶対的な響きが、どうしようもなく……、私には威力絶大で困る!

 ぞくりぞくりと胸の中心から全身に沁み渡っていくかのような、奇妙な感覚。

 私の中で、アレクさんに対する感情が……、よくわからない暴走モードに入っているような気がっ。


「お、お気持ちは、あ、ありがたく頂きます、のでっ、あの、と、とりあえず……、離し」


「離さない」


「え?」


「さっき天上で傷付いたその心と、神で在った頃に負った痛み……、全部、今ここで、吐き出してくれ」


 あ、あ、アレクさんが容赦のない強引な尋問官にでもなったかのように無茶ぶりを!!

 私を逃がさないようにその場に座り込み、自分の膝に私を抱えるアレクさん。

 じぃぃぃぃ……!! と、私が自分の胸の内を、本音を吐き出すまで逃がさないと見張る気満々だ!!


「あの、ですね……、本当に、大した心の傷は」


「……」


「え~と……、その、あ!! そ、そろそろゼクレシアウォードの王宮に戻りませんか!? レアンや御主人様も待ってくれているでしょうし、早く顔を見せないとっ」


「お前が俺に全部教えてくれたら戻る」


 取りつく島もない!! まるで警察署の取り調べ室で事情聴取を始められた参考人的な光景に突入してしまっている!! 

 うぅ、そうは言われても……、自分の中の弱さを本音全開で吐き出すなんて、そう簡単に出来るわけがないっ。しかも、天上時代の過去まで含めてなんて、それを語る自分が情けなさ過ぎて消えてしまいたくなるのは確実!!

 それなのに、こんな時に限ってイリュレイオス様が介入してくる気配も感じられないし、助けを求められそうな人が誰もいない……。あぁ、孤立無援。

 

「か、帰りましょうっ、アレクさんっ」


「駄目だ」


「うぐっ……、い、言いたくない事だって、あ、あるんですっ。それを無理矢理吐き出させるなんて……。わ、私が、アレクさんの事を嫌いになってしまったらどうするんですかっ」


 本当はこんな酷い事は言いたくない。だけど、そうしないと逃げ道が作れないっ。

 自分に出来る限りの本気の怖い顔で見上げると、アレクさんは動じもせずに反撃の言葉を返してきた。


「嫌われるのを覚悟で、お前の本音を引き出そうとしている……」


「あ、アレクさん……っ、そ、そんな、真顔でっ」


「そうでもしなければ、……俺は、本当の意味でお前と関われないだろう? 愛していると、この口で言いながら、お前の心に距離をとったままでは」


 絶対に逃がしてなるものか……、と、アレクさんの少し怖い気配を宿した蒼の双眸がすぐ近くに迫ってくる。勿論、私の心臓は余裕皆無で鼓動を打ち鳴らし、顔は泣きそうになるぐらいに真っ赤っか。


(お願いだから、本当に誰か助けに来て~!!)


 大魔王様な意地悪を仕掛けてくる某王宮医師様とは違う迫力を前にした私は、……結局、それから必死の攻防戦を繰り広げた末に、アレクさんの望み通りの展開を迎える事になったのだった。

 あぁ……、こんな事になるのなら、アレクさん一人に天上行きをお任せすれば良かったのにっ。

 予想外のパワーアップ、むしろ、私の望まない進化を遂げてしまった心優しい騎士様は、以前よりも手強くなってしまったのだった……。

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