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ウォルヴァンシアの王兄姫~蒼銀の誓いと咲き誇る騎士の花~  作者: 古都助
~アレクディース・恋愛本編ルート編~(第四章ルート分岐後より)
22/70

竜の皇子の帰還と、平穏を胸に抱く王兄姫

「そっか……。三日後には帰っちゃうんだね」


 体調も順調に回復し、ついに三日後……、私はウォルヴァンシア王国へと帰還する事になった。

 自分の全てを無意識に封じ込め、野良犬として彷徨っていた私を救い上げてくれた御主人様。

人の姿に戻っても、変わらずに私の事を受け入れてくれたレアンティーヌ……。

 獅貴族の王都で過ごしたのは、僅かな日々。

 けれど、私もレアンも、近づいている別れの時に、確かな寂しさを感じている。

 二人で向き合っているクリスタルの丸テーブル。

 瑞々しいオレンジを絞って作って貰った冷たいジュースの佇むグラスを手に、レアンが困ったように笑った。


「二度と会えない、ってわけじゃないんだけどさ……、でも、やっぱり……、寂しいや」


「レアン……。私、また会いに来るから。全部、終わったら、必ず」


「アタシもだよ……、アタシも、絶対にキャンディに会いに行く。大好きな友達に、必ず」


 レアンには、彼女自身がヴァルドナーツさんの件に深く関わる存在だった事もあり、私が天上の神々の一人である事を打ち明けている。

 彼女の中で眠っているレフェナさんを安心させる為でもあったし、それに……、大切な友達に隠し事はしたくなかったから……。

 レアンは私の正体を知っても、距離を取るような事はしなかった。

 私自身を見てくれていた彼女の『らしさ』に、心は喜びと安堵を覚えるばかりだ。

 

「ウォルヴァンシアに戻っても、何か不安な事や話したい事があったら連絡してよね!! むしろ、寝る前のお喋り時間を作ろう!! そうしよう!!」


「ふふ、ありがとう」


 この異世界エリュセードに携帯電話の類はないけれど、魔術によって離れた場所にいる人と連絡を交わせる通信機能を備えたアイテムがある。

 それを使えば、住まう国がどんなに遠くとも、互いの存在を近くに感じる事が出来るだろう。

 寂しさをこれからの元気に変えて約束を取り付けてくるレアンに笑い返しながら頷いていると、私の与えられている部屋に訪問者のノックが響いた。

 どうぞと促してから室内に入って来たのは、私がキャンディであった時に御主人様と慕い、今も以前と同じように壁を作らずに接してくれている王弟殿下こと、レオンさん。


「こんにちは、キャンディ。ふあぁぁ……、身体の調子はどう?」


「御主人様、こんにちは。お蔭さまでもう元気いっぱいです」


「ふふ、それなら安心ね~。ふぁぁぁ……、レアン、キャンディの為にも、二日後の練習頑張りなさいよ?」


「二日後?」


 テーブルへと手を着き、パチンとウインクしてみせた御主人さ……、じゃなくて、レオンさんに首を傾げていると、レアンがポンッと手を打って「そうそう!!」とテンションを跳ね上げた。

 

「キャンディ!! 二日後の夜、絶対空けといてよね!!」


「え? な、何かあるの?」


「ふふ~ん! 祭りの最終日で台無しになった祈りの舞、あれをもう一回やるんだよ!! 一応、この獅貴族の一年間の繁栄を願ってのもんだから、あれで終わるのはちょっとねぇ。だから、仕切り直し!! ってわけ」


 獅貴族の都で過ごす、最後の夜。

 三日後の朝には、レアンと御主人様とお別れをして……、ウォルヴァンシアへと戻る。

 けれど、お祭りの最終日に結局見る事の出来なかったレアンの舞を改めて見られるかと思うと、素敵なお土産が出来るようで、心から嬉しく感じられた。

 大切な友人の晴れ舞台。今度こそ、本物のレアンが舞う様を見られる。


「絶対に見に行くから、頑張ってね! レアン」


「うん!! 今度こそ大成功で終わらせてみせるよ!!」


 レアンと御主人様曰く、ルイヴェルさんから暫くの間は何事もないだろうと太鼓判を押して貰ったのだとか。神が三人も集うこの地に、何の考えもなしに報復をしようとすれば返り討ちは免れない。それに、仲間であるヴァルドナーツさんを失った後に、アヴェル君は精神的に不安定な状態に追い込まれた。傷ついた身体を休め、これからの動きを決める為にも、暫くは影を潜めておくはず。

 改めて行われるレアンの舞台に彼らが現れる事はないだろう。

 友人の努力が無駄にならなくて良かった。私は微笑みながら、二日後の晩を楽しみにするのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『よっ! 今戻ったぜ』


 レアンと御主人様から嬉しい知らせを貰ったその日の夕方の事。

 開いている窓からスイ~と黒い両翼をはためかせながら飛び込んで来た小さな竜……、丁度子犬くらいの大きさのそれが、ベッドで本を読んでいた私の目の前にぽふんと舞い降りた。

 丸く大きな真紅の瞳と、全身真っ黒で鱗に覆われた竜……。

 個人的にはもふもふの動物の方が好きだけど、問題なのはこの竜が誰かという事であって。

 

『ったくよぉ~、親父の奴、これから何が起こるかわからねぇから、暫くイリューヴェルで大人しくしてろとか言いやがって……。はぁ、逃げ出すのに苦労したぜ』


「……」


『で? お前の方はもう身体は大丈夫なのか? ルイヴェルの奴から情報は送って貰ってたんだけどよ、自分の目で見ねぇと心配で心配……、で、おい』


 訝しむように見上げてくる漆黒の竜をがしっと両手で鷲掴み、表面の硬い鱗をじっくりと撫でた後、ひょいっとそのお腹が見えるように裏返した。

 表面とは違い、ぷにぷにと柔らかな感触……、これはこれで、……。


「うん、有りだと思う」


『何がだよ!! ちょっ、こ、こらっ、く、擽ってぇだろうが!!』


 そういえば、自分の動物好きは神様だった頃からだったなぁと思い出しつつ、身を捩って抵抗する漆黒の竜を撫で倒した後に、スッキリとした笑顔で遅刻気味の挨拶を向けた。


「ふぅ……、素敵な触り心地でした。おかえりなさい、カインさん」


『ユキ!! お前、わかっててやりやがったな!!』


「ふふ、実は」


『俺を愛玩動物扱いすんなああっ!!』


 どうやら漆黒の竜こと、カインさんは触られるとすぐに擽ったくなってしまう体質らしく、悔しそうな涙目で右前足を頬にべしっと押し付けられてしまった。……うん、前足の裏側もぷにぷに。

 最初から正体はわかっていたけれど、不機嫌全開にじたばたと暴れるカインさんに謝り、どうか機嫌を直してくださいと、お茶に誘ったところでようやく事は落ち着いた。


「――ま、今回だけは大目に見てやるよ。……俺の事も思い出したようだしな」


 ベッドの外に飛び降り、人の姿へと戻ったカインさんはそう言って微笑を浮かべると、私の代わりに飲み物の用意をする為か、この部屋から繋がっている別室に消えてしまった。

 そういえば、色々とあり過ぎて忘れていたけれど……、幸希としての私に戻ってからカインさんとゆっくり話をするのは、これが久しぶりの事かもしれない。

 あの日の晩……、ウォルヴァンシア王宮から、カインさんと話をしている最中に攫われてしまった私は、それから無意識に自分の力や姿、記憶を封じ……。

真っ黒な子犬の姿となり、見知らぬ地で野良犬として彷徨った。

そして、運良く獅貴族の王弟である御主人様に拾われて、無事にカインさん達と再会出来たのだ。

けれど、その時の私に幸希としての記憶はなく、結果的には……。


「謝らないと……」


「誰にだよ?」


「え? きゃっ」


 あの騒動の渦中では落ち着いて話す事も出来なかった。

 だから、カインさんに改めての謝罪と探しに来てくれたお礼を言いたくてベッドを出ようと考えたその時、疑問の声と冷たい感触が落ちた。

 頬に触れたひんやりとした気配に小さく吃驚した声を上げ、ベッドの端に加わった温もりに目を瞬くと、私へとジュース入りのグラスを差し出しているカインさんの姿が。

 顔には、「何をやってんだか……」と言いたげな呆れ混じりの視線あり。


「で? 誰に謝りたいって?」


「えっと……、カインさんに、ですね。その、今回の事で色々とご迷惑をおかけした事を謝りたいな、と」


 アレクさんとルイヴェルさんには、すでに謝罪を済ませてある。

 けれど、カインさんはイリューヴェル皇国に戻っていて、まだ何も伝えていなかったから。

 一時的にとはいえ、自分を大切に想ってくれている貴方の事を忘れてごめんなさい……。

 そう、素直な謝罪を伝えると、カインさんは左手で軽く私の額に手刀を落としてきた。

 痛くはないけれど……、ちょっ、三回も叩かないでほしいっ。


「はっはっはっ、そうだなぁ? 惚れた女を目の前で逃がした挙句、必死に探しまわってみりゃ、今度は記憶喪失ときた。犬ころだったお前に噛まれた傷の痛みも、……忘れてねぇぜ?」


「うっ……。ご、ごめんなさいっ」


「かと思えば、俺の知らねぇ所で勝手に瀕死の重傷負いやがって……、ホント、ふざけんなよ」


 ぐわしっとその左手に頭を乱暴に掻き回され、後半はもう静かなお怒り状態のカインさんに脅すような低音で顔を覗き込まれてしまう。

 あぁ……、お、怒ってる。本気で、今まで溜め込んでいた怒りの感情を私にぶつけにかかってきている!! 苛烈さを秘めた真紅の双眸。それが、容赦なく私を断罪するかのように視線を突き刺してくる。

 アレクさんも、物凄く抑え込んだ怒りを見せてくれたけれど……。 

カインさんのそれも、やっぱり怖いぐらいに真剣で、大切にして貰えているからこそ感じられるその心の内。

 今も、……昔も、そんな優しい想いに守られて、私は何も返せずに生きてきた。


「本当に……、いっぱい、心配をかけて、すみませんでした」


 背後に牙を剥き出しにしているかのような、怒れる黒竜的気配を漂わせている竜の皇子様の強烈な迫力に慄きつつも、私はもう一度同じ言葉を繰り返す。

 今度は、さっきよりも深く、申し訳ないという思いを強めて。

 けれど、……この先で無理や無茶な真似をしたりしない、という約束は出来ない。 

 アレクさんやカインさん、他の誰を前にしても、私の意志は変わらないだろう。

 あの時、自分の投げ出してきた全てから、もう二度と、逃げ出さない為に。


「本気で反省はしてるみてぇだが……、なんかまたやらかしそうな目だな?」


「うっ……。あ痛っ!!」


 見抜かれて言葉を詰まらせた私の額を、またカインさんの手刀がべしりと打ち付けてくる。

 はい、わかってますっ。「テメェは何自分勝手な決意固めてんだ、こら」というお怒りの表れなんですねっ。本当にごめんなさいっ、でも、反省はしても後悔はしない道を歩くと決めているんです!! 

 しかし、カインさんの場合も簡単に納得してくれるわけなどなく……。

 ついには、頬のお肉まで引っ張られ始め、手厳しい拷問に雪崩れ込んでしまう。


「い、いひゃい!! いひゃいです!! カインひゃんっ!!」


「うるせぇ!! こんのじゃじゃ馬破天荒娘がぁあああ!! 毎回毎回、お前の我儘通してやるほど、俺も寛容じゃねぇんだよ!! このド阿呆!!」


 これは酷い!! 酷すぎる!!

 今までに受けてきた仕打ちの全てが、実はカインさんの優しさで出来ていたなんて!!

 そう思えるぐらいに、頬へのダメージが酷すぎる!!

 ついでに、髪までぐしゃぐしゃに掻き回されて、散々怒られた後……。


「前に俺がやった首輪は意味なかったみてぇだしな? 次はドS眼鏡の協力取り付けて……、無茶無謀と逃亡が出来ねぇようにしてやろうか」


 追加……。大魔王級の極悪顔をしないでください!! カインさん!!

 ドS眼鏡って……、それ、間違いなく、ルイヴェルさんの事ですよね? ね?

 ベッド横の椅子に腰を下ろしながらも、「フフフフフフ……」と不気味な笑いで脅してくるカインさんが怖い!!

 しかも、それがただの脅しじゃなくて、実現可能なところがまた……。

 

(今ここにルイヴェルさんがいなくて良かった……)


 丁度、『悪しき存在もの』として封じられた神々の封印の様子を見に行って貰っている王宮医師様は、夕方か夜にならないと帰って来ないはずだ。

 その事に若干安堵の情を覚えつつ溜息を吐いていると、サイドテーブルに避難させられていたグラスを差し出された。お説教とお仕置きはこのくらいにしといてやる、という意思表示なのだろう。

 互いにストロー越しの冷たいジュースを飲みながら、無言の時が訪れる……。

 ベッドの後ろ側で開いている窓に向かって注がれているカインさんのぼんやりとした視線は、何を思ってのものなのか……。

 アレクさんやカインさん達が望む私の在り方、それは……。

 安全な場所で、何もかも危険な事は周囲に任せて守られているお姫様の立場。

 そう答えが出ているのに、――私の心は頷く事が出来ない。

 少しだけ気まずい空気をどうにかする為に、私が口を開こうとした、その時。


「ところでよ」


「は、はいっ」


 カインさんのお疲れ気味モードの真紅の双眸が、ゆっくりとこちらに向いた。


「お前が俺の前からいなくなったあの晩……、理蛇族の野郎に攫われてからの事……、正直わかってねぇ部分も多いんだよ。だから、わかりやすく話してくれるか? 全部」


 黒い子犬の姿になるよりも前、この獅貴族の王国に連れて来られるよりも前の事。

 私は、カインさんと自分の部屋の側にある庭で話をしていて……、その途中で攫われた。

 あの時はまだ、今のように神としての記憶もなくて、全く意味不明の状態だった事を振り返る。

 私は一度瞼を閉じると、自分の頭の中の整理も含めて、カインさんに今に至るまでの全てを話し出した。

 ウォルヴァンシア王宮から私を攫ったのが、神であった頃に従者として仕えてくれていた青年である事。神としての記憶がまだ目覚めていなかった私は、その青年に警戒心を抱き、監禁場所から無意識に力を使い逃げ出した事……。


「その時に、私を攫った人から完全に自分を隠す為に、力も、姿も、記憶も封じてしまったんです。まぁ、結果的に野良犬生活に突入してしまったわけなんですけど、運良く御主人様と出会えて」


「記憶が戻っても、あの王弟の事を御主人様って呼ぶんだな?」


「そう呼び慣れてしまったから、かもしれませんね。ついそう呼んでしまうんです」


 私にとって獅貴族の王弟であるレオンさんは、野良犬であった頃にこの命を救い上げ、居場所を与えてくれた人。一緒に過ごした日々は僅かなものだったけれど、ウォルヴァンシアの皆さんと同じように、とても大切な存在となっている。

 クスリと柔らかな笑いを零してそう話す私に、カインさんはその長い足を組み替えて、不機嫌そうに息を吐き出した。


「続き。さっさと話せ」


「はい」


 その後の事は、カインさんも知っての通り。

 御主人様の家で暮らし始めた私は、レアンと出会い、やがて、迎えに来てくれたカインさん達と再会出来た。その続きというと、お祭りの最終日のところからが丁度良いだろうか。

 レアンではなく、ルイヴェルさんの分身がその姿に扮してヴァルドナーツさんをおびき寄せた夜の出来事。

 私はまた無意識に力を使い、地下にある『獅貴花の間』へと飛んだ。

 アレクさんの協力を経て、神を捕らえる為の準備をしていたルイヴェルさん達の前に予想通り現れた、アヴェル君達。彼らが狙いを定めていたディオノアードの欠片……。

女神が宿りし獅貴花が抱いていたのは、ヴァルドナーツさんが過去に譲られた小さなか欠片がひとつと、それよりも少し大きな欠片がひとつ。

 それは、事前にアレクさんが回収し、獅貴花には偽物の欠片の気配が細工されていた。

 きっと、アレクさんが中途半端な状態とはいえ覚醒していなければ、被害をここまで抑える事は出来なかった事だろう。レアンに関する事も。


「駆け付けてみりゃ、お前は瀕死状態だしよ……。その辺の事も詳しく、く・わ・し・く、話せ」


 一気にコーラと同じ色をした炭酸飲料をぐいっと飲み干したカインさんが、一番そこを詳しく知りたかったようで、ずいっと大迫力の顔を近づけられてしまった。

 ルイヴェルさんのお説教やお仕置きモードも怖いけれど、カインさんの方は感情が素直でぐわっとぶつけてくるかのようなストレートさがあるから、別の意味でビクッと慄いてしまう。


「ヴァルドナーツさんは、遥か昔の時代の、この獅貴族の王国で生まれた命だったんです」


「……」


 カインさんの向けてくる真紅は、その辺りの事情もある程度は知っていると視線だけで語っていた。

 知っているのに、私の言葉で語らせているのはきっと、自分達をあれだけ心配させる事態を招いた私の心の内を、この声で語らせたかったから、かもしれない。

 当時、最愛の伴侶であったレフェナさんを救う為に、ヴァルドナーツさんが獅貴花の力を借りて、正確には、ディオノアードの欠片を使って犯してしまった禁忌。

 幸せだったはずの二人が、悲劇へと歩みだした始まりの出来事を話しながら、私は思う。

 もしもあの時……、ヴァルドナーツの魂を浄化しようと決めなかったら。


「彼の魂も、レフェナさんの魂も、永遠に救われず……、悲劇の果てがそこに在り続けたはずです」


「それが、お前の譲れねぇ信念ってやつか? ユキ」


「はい。たとえ自分が神という存在でなかったとしても、何か方法を探したと思います」


 自己満足だと言われても、私は何度やり直しても、その選択に手を伸ばしたはずだ。

 もう諦めるのは、逃げるのは嫌なの。だから、私はこれからも……。

 

「あ、でも!! そんな簡単に死んだり、危険な場所にと飛び込んだりはしませんからね!! あくまで、必要がある時、それしか方法がない時だけです!!」


「それが一番心配なんだろうが!! この馬鹿!!」


「だ、大丈夫ですよ!! アレクさんも自分の神名と記憶を取り戻しましたし、ルイヴェルさんもパワーアップで頼りになる存在になってくれていますし、これからはバンバン頼っていく気満々ですしね!!」


 両手を胸の前でぐっと握り締めて宣言する私に、カインさんは信用ならないという視線しかくれない。本当に本当なのに……。やっぱり前回のアレのせいですか。

 またお仕置き二回戦が襲い掛かってきそうな気配を感じつつ、どこかに逃げ道はないかと精神的に追い詰められていると、部屋の入口にあたる扉からノックの音が聞こえた。

 

「ユキ、庭の方に散歩にでも……」


 室内の様子を瞬時に把握し、腰に佩いていた剣を無言ですらりと引き抜いたアレクさん……。

 カインさんの両手は、お仕置き二回戦を思わせる動きで私の頬を抓んでいる。

 その温もりがゆっくりと離れ、戦闘態勢を思わせる右手の竜手への変化。

 お互いの頭の中でゴングでも鳴ったかのように、一瞬で二人が互いの刃を拮抗させていた。

 ギリギリと押し合い、殺気満載の視線で互いを睨み合う天敵同士。

 子犬状態の時は意味不明で戸惑ってしまったけれど、今はなんだか心落ち着くいつもの光景に思える今日この頃。困ったものだなぁ、とは思うけれど、こういう時は必ず……。


「はいはーい、女の子の部屋で暴力沙汰は慎もうねー」


「「ぐええっ!!」」


 タイミングを計ったかのように、音もなく二人の後ろ襟首を鷲掴んでべりっと引き剥がした人物。

 確か、ガデルフォーンに一度戻ったはずの、相変わらず笑顔が良く似合うガデルフォーン騎士団長のサージェスさんが、子猫でも扱うかのように二人をポイッと絨毯に放り捨てた。

 尻餅を着きながらも怒声を飛ばしてくるカインさんをスルーし、無言で睨んでくるアレクさんも同じようにスルー。私の休んでいるベッドの横にあった椅子にサージェスさんは腰を下ろした。


「この前の時は落ち着いて話も出来ずに帰っちゃってごめんね? 身体の調子はどう?」


 その右手を私の方に差し出し、パチンとサージェスさんが指を小気味良く鳴らした瞬間、私の目の前に綺麗な花束が現れた。真っ白な世界の中心で、淡く色づいている可愛らしい花々。

 

「ありがとうございます、サージェスさん。身体の方はもうすっかり大丈夫なんですけど……、ガデルフォーンの方はいいんですか?」


 獅貴族の地に降りかかった災いは去った。

 けれど、アヴェル君達が以前にガデルフォーンへともたらした騒動を考えると、獅貴族の為に人員を割いてくれた事だけでも奇跡だ。けれど、それも無事に収束し、また自国での防衛に備えると思っていたのに……。

サージェスさんは特に何かを気にする事もなく、飄々と私に笑ってみせている。


「ウチの女帝陛下の許可は取ってあるから大丈夫だよー。ていうか、あのお子様達が今後動く場所はエリュセードの表側だろうからって、俺にどっちも行き来して頑張れとか無茶ぶりする始末だしねー」


「あはは……、それは、物凄く大変そうですね」


「うん、大変っていうか、下手すると過労死しちゃうレベルなんだけどねー。まぁ、前の時みたいに帰り道を妨害されてこっちに居っぱなし、っていうのはないと思うよー。アレク君やルイちゃんもいる事だしね」


 帰り道の妨害。それは、以前にアヴェル君達がディオノアードの欠片の力を用いて、エリュセードの表側、つまりこちら側と、ガデルフォーン皇国のある裏側の空間を行き来出来ないようにしていた時の事だ。あの時はまだそれに対する干渉の仕方がわかっていなくて、色々と大変だったのだけど。

 あの時と今では条件が違う。

 アヴェル君と同じ、神たる存在がこちら側には三人もいる。

 空間の行き来を妨害する事も、二度と簡単には出来ないはずだ。

 

「それと、今はお留守にしちゃってるルイちゃんから伝言」


「え?」


 もうそれだけで、何となく嫌な予感がぞくりと背筋を駆け上がっていく。


「えーとねー、……『俺が留守の間、万が一、身勝手な真似をした場合……、仕置きを通常の十倍とし、また、サージェスにも手段を選ばせずにお前を寝台送りにしてやる』だって」


 ひいいいいいいいいいいいい!!

 今この場所にいなくても、その伝言ひとつで物凄く恐ろしい絶望の底に叩き落されたような気が!! 私の傍にはアレクさんだっているのに、追加でカインさんだって合流したのに、まだ伏兵を潜ませていたんですか!! 大魔王様!!

 確かに、サージェスさんだったら、手段を選ばずに私の行動を阻んでくる気はするけれど!!

 

「だ、大丈夫ですよ? あんな事があった後ですし、早々危ない真似は」


「うん、だから万が一の為に俺が派遣されたわけ。大丈夫だよ、ユキちゃん。俺が四六時中傍で看病しながら動きを制限してあげるからね!」


「全力でご遠慮いたします!!」


 グッジョブの形で親指を立てられても全然嬉しくないですから!!

 大体、神としての覚醒を遂げている今の私は、多分……、本気を出したら三人よりも強い。

 アレクさんは記憶と神名を取り戻しても、完全体とはほど遠い。

 他の二人は、武器を使っての戦闘であれば勝てる気はしないけれど、神としての力を使えば、一瞬で振り切って逃げだす事が出来る。

 まぁ、それが出来ない事を見越しての見張り兼護衛の三人なのだろう。

 

「はぁ……」


 とりあえず、暫くの間は皆さんのお心遣いに感謝しつつ、大人しくしておこう。

 可愛らしい花束をそっと胸に抱き締め、私は心落ち着くその香りに微かな笑みを零した。  

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