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秋葉原狂想曲 旧題:あきばすたーず  作者: 椎名乃奈
第壹章 吸血鬼は闇夜に踊る
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008

『多分だけど、犯人は誰の影でも良かったと言うわけじゃ無くて、吸血鬼の影を必要としていたんじゃないのか?』

『ほう、吸血鬼の影とな』

『そこで、何らかの方法で吸血鬼を見つけ出し、何らかの手法を用いてベアトリーチェの影を奪い去った』


 限られた状況証拠から考えられるのは、この程度のものだった。


『この推理通りなら、三つ分からないことがある。一つ目は、どうやって吸血鬼と人間の判断をしているのかだ。吸血鬼と人間の見分け方みたいなのはあったりするのか?』

『そうじゃのう……吸血鬼の眼の能力を使えば、影の在る無しで吸血鬼かどうか判断は可能じゃのう』

『他の可能性はないのか?』

『わっちが知る限りでは、それくらいかの』

『だとすれば、犯人は吸血鬼――若しくわ、吸血鬼と共犯者か、ベアトリーチェも知らない吸血鬼の判別方法を知っていると言うことになるのか』


 神吉は、話しながら自分の中でそれらをまとめていく。


『二つ目は、どうして数いる吸血鬼の中でもベアトリーチェの影を狙ったのか。狙われたからには、狙われるなりの何らかの理由があるはずなんだと思うんだが、狙われるような心当たりは無いのか?』

『さあのう』


 その返事は、まるで狙われる心当たりが多過ぎて分からないと言った様な返事の仕方だった。ここで考えていても仕方が無いと察した神吉は、話をそのまま続けることにした。


『三つ目は、影を奪うその方法だ。ベアトリーチェは、影を奪われた時のことを覚えていないのか?』

『影を奪われた時か……そうじゃのう。後ろからいきなり襲われ、次の瞬間には、思い切り蹴り飛ばされておったからのう。ちょっと待っておれ』


 神吉の影の中で、ベアトリーチェは胡坐を掻き、腕を組み、目を閉じて集中するようにして思い出そうとしていた。神吉は、ベアトリーチェが思い出すまでしばらく待ち、眼が開くと同時に、口が開いた。


『ああ、そう言えば』


 ベアトリーチェは、掌をぽんと手を叩く。


『わっちを鏡に映し出しておったわ』

『鏡? 何の為にだ?』

『鏡の古語は、影見と言って影を見ると書くのじゃ。古くから、鏡は人間の魂を映し出すなんて言われておったのじゃ。先も言った様に、身体と存在に矛盾の生じている吸血鬼は、結び付きが弱いとされておる。じゃから、可能性としては在り得るのかもしれんな』


 神吉はベアトリーチェの奇想天外であり、奇天烈なその説明で、どことなく納得させられてしまった。しかし、吸血鬼となってしまった今、その奇想も天外と言うほど遠くは無く、地内と言っても過言では無かった。


『となると、分からないのは吸血鬼の影の使い道くらいか』


 思考を巡らせていると、脳内に笑い声が漏れてくる。


『……ククククク、カッカカカカカ』


 そして、ベアトリーチェは思わず吹き出すように影の中で笑っていた。


『何が可笑しいんだ。ベアトリーチェの影探しに付き合ってるって言うのに』

『いや、見ず知らずの吸血鬼に突然腕を噛み付かれて吸血鬼にされたと言うのに、その吸血鬼に文句も言わずに、剰えその相手の悩みを本気で考えてくれておるもんじゃから、これを笑わずにはいられまい』


 神吉はベアトリーチェにそう言われるまで、そんなことなど気が付きもしなかった。それは、言われてみればそうだった。突然、このような境遇に陥ってしまったことに、怒りであれ、悲しみであれ、普通であればそう言った感情を表に出すものだろう。


 しかし、神吉はこれから背負うであろう運命を先に受け入れてしまっていた。いや、受け入れたと言うよりも、目の前にあったことを一つ諦めてしまっただけなのかもしれない。


 ただ、変わらぬ事実と言うえば、神吉が吸血鬼になったと言う事実だけなのだ。


『確かに、そうかもな』

『主は、わっちを恨まんのかや?』

『恨む?』

『こんな過酷な運命を半ば強引に押し付けられたことをじゃ』

『どうだろうな。本当のことを言えば、自分が今吸血鬼だって言う実感がまるで湧いていないからな』


 神吉は、腕の辺りを摩りながら続ける。


『それでも、ベアトリーチェ――君は、僕があの場に居なければ困っていたんだろう? だったら、困っていた少女を僕が勝手に助けた。それだけで良いんじゃないか?』

『なるほどのう。勝手に助けた、か』


 そう呟くと、ベアトリーチェは小さく笑みを溢し、影から頭と手だけを出す。


「主とは、良きパートナーになれそうじゃのう。これから、よろしくのう……えっとそう言えば、主や名をなんと申す」

「そう言えば、名乗ってなかったな。僕の名前は、柳楽なぎら神吉かんきだ」

「カカカ、神の吉だと言うのに、吸血鬼に噛み付かれるとは、とんでもなく不幸な奴じゃな」


 ベアトリーチェはカカカと高笑いをし、手を差し伸べて来た。


「褒め言葉として受け取っておくよ」

「褒め言葉なわけなかろう、主は馬鹿なのかや」

「ちょっと、格好付けただけだろ」


 神吉はそんなこと言いながら、ベアトリーチェから差し出されたその手へと握り返す。


「改めて、よろしくのう。カンキ」

「ああ、宜しく。ベアトリーチェ」


 これが、人間――柳楽神吉と吸血鬼ベアトリーチェとの、どこか運命的であり、宿命的でもあり、はたまた猟奇的でもあり、そして殺人的でもある――出会いだった。



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