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こわされる

「今日は夏日だったらしいよ」

「らしいねー。幽霊体温ないから分からないけれど」

「そんな日に低体温で医務室に運ばれた人は絶無らしいよ」

「そうなんだー。本当に災難だったね!」

 にこやかに幽霊少女が言い切る。

 ――全てをうやむやにする気だ、この晴れやかさは。

 ぐったりと布団に倒れこむ。 低体温症の改善について検索してお風呂に使ったり温野菜を食べたりして一日を乗り切ったが、一時は明日からの生活が不安になるほどガクブルしていた。またしても一日を棒に振り、出席日数が足りるか足りないかはもう分からないレベルだ。いわばシュレティンガーの単位。学生としての僕の生き死にもかかっているといってもおかしくない。

「君の力で、僕はどんどん不幸になっているような気がするよ」

「心から反省してる」

 真剣そのものに頭を下げる幽霊。しかしまた何か意にそぐわない事をすれば、即座に冷気なりラップ音なり衝撃波なりが容赦なくぼくの平穏を奪うだろう。女の子と同居するのは大変な事なのだ。

「せめて、有効活用できればねぇ」

 美南がぽつりともらす。

「有効活用って?」

「んー。ツッコミ以外に役に立てればいいなって」

「お化け屋敷のバイトで喜ばれるくらいしか思いつかないけれど……」

「またそういうことを」

 彼女が僕をにらむ。ラップ音が来る事を予測して、僕はとっさにベッドにもぐりこんだ。一瞬遅れて、何かがぶつかって崩れる音がする。そっと毛布から顔を出すと、ベッドの横に積み上げていたマンガ本が崩れていた。

 僕は目をむく。

「――え、こんなことできたっけ? たしか僕にしか干渉できないって、」

「何だろう? なんか調子よくてさ」

 幽体に調子とかあるのかよ、と思いつつ、僕は飛び起きて彼女に向き直る。

「ちょっと技名とか叫びつつやってみてよ」

 男って本当そういうの好きだよねと呆れられる――かと思ったが、美南は割と興味ありそうな顔で食いついてきた。

「マカンコーサッポーみたいな? みんな吹っ飛ぶ奴」

「いやアレ貫通技だし。ほら、なんかその力使いながら訴えたい事とか」

「とっとと幸せになれ幸太郎、的な」

 やぶへびだった。

 ここでいたずらっぽい笑みの一つでも浮かべてくれればははっこいつぅ~(こつん)ってやれるところだけれど、目がまったく笑っていない。とまれ抗弁だよ抗弁。

「いや、日本語じゃなくてね? 英語っぽく」

「エターナルフォースブリザード?」

「まだ死にたくないです!」

 僕は即座に地面にひたいをこすり付け、媚びるような上目遣いで、

「インスタントハピネスとかどうですか」

「んー、名前と効果の関連性が薄くない?」

 いいんだよ別に。何か妙に拘る幽霊に、僕は腕を組んで思案する。

「じゃあレ、・ミゼラブルとか」

「ああ無情って意味でしょあれ」

「僕の状況にぴったりかと」

「幸せになる気ないならやらないよ?」

 笑顔の恫喝。しかし瞬時に表情を入れ替えると、

「ああ、分かったよ、もう。そんなにしょげた顔しないの。やったげるからさ」

 と肩をすくめた。

「ありがとう」

 おかしい。何か彼氏に度が過ぎたコスプレを要求されて本当はいやなんだけれど貴方がどうしてもっていうからしてあげるんだからねってポーズでウキウキ着る彼女みたいな図になってないかこれ。

「……幸太郎を狙っていいかな?」

「ごめんなさい調子に乗りました。あ、待って」

「……なに」

「やるなら、ポーズも決めないと」

「ああ。それならいい考えがあるよ」

 似つかわしくないへらりとした笑みに、肌がざわつく。

 ――いやな予感がする。

 美南が気付かないよう、僕は彼女の視界の脇にかけ布団をひきずってそっと移動する。

「いくよー」

 彼女は腰だめになる。その姿勢から身体をひねり、握った両手の人差し指を突き出し、親指をたて、

  思いっきり身体を僕の方へ向ける!

「やっぱりぃぃぃぃ!?」

 とっさに掛け布団を広げるようにして構える、が、ま、

「とっとと幸せになれ(レ・ミゼラブル)!」

 室内の空気が歪む。

 轟音が室内に連鎖する。感動的なまでの破壊が僕を吹っ飛ばす。行き先が運よく敷布団であったが、地面に落ちる前に身体が打ち上げられた。連鎖する衝撃が渦を作り出していたのだ。掛け布団にからまってもみくちゃにされ、よく分からないままあちこちに布越しに激突する。

 気付けば、壁際で転がっていた。

 あちこち痛むのをがまんして無理やり身を起こす。いまだゲッツのポーズであっけにとられたような顔をしている幽霊が一体。

 中心にして、半壊した、僕の部屋。

「ちょっとやりすぎちゃったかな。ふふ」

「ふふじゃないよ!」

 飛び上がって叫ぶ。

 改めて、ラップ音の炸裂した室内を見回す。

 ちゃぶ台はひっくり返って真ん中からへし折れ、ふすまには無数の大穴が開き、光沢のある布地がいくつも見え隠れする。本棚は倒壊し、奥にあった肌色面積の多い雑誌やDVDが散乱していた、が、一個小隊くらいからなる忍者からの手裏剣攻撃を畳返しで受けたものを下取りしたらこんな感じであろうという畳を覆い隠すには至っていない。ヒビだらけながら、窓ガラスが割れなかったのは幸運の一言だ。この、レ・ミゼラブルの。

 さすがにやりすぎた――というか、やらかした自覚があったのか、僕から微妙に目をそらしつつ美南が口を開く。

「どうやら私、すごい力に目覚めてしまったみたい…」

 バトルマンガもびっくりの展開だった。


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