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秋葉原狂想曲 旧題:あきばすたーず  作者: 椎名乃奈
第貳章 趣都は眠らない
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 そもそも、何故わざわざ顔を隠す必要があったのか。


 それは、このアニメキャラクターの描かれたパネルは、店では販売されることの無い販売促進用に造られた非売品であり、原則として店は展示期間が終わり次第これを破棄、若しくわ返品しなければならない為、流通することはまず無い品物だった。


 それはつまり、興味の無い人からすればただの大きなゴミでしかないような物であっても、心底から欲しがるオタクにとっては、かなり希少価値の高い代物であり、対価もまた然りだった。


 そんな物を何故この三人が手に入れられたのかなんてことを、最早言うまでもないだろう。フードを深く被り、ガスマスクで顔を覆い隠し、クライアントへと売る為に、アニメショップから盗んで来たのだ。


 ただ、三人はクライアントの欲しがる物を片っ端から盗んでいるわけでは無かった。アニメの原作にあたる漫画やライトノベルなどの中でも、各クールで高い人気を得る、覇権枠と呼ばれる作品のパネル以外は盗まなかった。


遊馬ゆまたそ、ぺろぺろ」

「……癒される」

「ヒロさんも見て下さいっすよ、遊馬っちマジでヤバいっすよ」

「運転中だっつの」


 それこそが、奴等がアニメキャラクターの描かれた販売促進物を盗む上での信念であり、流儀であった。そもそも、盗むことに流儀も糞もあるのかと言うのはまた別の話だ。


 その為、奴等が盗み出したパネルの作品は、短文を投稿できる情報サービスである〝ツイーター〟や日本最大の匿名掲示板サイトである〝ⓒちゃんねる〟と言ったインターネット上で拡散され、様々な店では急遽在庫を取り寄せらたりもする。


 不器用なやり方ではあるが、これが――〝あきばすたーず〟なりの秋葉原と言う街への貢献の形だった。あきばすたーずと言う組織名には、複数の由来が織り交ぜながら作られている。


 あきばは、当然秋葉原を指していた。そして、破壊する者達という意味より、守る者達という意味合いで付けられた、ばすたーず。また、秋葉原の人気者という意味合いでのすたー。最後に、ゲームに登場する〝S.T.A.R.S〟という架空の特殊部隊が文字られた、すたーずという単語。


 つまり、要約するとあきばすたーずという組織は、秋葉原を守る人気者の特殊部隊と言うことを指し示しており、その活動と言うのも秋葉原を守る諸活動をする為に結成された組織ということになる。


 このあきばすたーずと言う組織は、英雄をリーダーとして形成されているように見られがちであるが、そう言うわけではなかった。そもそも、あきばすたーずは、英雄が立ち上げた組織では無かった。英雄があきばすたーずと言う組織を知るよりも、ずっと昔からこの組織は存在していたからだ。


 しかし、その存在を直接的に知る人や聞いた人がいるわけでは無く、かつて居たらしいという噂や様々な活動をしていたらしいと言う曖昧な情報が、ネットで少しばかしあるだけで、それは――ある種、都市伝説的な組織だった。


 そう。英雄たちは、決して本物などでは無く――それを利用した、どうしようもないなのだ。


 ▶ ▶ ▶


 彼等がクライアントへと販売促進用パネルを引き渡した帰りのことだった。


「ちょ、ヒロさん」


 日本最大の掲示板サイトである〝ⓒちゃんねる〟を徘徊していたキサラギは、慌ただしい様子で英雄を呼ぶ。


「なんだ?」

「ちょっと、こ、これ見て下さいっす」


 キサラギは、後部座席から強引にスマホを英雄の顔の前へ持って来る。


「馬鹿、今は――っ」


 英雄の視界は奪われ、車は右往左往していた。


「ちょ、ヒロさん! 右っす、右」

「ヒロ、ぶつかる! 左、左」

「……み、あっ。……ひ、あっ」


 二人の指示に耳を貸すことなく、自分の感覚でハンドルを切る。事故を起こすことが無かったのは、不幸中の幸いだった。ただ一人、シエルの指示は遅れている性か、何の役にも立っていなかったのは気にしないでいた。


「ふざけんな、バカヤローっ!」

「そんなことより、これっすよ」


 赤信号になるのを確認してから、キサラギは先程のことが何も無かったかのような振る舞いで、スマホを再び英雄の顔前へ持って来る。英雄は、キサラギのスマホを覗き見ると、そこには〝【緊急】秋葉原に何かヤバい物がある件について【速報】〟と言うスレッドが開かれていた。


 そのスレッドのレスポンスをキサラギがゆっくりとスクロールして見ていくと、とある一枚の画像に手を止めた。


「何だ、これは……?」


 そこに張り付けられていた画像は、緑色に変色している人型の何かだった。スレッドを読み進めていくと、どうやら秋葉原の裏通りを通り掛かった人が撮影し、ⓒちゃんねるに書き込んだらしい。


「なになに、どうしたの?」


 ソーシャルゲームに夢中だったアサギもその手を止め、興味本位でスマホの画面に表示された画面を、英雄の顔面を押し退け強引に覗き込む。アサギが英雄の顔面を押し退けた拍子に、英雄の眼へとアサギの小指が目に入り、人知れず涙目となっていた。


「うえ……気持ち悪う。なにこれ、ゾンビ?」


 アサギはそう言い、何とも表現の難しい味わい深い表情を浮かべていた。


「確かに、言われてみるとゾンビっぽいっすけど、残念ながら違うっす。どうやら、高級ドールらしいんっすよ」

「ドール? ああ、あの彼女の出来ない情けない奴らが自分を慰めて貰う為に使う奴でしょ?」


 アサギは、世の中のモテない男子を一刀両断にして切り落とした。



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