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秋葉原狂想曲 旧題:あきばすたーず  作者: 椎名乃奈
第壹章 吸血鬼は闇夜に踊る
7/22

006

「生の証明である影を持ちながらも、身体が生を否定する――言わば、生死矛盾が成り立ってしまっておるのじゃ。じゃから、わっち等は吸血鬼を人間とも生物とも違う――存在と、そう呼んでおる」


 影は生きていることの証明であり、それを身体が否定している。しかし、その矛盾を成立させていた影が盗まれてしまった今、ベアトリーチェには生を否定している身体しか残されていない。


 と言うことは、つまり。


「このままだと、死ぬんじゃ……ないのか?」

「いや、恐らくそれはありんせん。と言うより、そうさせて貰えんのじゃろうのう」

「そうさせて貰えない?」


 それはまるで、死にたがっているかの様な言い草だ。


「呪いを掛けられた時のルールによってのう」

「まるで、ゲームみたいな言い方だな」

「ああ、そうじゃな。むしろ、ゲームそのものじゃな」

「ゲームそのもの?」


 神吉の中で疑問が堂々巡りをしていた。


「人間は人間を殺すという行為を許さんじゃろ? それは、そう言うルールで縛られておるからじゃ。それを模倣する様に吸血鬼にもルールが創られたのじゃ。いや、ルールなんて生易しいものではないかもしれんな。どちらかと言えば〝枷〟と言った方が確かじゃろう」


 枷。


 相手の自由を奪う為の道具――つまり、相手を不自由にするための道具だ。そんな言葉を日常生活で聞くことがあるだろうか。死ぬまでの間だけでも、そうそう聞く言葉では無い。


 それも、枷を掛ける、掛けないと言う話を。


「それは、吸血鬼が自分で枷を掛けたのか?」

「いや、枷を掛けたのは悪魔じゃ」

「悪魔? そんものが本当に存在するのか……?」


 そんな問いを少女へと投げかけたが――目の前に、そして、自身が吸血鬼となった今、そんな問い掛けは愚問であると言えた。


「吸血鬼がおるのじゃから、悪魔が居たとして、今の主なら何ら疑問には思うまい?」


 ベアトリーチェのその言葉は、神吉の心の奥底にすとんと落ちて行った。


「そして、その枷と言うのは、吸血鬼は自分以外の吸血鬼によって殺されぬ限り死ぬ事が出来んのじゃ。その変わりに、その他の生物を決して殺してはならん――と言うものじゃ」


 悪魔が考えた枷と聞けば、もっと冷酷で、惨忍なものを想像させられたが、悪魔が掛けた枷と言う割には、一聞ではまともだ。その枷と言うのも、吸血鬼の問題は、吸血鬼が解決しろというものだからだ。


 しかし、考えようによっては吸血鬼同士で殺し合いをさせようとしている様にも考えられなくも無い。しかも、それは悪魔の善意で創られたルールと言うわけでは無く、悪意で創られた悪魔の道楽の様な――そんな様に感じさせられた。


 そう考えると、悪魔らしいと言えば、悪魔らしいのかもしれなかった。しかし、悪魔について知っていることなど何も無く、あくまで悪魔と聞いての印象に他ならないものだったが。


 生きる為には、吸血鬼を殺さなければならない。

 死ぬ為には、吸血鬼に殺されなければならない。


 自分以外の吸血鬼を殺し尽くしてしまえば、自分が死ぬことは無い。しかし、死ぬと言う選択肢を選ぶ為には、誰かに殺して貰わなければならない。もしかすると、吸血鬼が眷属を作ることが出来るのは、いざと言う時に自分を殺して貰う為なのかもしれない――そんな事を神吉は、考えていた。


「もしかして、ベアトリーチェも誰かに殺して貰う為に生きているのか?」


 そして、神吉は意図せずベアトリーチェへそう問い掛けていた。唐突に投げかけられたその突飛な問い掛けに対して、間の抜けた表情をした後に、カカカと思わず高笑いをしていた。


「主は、変わったことを聞くのう」

「いや、やっぱ忘れてくれ」

「いや、構わん。吸血鬼になってしまった主にも、遅かれ早かれ、気付く事じゃからのう」

「気付く?」


 その言葉が妙に引っ掛かる。


「確かに、最終的には誰かに殺して貰わなければ死ねんから、そうとも言えるし、そうでないとも言えるじゃろうな。今の主にはまだ分からんじゃろうが――吸血鬼にとって、生きると言うこと程、退屈なことは無いからのう」


 そう言ったベアトリーチェが、どこか寂しく、どこ切なく――永遠と言う時間がどれほど長く、辛いものなのか――それを今の神吉が理解するには、まだあまりに若過ぎたのかもしれなかった。


「じゃが、いつか訪れるじゃろう死はどこか楽しみでもあるのじゃ。それが、唯一と言ってよい吸血鬼の救われる道じゃからのう。じゃから、少なくともわっちは死ねるだけの理由を見つけん限り、死ぬつもりもなければ、このまま影を奪われる気もさらさらありんせん」


 そう言うと、ベアトリーチェは目付きを変え、神吉を指差した。


「これは命令じゃ。わっちが影を取り返すのに付き合え」

「断ると言ったら?」

「もう一度噛み付いてやろうか?」


 ベアトリーチェは、鋭い八重歯をちらつかせる。


 先程の噛み付かれた時の激痛を思い出し、思わず右腕の噛み付かれた辺りを抑える。そして、二回目に噛み付くと言うことは、手伝わなければ殺すと言う意味であり、結局、神吉にはベアトリーチェの命令を聞く以外の選択肢は残されて無かった。


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