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秋葉原狂想曲 旧題:あきばすたーず  作者: 椎名乃奈
第壹章 吸血鬼は闇夜に踊る
4/22

003

「うっ……」


 ぼんやりと広がる視界からは、月が見えていた。


 夜空をのんびりと見上げるのは、いつ以来のことだろうか――神吉は、そんなことを考えていた。しかし、秋葉原からでは街が明る過ぎる性か、月と時折視界を横切る飛行機以外には見える輝きは何も無かった。


 神吉は、二度三度と瞬きをする。

 何かが可笑しいと言うことを感じ取ったからだ。


「――月ッ!?」


 神吉は勢い良く起き上がる。


 月を見上げていると言うことは、自分が月の下にいると言うことであり、今ここが外であると言うことだからだ。辺りを見渡し場所を確認すると、そこはよく見知った薄暗い秋葉原の裏通りだった。


「何で、こんな所で僕は寝そべっているんだ」


 そして、意識を失う前の出来事が脳裏に蘇る。


 ガスマスクを付けた奴らに追い掛けられ、行き着いた先の裏通りで怪我をした少女を見つけ、その少女を助けようと手を差し伸べたら噛み付かれ――そして、その少女を強引に振り払い、逃げようとするも、体の自由が効かずにここで意識を失った。


 ここに至るまでのすべての記憶を思い出した。


「――あッ!」


 神吉は咄嗟に声を上げて、自分の腕を見る。

 しかし、そこにはあるべきものが無くなっていた。


「な、何で……」


 自分の記憶では、右腕は滴り落ちる程の血で塗れていた筈だ。その時の痛みも思い返す事だって可能であった。しかし、右腕は血塗れになどなっておらず、それどころか噛み付かれた痕跡すら残されていなかった。


 もしかすると、あれは夢だったのだろうか――脳裏にそんな言葉が霞めていく。しかし、仮にもしあれら一連の出来事が夢であったとしても、自分が秋葉原の裏通りの真ん中で気絶している理由には結びつかなかった。


 もし、それらが夢ではないと証明出来るのだとしたら、あの少女以外には誰一人としていない。あの少女こそ当事者であり、加害者そのものだからだ。本人がそれを証言するかどうかはまた別の話としても、それを証明することの出来る唯一の証言者も、既にここには居なくなっていた。


 そもそも、自分があの少女に遭遇していたかどうかさえも怪しく思えていた。何が現実で、何が虚構だったのかさえも曖昧になっている。それらの何もかもが初めから夢であったと一言で片付けてしまうことが、何よりも一番簡単な解決法であるようにさえ、僕は思えていた。


「もう、帰ろう……」


 神吉はポツリとそう呟くと、今が一体何時なのか確認をする為に、携帯電話をポケットから取り出そうとするが、どうにもそれが見つからない。ポケットというポケットを全てを隈なく探すが、携帯電話はどこにも入っていなかった。


「おかしいな、確かに持って来たはずなんだけどな。どっかに落としたのかな……」


 携帯電話が見つからず、僕は不安の色を隠せないでいた。現代人にとって、携帯電話は最早必需品であり、あるのが当たり前になっている。逆に、普段持っているはずの携帯電話が無いという事態は、不安でしかなかった。


 神吉は、何度も何度も繰り返し同じポケットを探す。しかし、何度探そうが空のポケットからは何も出て来やしなかった。出て来るはずなど無かったのだ。何も入っていないのだから。


 だが、神吉にはもう一つだけ心当たりのある場所があった。


「そう言えば……」


 もしも、あの少女に出会ったこと自体が本当は夢ではないのだとしたら、携帯電話は少女によって弾き飛ばされた壁側に転がって居るはずだった。薄暗い街灯の下、隈なく周辺を探していると、そこに携帯電話が転がっていた。


 119の番号が表示されたままで。


「だとしたら、やっぱり僕は少女と遭っていた。そして……」


 神吉は一人そう呟き、少女に噛まれた辺りの腕を摩る。

 しかし、これで僕の中で一つの確信へと繋がった。


 この携帯電話こそが、夢などでは無く、現実として、真実として、事実として起こっていたことを裏付ける証拠に他ならないものだからだ。しかし、それでも少女に噛み付かれて血塗れになっていた自分の腕に、傷一つ無いことの説明はそれでは付けられなかった。


 神吉がどんなに考えたところでその思考は謎を呼び、呼ばれた謎は更なる謎を呼び寄せるだけで、その螺旋は収束することなく、どんどんと深みへと嵌まって行くばかりだった。


『まあ、当然じゃな』


 どこからか、声が聞こえて来る。

 辺りを見回すが、裏通りには自分以外に人はいない。


『主の後ろじゃ、後ろ』


 その声に振り向くと、地面から這い出る様にあの少女が現れた。


「……え?」


 遂に、目の前で起こっている現象に対する思考が、理解の範疇を大きく超えてしまっていた性か、何が分からないのかが分からなくなっていた。


「取り敢えず、叫ばなかったことには及第点をやろうかのう」


 しかし、神吉は叫ばなかったのではなく、どのタイミングで叫んで良いのか、それさえもよく分からなかっただけだった。少女は、下半身が埋まったまま地面に頬杖を付き、鋭い視線を神吉へと向けていた。



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