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秋葉原狂想曲 旧題:あきばすたーず  作者: 椎名乃奈
第壹章 吸血鬼は闇夜に踊る
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004

「先に一つ詫びておこうと思ってのう。急場凌ぎだったとは言え、済まなかった」


 少女は、口先だけで謝罪を済ました。


「キミは……一体、何者なんだ?」


 神吉は、当然の質問を少女へと問い掛ける。


「そうか、主は気絶しておったんじゃったな」


 少女はそう言うと、地面に手を突いて体を浮かせ、障害物を乗り越える様に脚を掛け、その全身を露わにした。金色に輝く長い髪に、燃え上がる様な紅い瞳。小柄な体型に、ゴッシクロリータ調のドレスに身を包むその姿は、まるで貴族を彷彿させた。


「そうじゃのう……」


 少女は神吉の問い掛けに対するその回答として、最も適当な言葉を頭の中を駆け巡らせ、探しているようだった。そして、適当な答えが見つかったのか、掌をポンと叩き、分かり易い仕草を取った。


「ああ、あれじゃ。わっちは、主の想像した一番在り得ない答えの一つにして、その生き物ないし、〝存在〟そのもの、と言ったところかのう」


 少女は何やら面倒臭く、回り諄い言い方をした。まるで、言葉を転がして遊んでいるかのように。一番在り得ない答えの一つにして、その存在そのもの。神吉は、その答えを探す必要など全く無かった。


 神吉の脳裏を一番初めに過ったモノこそ答えであり、少女が言うようにそれが在り得ない回答であったからだ。


「まさか、吸血鬼……なのか?」


 神吉はその答えを言い切るわけでは無く、もしかしたら違うかもしれないと言う可能性を残すかの様に、敢えて疑問形で聞いた。その答えを自分自身が肯定したくないが為に。しかし、そんな考えは意図も簡単に崩れ落ちていった。


「うむ、如何にも」


 少女は得意気にそう言うと、その場でグルリと一回転し、スカートの裾をつまみ、カーテシーして見せた。


「わっちは、名高きベアトリーチェ一族にして、その末裔の吸血鬼じゃ」


 そして、少女は自慢気にそう続けた。


 吸血鬼――その名詞は誰であれ一度は聞いた事がある。しかし、聞いたことがあるだけであって、あくまでドラマや映画や小説に漫画と言った創作物の中の生き物であって、本物の吸血鬼を目の当たりにすることなど、神吉には当然なかった。


「本当に、キミは吸血鬼なのか?」

「そうじゃと言っておろう。何じゃ、わっちを疑っておるのかや?」


 神吉のその問い掛けに、少女もとい吸血鬼ベアトリーチェは、やや不機嫌になる。


「いや、吸血鬼ってもっと歳を取った伯爵のような生き物を想像していたから、なんだか思っていたイメージと違くって」

「それは、映画の見過ぎじゃ」


 ベアトリーチェは呆れたように言う。


「そもそも、主は吸血鬼と言うモノを根本から思い違いをしておる」

「思い違い?」

「吸血鬼は、民話や伝説と言った空想上に登場するあくまで〝存在〟であり、決して生き物ではないのじゃ。それが、どう言う意味なのか主には分かるかや?」


 ベアトリーチェは、神吉へと一つ質問を投げ掛ける。


「いや」


 しかし、神吉は首を左右に振る。


「まあ、分かるわけなかろうのう。そんなことを考える事など今まで無かったろうしのう。吸血鬼と言うのは、あくまで動物、昆虫、草花、それら生物とは違うのじゃ。それは、吸血鬼と言うモノが不確かな存在そのものじゃからじゃ」

「存在そのもの?」


 内心、良く分かってはいなかったが、合わせる様に話を続ける。


「うむ、形はあるがそこに無い。そこに無いが、確実にそこに在る。それが、吸血鬼と言うモノなんじゃよ」


 ベアトリーチェは、言葉を掌で転がすように言う。


「要するに、空気みたいなものなのか?」

「まあ、遠からず近からずと言ったところかのう。主なりの解釈で構わんから、少しずつ理解することじゃな。今自分の置かれている境遇、境界、境涯についてしっかりとのう」


 神吉にはベアトリーチェの言っている言葉の意味が良く分からなかった。


「ちょっと、待て。それは、どう言う意味だ?」


 自分の置かれている状況に、まだ気が付いていなかったからだ。


「主は、まだ気が付いておらんのかや?」

「気が付いていない?」


 ベアトリーチェは、不思議そうに尋ねる。


「主は、吸血鬼に噛み付かれて、血を吸われたんじゃぞ?」

「吸血鬼に……えっ!?」


 神吉は、はっとしてやっと事の重大さに気が付いた。いや、気が付かされたと言った方が正しいのかもしれない。人間が吸血鬼に噛み付かれると言うことが、一体どう言う意味を持っているのかと言うことを。


「まさか、神吉も吸血鬼になった……のか?」

「その通りじゃ」


 困惑する神吉とは対照的に、ベアトリーチェは楽観的にカカカと高笑いをしていた。しかし、それは神吉からすれば笑い事で済まされる話では無かった。今後の人生を左右する話だからだ。


 なぜならば、これからの人生を人間としてでは無く、吸血鬼として過ごさなければならないと言うことだからだ。それは同時に、柳楽神吉と言う人間は、たったの十五年間しか人間として生きることが出来なかった、と言うことを意味していた。


「嘘だろ……」


 こうして、神吉は自分の意思とは全く関係なく、人間と言う種族に別れを告げ、新たに吸血鬼と言う存在になることとなったのだった。


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