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真犯人・追及

 庭園を見渡せる一階の応接室をセバスチャン様が一人で掃除していると、窓からフレデリック様が入ってきた。

「ここはちょうどダイアナの部屋の真下なのだな」

「左様でございますな」

 だから何だとも掃除の邪魔だとも言わず、セバスチャン様は穏やかに応じる。

 何気ない会話を交わしつつ、フレデリックは優美なソファの間をひょこひょこと歩き回り、そして一つ、咳をした。


 どさり。


 窓の外で何かが落ちた。

 セバスチャン様が慌てて振り返ると、ダイアナ様が亡くなったのと同じ場所に、メイドが一人、亜麻色の髪を振り乱して倒れていた。

 コックと兼任のハンナおばさまを除けば、メラニーの他にもう一人しか残っていないメイド……

「ク、クローディア君!? 何ということです!! いったいどうして!?」

 普通は人は慌てると声が高くなるのだけれど、もともと高い声のセバスチャン様は、何故か低い声になる。

 低い方のその声は、誰かに似ている気がするけれど、誰のものかは思い出せない。


「うーむ、大変なことになったな」

 フレデリック様が巻き髭をいじる。

「は、早くお医者様を……」

「なあセバスチャン、これ、死んでるかな?」

「そんなこと私に訊かれましてもわかりませんよ!」

「そう言わずに調べてくれたまえよ。もしかしたら気を失っているだけかもしれないじゃないか」

「無理です! 私にわかるわけがありません!」


「……だ、そうだぞ、クロア」

 フレデリック様が、不意に静かな声を出した。

「クローディアです」

 言いながらわたしは身を起こし、スカートについた土を払った。


 わたしは別に上の階から落ちたりなんかしたわけではない。

 まずフレデリック様がセバスチャン様に話しかけて気を引きつけて、セバスチャン様が窓に背中を向けたところでフレデリック様がわたしに合図を送り、わたしは忍び足で窓の前に出て、ただ横たわったのだ。

 少し離れたところには、落下音を立てるために放り投げた枕が転がっていた。


 わたしはセバスチャン様を正面から見据えた。

「二階から落ちた人が生きているか死んでいるか。

 すぐに判断することはセバスチャン様にはできない。

 なのにどうしてダイアナ様が転落した時、即座に死んだと叫べたのですか?

 しかもその時の声は、慌てると低くなる癖が出ていない、いつも通りの声でした。

 あなたは慌てても驚いてもいなかった。

 それは、あの転落が起きるように仕向けたのが、セバスチャン様、あなただからです!」


「何を言っているのですか、馬鹿馬鹿しい!」

 セバスチャン様は室内に戻ろうとして、窓をくぐる手前で足を止めた。

「いけませんね。靴が汚れてしまいました」

 ダイアナ様の血を吸った土は、新しいものに敷き換えられたばかりで、まだ軟らかい。

 その土が靴からじゅうたんに移らないように、セバスチャン様は裏の井戸の方へ歩き出した。




「なあ、セバスチャン。キミは実に優秀な執事だ。

 ボクはキミが仕事で失敗をするところを一度も見ていない。

 ちょっとした忘れ物すらしたことがない。

 ましてや大事な物を置き忘れるなんて全くなかった」

 急ぎ足で庭園を横切るセバスチャン様をフレデリック様が追いかけて、わたしは少し後ろからついて歩く。


「執事として当然でございます」

 誉められながらもセバスチャン様は不機嫌そうにうなずく。

「にも拘わらずキミは……

 ああ、もう、嫌だな。

 クロクロ、後はキミに任せる」


 青く花開くはずだったセレーネ・ローズの生垣に囲まれた真ん中で、フレデリック様はプイとそっぽを向いてどこかへ行ってしまった。

 人を問い詰めるのは誰だって辛い。

 薔薇は全て枯れている。

 わたしはスッと息を吸って言葉を引き継いだ。


「セバスチャン様は優秀な執事であられるのに、ダイアナ様に見られては困ることの書いてある手帳を、ダイアナ様だけが残る馬車に置き忘れるなんておかしいです」


 セバスチャン様は答えない。

 相手がフレデリック様であるならまだしも、一介のメイドなんかに答える必要はないと考えているのだ。


「別荘には馬が二頭居ました。

 それなのに、奥様のお出迎えという、もっとも大切な仕事に、あなたは馬を一頭しか使わなかった。

 二頭の馬に引かせれば、馬車はそれだけ早く走れるのに。

 ダイアナ様のお出迎えとフレデリック様のお出迎えは、どちらも馬車を引く馬は一頭だった。

 それなのに、フレデリック様のお出迎えには大幅に遅刻して、ダイアナ様のお出迎えには充分間に合った。


 フレデリック様に話したら、おもしろがって駅まで確認に行ってくださいました。

 フレデリック様をお迎えした日の、村での寄り道や、同行したわたしの体重の分を全て引いても、ダイアナ様のお出迎えの日に駅に着いた時間は早すぎます。

 馬一頭が引く馬車では、ダイアナ様が乗った汽車の到着時刻に間に合うはずがないんです」


 セバスチャン様はわたしの声が聞こえていないかのように、裏庭へと歩き続けている。


「ダイアナ様のお出迎えの馬車は、本当は、二頭の馬が引いていたんです。

 あの日、村で二頭立ての馬車を目撃した人が居ます。

 それなのにわたしとダイアナ様が駅を出た時、馬車を引いていたのはアンドレア一頭だけだでした。

 アレクシアはどこへ行ったのですか?


 こちらもフレデリック様が確認なさいました。


 ダイアナ様はお体が弱くて走ったりできない。

 わたし達は普通に歩くよりもゆっくりと駅を出ました。


 田舎の駅で利用する人が少ないので、駅員が覚えていました。

 わたし達が汽車を降りるより先に、同じ汽車に乗っていた紳士が、コートの襟を立てて顔を隠すようにしながら急ぎ足で駅を出て行ったそうです。

 その紳士こそフランク様です!


 急ぎ足のフランク様と、ゆっくり歩くダイアナ様。

 その速度が生み出す時間の差を利用して、あなたはダイアナ様に会う前にフランク様と落ち合い、アレクシアを引き渡したのです!」


 セバスチャン様が足を速めた。


「ダイアナ様が森の中で馬車を止めさせてわたしを置き去りにしたのは計算外で、手帳は屋敷についてから覗かせる予定だったのでしょう。

 別荘について、ダイアナ様は、わたしを迎えに行くようあなたに命じた。

 あなたはその役をラウルに押しつけた。

 あなたには他にやることがあったからです。


 時間をずらして森を抜けたフランク様は、アレクシアを森の木に繋いで別荘の近くに潜んだ。

 あなたはフランク様と落ち合い、フランク様を別荘に忍び込ませた。

 愛人が現れるのをすぐ近くで待つためです。


 フランク様は愛人を捕まえてどうするつもりだったのか。

 法的手段に訴えるのか、それともその場で殺すのか。

 あなたは知っていたのでしょうけれど、それについてはわたしからは訊きません」


 芝生が二人の足音を吸い込む。


「あなたはフランク様を、身を隠す場所へ案内すると偽って、ダイアナ様の部屋のドアの前へ連れていった。

 そしてあなたはフランク様の背後に回り込み、悲鳴を上げられないようにフランク様の口を押さえて……

 その首に、狼の歯を模した土産物屋のトラバサミを差し伸べたのです!


 フランク様に声を出させなかったのは、返り血を浴びた服を着替える時間を稼ぐためです。

 脱いだ服は、馬で警察を呼びに行く途中に、森の中で埋めるか燃やすかしたのでしょう。


 フランク様を殺した後、あなたはダイアナ様が自室のバルコニーから愛人に向けて合図を送るのを待ち……

 あらかじめ鍵を開けてあった裏口からピーターソン先生が中に入って、階段を上がってくるタイミングを計り……


 あなたはフランク様の声を真似て、声を低くして悲鳴を上げた。

 断末魔の声なんてそうそう聞くものではありませんから、聞いた瞬間に誰の声だかわからなくても、直後にフランク様の遺体を見れば、フランク様の声だったのだと思い込みます。

 それからあなたは一旦身を隠し、悲鳴を聞いて駆けつけたような顔をして現場に戻った。



 トラバサミを凶器に選んだのは……

 こちらの聞き込みもフレデリック様がしてくださいました……

 土産物屋でトラバサミを購入したのはフランク様です。

 おそらくはその場の思いつきだったのでしょう。

 実在しないはずの狼男に罪を着せた理由は、屋敷内に居る人間が……ダイアナ様を除けば全員使用人ですが……

 警察に疑われないようにしたかったから……ですね?」


 井戸の前はとっくに通り過ぎていた。

 セバスチャン様は馬小屋の前で立ち止まった。

 中からアンドレアのいななきが聞こえた。

 馬で逃げようなんてさせない。

 馬小屋の戸にはフレデリック様が背中をもたれさせて、こちらに気づいているのにそっぽを向いていた。


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