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のぞかれる



「イタコに呪われて、かんしゃくもちの女幽霊にしあわせになるよう脅迫されている? バカみたい」

 僕の彼女は、パソコン画面とLANケーブルの向こう側からスカイプを介してここ数日間の僕の状況をそう総括した。

「幸太郎、疲れてるの」

「本当なんだってば。そんな狼少年を相手するような反応をしないでよ」

「だって、しあわせになれだなんて……あ、でもこれってひょっとしてもしかするとすっごく遠まわしなプロポーズ?*」

「遠まわしにもほどがあるし」

「だめよ、私たちまだ学生なんだから」

「話聞いてる?」

 とはいえ、チャットであって、マイクは使ってない。親と同居している彼女がストロベリートークを聞かれることを恥ずかしがるのだ。

「聞こえない。今私に見えるのは、ばら色の未来だけよ」

「ばら色? 血の色の間違いだろ」

「真紅☆」

「辛苦?」

「思い浮かべてみて。真紅のカーペット。陶器にいけられた赤いバラ。クリスタルグラスに注がれる赤いワイン。高層レストランで、キラキラした夜景を後ろに乾杯するの。とってもしあわせなイメージでしょ?」

「確かにお金のかかりそうな想像図ではあるけど」

「んもう、いけずぅ」

「ねぇ、今しあわせ?」

「うん、とっても」

「どうして?」

「だって、プロポーズされたし*」

「だから違うってば」

「分かってるよ~。でも、しあわせなことはしあわせなの」

「君に取り付いたなら、幽霊も即成仏できただろうに」

「まだその話ひっぱってる」

「いいじゃないか。自分のしあわせについて考えたくなる年頃なのさ」

「何それ。ねぇ、何かあったの? もし何か悩みがあるならいつでも聞くよ。電話しようか? 会って話したかったら、一日くらい学校休んだっていいよ」

「大丈夫。つらい時や悲しい時、空を見あげれば君の笑顔がいつもそこにあるから」

「わけの分からないこと言わないでよぅ」

「死んだ恋人を思い偲ぶ漫画からとったの」

「まだ死ぬ予定はないよぅ」

「質問」

「うん」

「君のしあわせは、何?」

「えー。なんだろうね。こう、ふとした時にしあわせだなーって思うことはたくさんあるけど、これって言うのはないかも。あ、ひょっとして今の質問って幸太郎君と一緒にいることって答えるところだった?」

「じゃあ、僕のしあわせって何だと思う?」

「あースルーしたぁ」

「僕のしあわせって何かな?」

「私みたいにカワイイ、献身的な彼女がいること?*」

「……そうだよね」

「こぉうたろぉ~、いつもみたくつっこんでよ~、せっかくボケたのにさびしーじゃない~」

「ううん、きっとそうなんだと思う。僕のしあわせは、君だよね。ありがとう」

「え? ど、どういたしまして?」

「んじゃ、今日はもう寝ます。レポートがんばってね」

「うん。おやすみなさい」

 メッセージボックス消去。

「幸太郎君、もしかして本当の話? さっきの幽霊の」

「まさか~」

 ログアウト。

 僕は、小さく息を吐いた。

「いい子じゃん」

 美南の声がした。いつの間にか後ろまでやってきていたらしい。

「見てたの」

 振り返らずに聞く。

「あんまり。キーボード打ってる姿がとっても楽しそうだったから」

「そりゃ彼女だし。恋人との甘いひと時ってやつ? 楽しくないわけがないじゃん」

「そうね」

「電話でも、手紙でも、チャットでも」

「はいはい」

「モールス信号でも、手鏡暗号でも、恋人となら、きっと楽しいさ」

「意味分かんない」

 美南が鼻を鳴らす。すっかり見慣れたむっつり顔をしているに違いない。

「でも、それはしあわせじゃないんだ?」

「……また、そんな」

「だってさ、世の中には彼女も彼氏もいない人がごまんといるのに、あなた、相思相愛の相手がいてしあわせじゃないなんて。贅沢だよ」

「うるさいな。会えないからさびしいんだよ」

「会えたら会えたで、また離れなくちゃいけないからさびしくなるんでしょ」

「……それは、そうだけど」

「欲張り」

 言うだけ言って彼女の気配は遠ざかっていた。

 痛い所を突かれた。そう思っているのに、別のところではとても腹立たしかった。

「確かに贅沢かもしれないけどさ」

 彼女が定位置としている部屋の隅に向かって、続けるつもりのなかった会話を拾う。何が好きで座敷わらしみたいにしてるのかと聞いたら、チャンネリングが良いとかラップ音のキレがいいとのことだった。

「何かを手に入れたら、次はそれを守りたくなるんだよ。それが人さ」

「現状を維持したって」

 美南の返事は、ずいぶんと間を置いてから来た。

「それは前進じゃなくて、後退。悪い事とは言わないけど」

 珍しく歯切れが悪い。僕は気になって尋ねる。

「それは経験?」

「なんだっていいじゃない」

 そう言い捨てて、彼女の気配が「ほっといて」モードに切り替わる。これ以上何か言うと即座にラップ音が三・三・七拍子で襲い掛かってくるので、僕は適当な音楽ファイルを開き課題を広げる。広げるだけで、特に手を付けるわけではないのがポイントだ。

 ――現状維持は後退。

 妙に哲学的な言い方だった。幽霊になって他人にしあわせになるよう要求する。その後に生まれる問答は、古代ギリシャの哲学者達が喜びそうだ。ためしに、それに続く台詞を考えてみようか。

 現状維持は後退。光ある道を求め続けよ。

 ……うさんくさい新興宗教のうたい文句みたいになった。うん、僕に哲学なんてないのは分かってたさ。

 現状維持は後退。前倣え。

 うん、いい感じ。小さく両手を突き出してから背中越しに振り返ると、美南は体育座りで目を閉じて、僕の流す音楽に指でリズムを刻んでいた。心なしか最初より顔色が良さそうに見えた。

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