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ウォルヴァンシアの王兄姫~蒼銀の誓いと咲き誇る騎士の花~  作者: 古都助
~アレクディース・恋愛本編ルート編~(第四章ルート分岐後より)
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死の淵を揺蕩う王兄姫と、王宮医師の選択

ウォルヴァンシアの騎士、アレクディースの視点で進みます。

 ――Side アレクディース


 『獅貴花』の眠る宝物庫をレアンティーヌに開けさせ、ユキを担ぎ込んだ俺は、今回の元凶でもある神を有無を言わせず引き摺りだし、彼女の治療に当たらせた。

 人ではなく、花に宿った癒しの女神。遥か昔に犯した大罪を嘆くその女神は、ユキを前にその透けている身体で涙を零しながら神の力を使い始めた。

 傷を塞ぎ、肉体の修復までは上手くいったが……、その顔に血の気は戻らない。


『申し訳ありません……っ、申し訳ありません、姫様っ』


 嘆いて謝罪をする暇があるのなら、その魂が尽きるまで力を注げ。

 らしくもなく女神を睨み付け無言の脅しをかけるのは、これが元凶だからだ。

 下手な同情心を抱き、過去のヴァルドナーツに欠片を与えなければ、ユキをこんな目に遭わせる事もなかった。俺はその女神だけでなく、今回の原因となった全て、そして不完全な覚醒しか遂げられなかった自身を斬り刻んでやりたい苛立ちを堪えながら、彼女の手を握り締めている。

 こんな負荷を負った状態で、他人の魂を救えるのか……。

 あの男の魂など、心底どうでもいい。ユキさえ無事なら、俺は……。

 自分の中にある神の力をユキに注いでいると、開いている『獅貴花』の間へと、ルイとカインが駆け込んできた。

 『獅貴花』の中心を褥とし、瞼を閉じて顔面蒼白になっているユキを目にした瞬間、俺はカインに殴りつけられていた。


「どういう事だよ……!! なんでユキがこんな目に遭ってんだよ!! 説明しろ!! この役立たず!!」


「どけ、カイン」


 ユキの身体を揺さぶろうとするカインを押しのけ、ルイが俺に説明を求めながら彼女の状態を確認していく。本当は、カインと同じように俺を罵り殴りたいはずだ。

 いや……、殺してやる、と、そう思っていても、おかしくはない。

 俺が不完全だったから、ユキを犠牲にした。

 あの時の彼女は、神としての本能に目覚め、自在にその力を操っていた。

 だが、ユキでもあった……。あの瞳の輝きは、俺を見つめるその意思は、愛おしい彼女のそれだったのだ。


「アレク……、ユキは、ヴァルドナーツの魂を取り込んだ、と言ったな?」


「あぁ……。説得に応じなかったあの男の魂を肉体から切り離し、ディオノアードの侵食を受けているそれごど取り込んだ。俺の回収した魂の半分も含めて……」


 正直に今の状態を言えば、かなり……、不味い。

 肉体は修復されても、失った血液や生気がすぐに戻る事はなく、瀕死の状態と言ってもいい。

 ユキの青白い頬を指先で撫で、ルイが俺の方に振り向いてくる。


「つまり、お前は神としてそこに在りながらも……、カインの言う通り、役立たずだったわけか」


 低まったルイのその冷たい音に、弁解はしなかった。

 ユキを守ると約束し、彼女が神としての本能と共に行動に移るとは思わなかった……、俺の、罪。

 

「外はサージェスやクラウディオが防いでいるが、ここも安全とは呼べないだろうな……」


「くそっ……、ユキっ、なんであんな髭野郎の事なんか救おうとしたんだよ!! お前には関係ねぇ奴だろ? 助ける義理がどこにあるんだ!!」


 カインの言う通りだ。この大罪を犯した『獅貴花』も、ユキも、……何故自身が傷つく選択ばかりをする? 心優しい娘なのは知っている。けれど、それでお前が死んだら……、俺も、ヴァルドナーツのように狂ってしまうかもしれない。

 今ディオノアードの欠片に囁かれたら、彼女を助けると救済を餌にされたら、俺は……。

 彼女の手を握り締めながら俯いていると、ルイが静かに呟いた。


「アレク、カイン……、外の騒動を片付けて来い」


「ルイ? 何を言って……」


「俺の命を、半分ユキにくれてやる。それで、少しは足しになるはずだ……」


「はあああ!? お前何言ってんだよ!! 命を半分やるって、そんな事」


 いや、出来る……。

 今この場には、神たる『獅貴花』がいる。その助けを借りて……、禁じられた術式を使えば、ユキの中にルイの命の息吹を注ぎ込む事が出来る。

 だが、どんな代償がルイを襲うか……。それなら俺の命を使えばいいと懇願したが、昔の目に戻ったルイが俺の胸倉を鷲掴み、殺意を抱くその視線で射貫いてきた。


「お前は神だ。これから役に立って貰わなければ、俺達が、この地上の民が困る……」


「じゃあ、俺のも使えばいいだろうがっ。ユキに死なれてクソ長ぇ寿命を生きるより」


「駄目だ。お前はイリューヴェル皇国からの預かりものだ。面倒を見ている俺の立場を少しは考えろ……」


 確かに、今のユキの状態は死のすぐ近くまで落ちかけている。

 ヴァルドナーツの与えた一撃が、彼女だけでなく……、ルイの命まで間接的に削る事になるとは。

 ルイの深緑に躊躇いの気配はなく、まだ何かを言おうとする俺とカインをこの空間の番人であるゴーレムに放り投げ、レアンティーヌを脅して早々に扉を閉じさせてしまった。

 ルイの命を……、ユキに。扉が閉まる直前に見えた、幼馴染の何かを決意しているようなその瞳に、俺の中で確かな何かがざわめきだす。


「くそ……、アイツの頑固さって、ユキに似てるとこあるよな」


「ルイ……、ここを開けろ。今すぐに!!」


「お、おいっ。締め出されちまったんだから無理に決まってんだろ!! あのルイヴェルが一度決めた事を曲げるかよ」


 今の彼女を救うには、ただの治癒では足りない。

 生命を支える根源が必要なのだ……。

 ルイは、それを半分ユキに与えると……、そう言っていた。

 だが、確実に彼女を救うには、本当に半分で……、足りるのか?

 ルイだったら、……中途半端に与えるのではなく、確実に助ける手段をとるはずだ。

 

「開けろ!! そんな事をして、ユキが喜ぶわけがないだろう!!」


「おい、まさか……。おい!! ルイヴェル!! テメェ何やらかすつもりなんだよ!!」


 巨大な扉を拳で叩きつけるが、ビクともしない……。

 神の力でも、ここで成された王族と『獅貴花』の盟約は絶対のものなのか。

 恐らく、内側であの女神もルイに脅されて力を貸して扉を閉ざしているはずだ。


『早く行けと言っているだろう。案じずとも、お前達の大事なお姫様は主治医のプライドにかけて助けてやるさ。……それを成し得るまで、獅貴族の都を守れ。特に、この王宮地下には被害が及ばないようにしろ。でないと、ユキと王女が死んでしまうからな』


「ルイ……っ」


『あの子供達は捕らえてあるが、それもまたいつ嘲笑われる結果になるかわからん。神であるお前を失うわけにはいかない。それを考えれば、妥当な選択肢だ……』


 ウォルヴァンシアにはフェリデロード家を率いるレゼノス様がいる。

 だから、魔術師兼医者の自分がここで消えたところで、大した事にはならない。

 そんな事を涼し気に語るルイに怒りを覚えながら、……やがて、俺は扉から手を離した。

 昔から……、ルイは人の言う事を聞かない奴なんだ。どんなに説得したって、自分を曲げない。

 俺の責任なのに、俺の失態なのに……、何でお前が背負うんだ。

 

「ルイ……、お前の考えが変わらない事はわかった。だが……、誰よりも魔術に優れ、医者としての高い志を持つお前に、最後に一言だけ、言わせてくれ」


『……』


「お前が自身を名医だと、そう自負しているなら……、回復した患者を悲しませるような事はするな」


「そうだぞ!! お前が死んじまってユキが助かっても、アイツ絶対ぇ喜ばねぇからな!! 大泣きだ!! ぐしゃぐしゃに泣きまくって、お前の事で頭がいっぱいになっちまって、一生傷ついて生きてくかもしれねぇだろうが!! 名医なら、テメェも患者も、どっちも救いやがれ!!」


 誰がユキの為に死ぬ栄誉など与えてやるものか。

 彼女が目を覚ました時に、お前の冷たくなった身体があったら、ユキがどれ程悲しむ事か。

 絶対に死なせない。絶対にその道を選ばせてはやらない。

 長年の付き合いだ。頑固なルイでも……、ユキの事を絡めてプライドと信念を揺さぶってやれば、もしかしたら定めている覚悟を変えてくれるかもしれない。

 彼女を傷つけ悲しませる事を、ルイは絶対に自身さえにも許さないはずだ。

 カインの勢いのある乱暴な怒声も、こういう時は役に立つ。


「そこで勝手に死んだら……、レゼノス様に小馬鹿にされるだろうな?」


『……』


「その程度の浅はかな選択肢しか選べなかった愚かな息子だと、完全に見下されるぞ」


『……アレク』


「ついでに、セレスフィーナを狙う害獣も一斉に押し寄せるだろうな? ……いいのか? お前の大事な姉がどこぞの馬の骨に嫁入りだ」


 確実にルイの心を揺さぶれている。そう確信しながら、俺はトドメの一撃を扉の向こうに放つ準備に入る。大丈夫だ。扉の向こうでは、『獅貴花』とレアンティーヌの戸惑う様子が伝わってくる。

 ルイが動揺し、覚悟がグラグラと揺れている証だ。

 

「ユキが目覚めた時、万が一お前が召されているような事があれば……」


『……お前達が仕方のない事だと言って聞かせれば、済む話だ』


 そうか。これだけは言わずにいてやろうと思っていた事だが……、仕方ない。

 俺はカインの耳にある一言を囁いて、タイミングを合わせた。


「「ルイおにいちゃんなんか、大嫌い!!」」


『……』


「……と、勝手に死んだお前への、ユキからの悲しみの大打撃が放たれるだろう。いいのか?」


 流石に本人が叩きつけたわけではないから、ルイもまだ耐えられているようだ。

 前に、ユキから大嫌いだと言われても自分は平気だったと語っていたルイが、あきらかに動揺し、その時の恐怖とダメージを思い出すかのように青ざめていたのを、俺はあとでその意味をちゃんと考えて悟っていた。長年の幼馴染の観察力を舐めないで貰いたい。

 直後に扉へと強烈な気配が伝わり、ルイが荒れだした事を知る。

 今、確かに蹴りつけたな。他国の宝物庫の扉を、思いっきり足蹴に。

 

『さっさと行け!! 俺がこの扉をぶち壊してお前達を八つ裂きにしない内にな!!』


「ルイ……、わかってくれたのか」

 

 一気に水を得た魚の如く、ルイは扉の向こうで燃え盛る闘志を、昔纏っていた荒れ狂う気配と共に、こちら側にいる俺達に伝えてきた。これだけ元気になってくれたなら、大丈夫だろう。

 その気配にじーんと感動していると、カインは頬を指先で掻きながら呟いた。


「すげぇな、ユキの大嫌いアタック」


 それは俺もお前もルイと同様に、本人から叩きつけられれば絶望のどん底だ。

 そんな日が来ないように祈りながら、俺は扉へと背を向ける。

 これでもう大丈夫だろう。恐らくルイが冷静さを欠いた道を選ぶ事はない。

 ルイならば、その命を差し出さずとも、『獅貴花』と相談しながらユキの治療をしてくれるはずだと、そう、信じている。

 それに、少しだけ落ち着いた今の頭で考えて出た案だが、万が一の場合、ユキを神の力で仮死状態に陥らせ、ウォルヴァンシアで治療を再開する、という手もあったのだ。

 俺はどうにも、ユキの事になると冷静な判断がつかなくなってしまう。反省だな。

 だが……、その為にはある程度までの回復が必要となってくる。

 その為に、ルイには死など選ばずに頑張って貰わなくては……。

 

「行くぞ、カイン」


「おう。ってか、外の方相当ヤバいぜ? 変な陣が発動しちまってて、徐々に『喰われ』始めてるからな……」


「わかっている。恐らくは、ヴァルドナーツが事前に仕掛けていたものだろう」


 外から伝わってくる、王都内に起きている異変。

 王都全体を囲むかのように浮かび上がっている巨大な陣が、禍々しく輝きながら国を喰らっている。それは酷くゆっくりとしたスピードだが……、ヴァルドナーツの魂がユキの中に取り込まれたからか? だとしたら、術式の力が弱まっているのも、その内暴走するのも、予想出来る。


「ルイも疲労が溜まっていたようだからな……。俺と同じく、ユキのあの姿を見て冷静さを欠いていたんだろう。ルイが安心してユキを治療出来るように……、俺達で片付けるぞ、カイン」


「すげぇ信頼だな。本当はユキの傍を離れたくねぇくせによ」


「当り前だ。だが、……冷静さを失うのが一番不味いと、ルイが身を以て気付かせてくれたからな。適材適所、というやつだ。足を引っ張るなよ」


 本音で言えば、ユキの傍でずっと手を握っててやりたい。

 だが、外で蠢いている陣は、恐らく俺の力が必要となるだろう。

 不完全な神でも、多少は役に立つと証明しなければな……。

 それと……、あの捕獲してある神には、色々と確認したい事もある。

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