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獣の罪

 馬車は森の道を行く。

 フレデリック様とセバスチャン様の会話が聞こえる。


「どうにか一輪だけ咲いていたよ。他の蕾は全滅だったね」

「セレーネ・ローズでございますか」

「月の光で青く輝くっていうのは本当なのだろうかね?」

「さて、なにぶん私も初めて目にいたしますもので」

「ふん。ちょいと調べてみたんだが、この品種は一輪咲かすのもとんでもなく難しくて、あれだけたくさんの蕾をつけるまで育てられるのは奇跡のようなものなのらしい。

 ナンとももったいない話だね。これだけの腕のある庭師が人殺しとは」


 わたしは息を潜めてただ耐えていた。






 馬車が村の教会の前に着いたのは、ちょうど日が沈むのと同じ頃だった。

 車輪の音が止まったことで、その音に隠されていた村人達のざわめきが聞こえ始める。

「もうすぐ満月が昇っぞ」

「もうすぐ例のフランクとかいう男が狼男になってよみがえっぞ」


 ダイアナ様の棺が、村の誰かの肩に担がれる。

 足音の響き方から、棺が礼拝堂に運ばれたのがわかる。

 そして床に、おそらくフランク様の棺の横に、下ろされる。


 神父様の声が高らかに響いた。

「ご覧なさい、みなさん!

 この教会は満月の光に満たされています!

 それでもフランクさんの遺体は生き返りませんし、狼男にもなりません!」


「ほら!! これでわかったでしょう!? フランク様を殺したのはラウルじゃないんです!!」

 叫びながら、わたしはダイアナ様の棺の蓋を跳ね除けて中から飛び出した。


 そう。

 わたしは死者の眠る棺の中に潜り込んで馬車に運ばれていたのだ。


 棺桶の中は、わたしの大嫌いな暗くて狭い空間。

 子供の頃のクローゼットよりも狭い。

 しかも人の死体と一緒。

 だけど耐えた。

 ラウルを助けるためだから耐えた。

 気絶しそうだったけど耐え切った。


 セバスチャン様は、まさかダイアナ様がオバケになったとでも思ったのか、床にへたり込んでガクガクと震えている。

 フレデリック様は口をポカンと開けていて、その手の中ではセレーネ・ローズが確かに青く輝いている。

 神父様は口をパクパクさせながら十字を切った。


 村人がボソボソと何かつぶやいている。

 どうやら神父はただ“狼男に殺されると狼男になる”という伝承は間違っていると言いたかっただけらしい。

 わたしは村人達を睨みつけ、教会の外へ飛び出した。





 町の警察署は遠い。

 馬車に駆け寄るとアンドレアが嫌そうに鼻を鳴らしたけれど、わたしは構わず御者台に乗り込んだ。


 鞭を振るうと、アンドレアは馬車を引いて走り出した。

 暴走だった。

 野次馬が逃げ惑う姿はすぐにはるか後ろへ消えた。


 村を過ぎ、両脇にひたすら畑が続く道を行く。

 馬車はガタガタと激しく音を立てて、今にもバラバラになりそうで……

 必死で手綱を握っているけど、コントロールはまったく効かない。


 ガタガタ! ガタガタ!

 馬車はきしみ、風はうなる。


 二つ目の村を素通りする。

 アンドレアは賢い馬だから、馬車をひっくり返せば自分が怪我をするのを知っていて、走りやすい道を選んで走っている。

 それは町へ向かう道一本しかない。



 ガタガタ……ガタガタ……



 町の入り口に着いたところで、アンドレアは疲れたのか立ち止まった。

 鞭を捜したけれども見当たらない。

 どこかで落としてしまったらしい。

 手でペチペチとたたいても無視されたので、わたしは御者台を飛び降りて自分の足で警察署へ走った。




 残りの距離は、遠くはなかった。

 満月はすでに空の高い位置まで昇っていた。

 町の警察署の周りは、村の教会よりも混沌としていて……

 警察官の叫び声を、警察署を取り囲む人ごみの上げる怒号が飲み込んでいた。


 そこには三種類の人間が居た。

 暴れている人と、見物してる人と、警察官。

 それらは服装で見分けられた。

 見物しているのは町の人で、暴れているのは村からわざわざやってきた人だ。

 警察署は村人の襲撃を受けていた。


 町の人達が、村人が警察署に不気味な物を運び込んだと話していた。

 棺桶みたいな形。

 人形のようなデザイン。

 鉄でできていて重そうだった。

 その物の名前を誰も口に出さなかったけれど、それが何かの察しはついた。


 村人に紛れて警察署の中へ入ると、そこは狭くて雑然としていて、あちこちで村人と警官が揉み合っていた。

 ラウルがどこに居るのかは、人々の視線をたどれば簡単にわかった。


 廊下を駆け抜け、牢屋の前に飛び出して、わたしは悲鳴を上げた。 

 足が震えて立ち尽くした。

 冷たい石の床に月光が鉄格子の影を描くその下に、アイアンメイデンから流れ出た血が広がっていた。


 村人達は牢屋の中に入り込んでアイアンメイデンを取り囲んでいる。

 この人達が、村の役場で飾られているはずのアイアンメイデンを、こんなところに運び込んだのだ。


 村人達はこちらをチラリと見ただけで、悲鳴なんか聞き飽きたとばかりにわたしを無視して話し合いを続けた。

 わたしは町の野次馬の一人だと思われているのだ。




「でも狼男は銀の武器でないと死なんねはずだぞ」

「だけんど伝承が本当かわがらないぞ」


 あはっ。


「遠くの町んお城にゃあ、銀で作られたアイアンメイデンがあるって聞いたことさあるぞ」

「うちみてーな貧乏な村でそれはないぞ」


 あはは……


「うちのは古いモンだがら、棘が半分ぐらい折れてなくなってっぞ」

「そりは修理したはずだぞ」

「何でわざわざ?」

「前の村長が見世物にするさ言っとった」


 ははっ。


「その修理だったら途中で中止になっとっぞ」

「あー、予算不足だったけなぁ」

「格好つけて中身を銀にしようなんてしたからだなぁ」


 あははあは。


「銀の棘は五本ぐらいしか作れんかったんだっけなぁ」

「頭の部分の棘は、なくなってそんままなはずだよなぁ」

「確か銀の棘は心臓の辺りに……」


 あはは「ははっ」はは「はははは」ははは「あああああああああああああああっ!!」……


 わたしは震える足に鞭を打ってアイアンメイデンに駆け寄った。

 蓋を開く勇気はなくて、蓋にすがりついたまま泣いた。


 迷信深い人々のささやきが聞こえた。

 今度はわたしのことを魔女じゃないかって疑っている。

 魔女ならば火あぶりだって声がする。


 あはは。

 あはははは。




 村人達の手がわたしへ伸びる。

 もうどうにでもすればいい。

 こんな世界に居たくない。

 こんな世界で生きていたくない。


 バンッ!!


 アイアンメイデンが内側から開かれて、私の足もとに、大半を真紅に覆われた灰色の塊が崩れ落ちた。

 いえ、崩れ落ちてはいなかった。

 その姿は倒れたようにも見えたけれども、床に四つの足をつけ、ふらつきながらもしっかりと立っていた。

 何百年も前の骨董品のような拷問器具は、あちこちゆがんで隙間ができて、月の光が忍び込んでいた。

 狼の姿になったことで、棘が急所から外れていたのだ。


 完全な獣の毛皮から、棘に破かれた衣服が剥がれ落ちる。

 ぺたり。

 よろめく灰色の足で踏み出す。

 ぴしゃり。

 自らの血溜まりを踏んでしぶきが跳ねる。


 狼男は満月の夜には人の心も言葉も失う。

 今のラウルは呼吸の音すら人間のものではなくなっていた。


 棘が抜けたことで、棘に塞がれていた傷口から、今さらのように血が噴き出す。

 吠えようとして吐血して、そのまま意識を失った。


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