しょうらいのゆめ
「ねー」
「んー?」
「あゆくんはさあ、おおきくなったらなにになりたい?」
小学生の頃の話だ。
公園で砂遊びをしているとき、幼馴染みの千帆ちゃんはツインテールを揺らしながらそう言った。
深い意味などなかったであろうその質問に、僕は困った。
僕は「今」ばっかりで、未来を考えたことなんかなかったのだ。
「ぼくー? えー……。ちほちゃんはなにになりたいの?」
「ちーはねえ、およめさん!」
「およめさん? なんで?」
「だってきれーなしろいふくきたいもん!」
「あー! ぼくしってるんだ、うえでぃんぐどれすっていうんだよっ」
「うえでぃんぐどれす? すてきななまえー!」
にこにこと屈託なく笑いながら、千帆ちゃんはそう話してた。
僕はそのときから知ってた。
お嫁さんになるには、結婚しなくちゃいけないんだって。
当然のようだけど、そのときそんなことを知っている同級生なんかいなかったから、僕だけの秘密にしておこうなんて思って、誰にも言うことはなかった。
もちろん、千帆ちゃんにも言わなかった。
千帆ちゃんもまだ無知で、「およめさん」がどういうものか分かってなんかいなかった。
だから、簡単に言えた。
簡単に約束をした。
「じゃあねえ、ぼくはちほちゃんのおむこさんになる!」
「おむこさん? なあにそれー」
「おむこさんがいないとおよめさんにはなれないんだよ!」
「えええ! そうなのー? じゃあじゃあ、あゆくんはちーのおむこさんね!」
「うん! ぜぇーったいだよ!?」
「うん! ぜぇーったい!」
千帆ちゃんはいつもと同じようににこにこ笑いながら、はいっと小指を僕に差し出した。
僕も千帆ちゃんの小指に自分の小指を絡ませた。
いつも帰り際に「あしたもあそぼうね」ってするのと同じように――約束、した。
「ゆーびきーりげーんまん、うーそつーいたーらはーりせんぼんのーます! ゆーびきったっ!」
そのとき僕は、千帆ちゃんに言わなかった。
「ちほちゃんのこと、すきだよ」って。
そして――現在。
「千帆ちゃん」
「……あゆくん」
「すっごく、綺麗だよ」
「ふふっ、ありがとう」
今僕は、白いウェディングドレスを身にまとった千帆ちゃんを前に、約束を思い出していた。
懐かしいなあ、と思い、目を細める。
千帆ちゃんは、綺麗だった。
「約束、果たせたね」
「……そうだね。だいぶ、懐かしいね」
「僕も今そう思ってた」
「ほんと?」
くすくすと笑った千帆ちゃんが眩しい。
昔のように幼い笑顔の面影はあまり見えなくなり、優しく綺麗に、笑うようになったと思う。
昔の笑顔も今の笑顔も、いまはすべて愛しい。
結婚すると思うと、なおさら。
「あゆくん?」
「――千帆ちゃん」
「なあに?」
この湧き出る感情を、なんと表現したらいいのだろう。
色々混ざりすぎて、言葉にならない。
ただひとつ分かることは――
――きみを、愛しているということ。
「……しあわせに、なりなよ」
ただひとつ感じることは――
――僕にそれを言葉にする資格は、もうないということ。
「……うん。ありがとう、あゆくん」
じゃあもう時間だから、と千帆ちゃんは僕に背を向けた。
きっと花婿が呼びにくる。
僕たちはこのまま、ここにいちゃいけない気がした。
「……さよなら」
「、……うん」
僕たちはもう、会わない気がした。
(もうきみを想えないなら、せめて、ここで泣いてもいいですか)