幼い魔王の腹黒側近
「ふ~ん、ふ~ん♪」
鼻歌を歌いながらの執務というのはエミナ様においてはいつものことですが、今日の鼻歌はまた一段と喜びに溢れているように感じます。
両耳はピコピコと忙しなく動いてらっしゃいますし、尻尾もゆさゆさと左右に揺れております。お胸は……残念ながら揺れるほどはございませんが。
エミナ様が即位なされてから約二年間、補佐役として就いている私がいうのですから間違いありません。
しかし、こうして改めてエミナ様を見ると、始めて会う方が皆、口を揃えて「本当にこの方が魔王様であらせられるのか?」というのも無理はないことだと思います。
この華奢で可憐な少女が約500年の間、この世界の四分の一を支配している「ミビリア帝国」の現国王にして魔族の長――他国では『魔王』と呼ばれる存在であるなどと誰かお思いになるでしょうか。
エミナ様の父君であらせられる先代魔王がオンラインゲームにはまり、ひきこもりになられたのを気に弱冠十歳という年齢で即位。
そんな理由でこんな幼い子供に王位を譲るとは全くカスですね。死ねばいいのに。
しかし、先代魔王がゴミクズ同然になってしまったのも仕方がないというもの。
魔王の仕事、というのは実際そう多くはありません。そのほとんどは下から上がってきた議題を承認するだけのものなので、そうそう時間もかかりません。
そして、魔王の重要なもう一つの仕事が『国の最高戦力として勇者と戦うこと』なのですが、こちらも現在は開店休業、と言ったところでしょうか。
というのも、最近は勇者の質の低下が著しく魔王との決戦にまで辿りつく勇者がいないのです。中にはスライムにすら勝てずに逃げ帰った者もいるのだとか。まったく嘆かわしいものです。
そのような理由から魔王様のなさることは少なく、ぶっちゃけ「魔王業」はヒマなのです。
ここ最近は押印作業とお勉強(魔王と云っても十二歳の子供ですから)しかすることができず、つまらなさそうにされていたのでこうして機嫌がすこぶる良いのは実に久しぶりです。
「今日はとても機嫌がいいですね、魔王様。どうかなさいました?」
「な、なんでもないわよっ!? 私はいつも通りよ」
機嫌が良いと見破られたのが恥ずかしいのか、顔を赤くしてそっぽを向かれる魔王様。
「とてもそうは見えません。何か良いことでもあったのですか?」
「べ、別に」
はぐらかそうとしていますが、そこは二年も補佐役を務める私。そうは問屋がおろしません。
実際のところ、エミナ様がそわそわなさる理由には当たりがついているのです。
私はふと思いついた、とでもいうようにその心当たりへと話題を変えました。
「そういえば、久しぶりに勇者がこの城の近くまで来ているそうですね」
「ふ、ふ~ん、そうなんだ」
全然気にしてない風を装っていますが、耳としっぽが敏感に反応したのでバレバレです。胸は……以下省略。
まぁ、無理もありません。エミナ様は「お話の中でしか聞いたことのない勇者という存在を始めて見られる」と、こんなにもわくわくしているのです。
実際、勇者と会ってすることと言ったら「血で血を洗う殺し合い」なのですが、そこは魔王といっても、十二歳の子供。そんなことが正確に的確に理解できているはずもありません。
私はその事をオブラートに包んだり包まなかったりして何度か話してはいるのですが、夢見る少女はなんというか……夢見る少女なのです。話を聞いてはくれません。いや、聞いてはくれるのですが理解してくれません。これだから頭の足りないお子様は……こほん。いけませんね、雇い主のことを悪く言うなど……え? 前魔王? あれは別です。
しかし、何もエミナ様ばかりが悪いわけではないのです。私の中に「殺し合いになったとしても、エミナ様は強いので大丈夫だろう」という心の余裕があることも認めなければならないでしょう。
エミナ様はまだお若いので使える魔法の数は少ないものの、魔力の総量は桁違いですから昨今の弱体化した農民に毛が生えた程度の勇者に負けることはないでしょう。テニスボール程度の大きさの火球を出す魔法で直径三メートル程の火の球を出した時はこのチートキャラめ、と家臣の一人が嫉妬したとか。……まぁ、私のことなんですが。
そういった理由から安心して慢心してしまっているのですが、それでも万が一ということもあります。
「エミナさ――」
なので、もう一度エミナ様にはその辺りのことを話しておこうと私が口を開いた瞬間、ドタドタという慌ただしい物音と共に扉を叩く音が部屋に響きました。
音の主が扉の向こうから名乗りをあげます。
「勇者討伐部隊第二隊長“疾風怒涛”ジャミナスです」
その名を聞いて、エミナ様はまたしてもピクッと耳をひくつかせました。
私はといいますと、その名を聞いてぷすっと変な笑い声を漏らしてしまいました。
エミナ様が反応したのは声の主の肩書き。それに対して私が反応してしまったのは二つ名の方です。
勇者討伐隊はその名の通り、勇者討伐の仕事を主としています。勇者を今か今かと待ちわびてるエミナ様にとってはこれ以上ない情報源となるでしょう。
我が国の軍隊は世界屈指の実力を持ちますが、その中でも『勇者討伐部隊』は魔王を守護し、魔王の天敵である勇者を倒さなければならないのですから、腕に覚えのある者が選ばれます。我が軍最強と呼んでも差し支えのないエリート中のエリート連中の集団なのです。
――まぁ、それも昔の話なのですが。
何度も言っている通り、昨今は勇者の質が落ちており、一般兵にすら劣る者ばかりですから「勇者討伐部隊」はあまり重要性がありません。むしろ「俺にもひけをとらぬ一騎当千の猛者達を戦列に並べず眠らせておくことになるため勿体ない」と、現ゴミクズヒキオタニートの先代魔王様が仰ったのを機にその質を随分と下げることになりました。
元々は第九部隊まであった部隊数も現在はたったの二つ。
第一部隊はまだ「勇者討伐隊」としての名に恥じぬようある程度実力のある者が中心になっているのに対し、第二部隊は完全なる予備軍。そこらの一般兵と大差ありません。
そして、その部隊の隊長を名乗る男が所属と名前の間に入っていた名称こそが“二つ名”と呼ばれるモノです。
これは成果を挙げた者や名を挙げた者が自然と畏怖の念を込めて他国の兵にそう呼ばれるのが一般的ですが、最近では自分で自分につけることもあるのです。そも、それなりの戦果を挙げた者がこんなへなちょこ部隊に配属されたとは考えにくいのでどう考えても後者ですね。
しかし、“疾風怒涛”とはまた安易な二つ名ですね。我が軍だけでもあと五人くらいいるんじゃないでしょうか。
「入りなさい」
入退室の許可を下すはずのエミナ様が勇者と聞いてどぎまぎしていて使い者にならないので、代わりに私が許可を出しました。
入ってきたのはいかにも武人、というべき大男。しかし、それ以外に挙げるべき特徴が見当たりません。流石“疾風怒涛”。特徴がないのは二つ名だけでなく見た目もなのですね。
部屋に入るや否や片足を地につけ、深々と頭を下げる大男。
……なんでしょう。魔王様に謁見するのですから、この行為はなんら間違っていないのですが、マッチョ野郎が少女に傅いているのを見るのは、なんというか……愉快極まりないですね。ええ、声には出しませんが。
私は諸々の笑い声を押し殺し、真面目な表情で言葉を選び、疾風怒涛さんに言葉を投げかけます。
「どうしました?」
「勇者に関して伝えるべき議がございまして」
畏まり重々しい口調でそういう疾風怒涛さん。
それくらい、言われなくてもわかります。だって『勇者討伐隊』なんですから。けれど、そのことを指摘して空気を壊す私でもありません。出来る魔族ですから、私。
「なんだ?」
答えたのはエミナ様でした。早く勇者の情報が欲しくて仕方がないのでしょう。そわそわが私にまで伝わってきてます。ああもう可愛いですね。いっそ首輪をつけて飼いならしたいと以前鏡に映った私によく似た誰かが言っていました。
エミナ様の声に疾風怒涛さんは「はっ!」と武人らしい野太い声で返答しもう一度深く頭を沈めました。やはりこの絵面は笑えますね。
しかし、彼がこれから口にすることは私を愉快な気持ちにはさせてくれないでしょう。
「街の東側、ソレーユの丘にて勇者一行を発見、交戦し見事撤退させることに成功しました!」
予想通りの言葉が耳に届きました。
何度も言いますが最近の勇者はとても出来が悪いです。スライムに負けた勇者の話もありましたが、それを度外視したってそう強くない者ばかりです。
疾風怒涛さんは並みの兵士と実力はさほど変わらない、などと云いましたがそれが勇者討伐部隊の(二軍とはいえ)隊長をやれているということは言い換えれば「大抵の勇者の相手など一般兵で充分」ということなのです。
おそらく件の勇者もその程度の実力だったのでしょう。噂によるとどうやらその勇者は我が国の高官に賄賂を渡して密入国したようですし。勇者らしさがカケラもないですね。
しかし。
やってしまいましたね……。私はそうではないかと思っていましたし、ここまで来れる筈もないと思っていたので勇者が密入国したり逃げ帰ったりしても正直どうでも良いのですが……。
私の隣で鎮座してらっしゃるエミナ様は固まってしまっています。
意気揚々と言葉を紡ぐ“疾風怒涛”。エミナ様の気持ちも考えないで“疾風怒涛”。
「我が兵にも十名ほど怪我人が出ましたが、幸いどれも軽傷でした」
そういって、下げた頭を少だけ上げ、労いの言葉を待っている“疾風怒涛”。……ええと、そういえばお名前はなんでしたっけ? ジャ……ジャミラス? ティラミス? まぁなんでもいいです。
褒美を期待する、というのはわからないでもありません。この男はエミナ様が勇者に会えるのを今か今かと待ちわびていた、などとは知らないのですから。
そして、エミナ様が口を開きます。
「クビよ、クビ! あんたなんかクビにしてやるんだからっ!」
「えぇっ!?」
その言葉には流石の忠実な部下であるところの疾風怒涛さんも驚いた様子。
それもそうでしょう。敵を打ち倒したというのに、褒美を貰うどころか暇を出されるなんて思ってもいなかったでしょうから。
今なお「クビ、クビ、クビぃ~」と騒ぎたてている魔王様と状況についていけず目を白黒させている部下。
仕方なく、私はエミナ様を諭します。こういう時に魔王の威厳と体裁を保つのも職務のうちなので。
「魔王様、この者は貴方様の代わりに勇者を倒してくれたのですよ。なぜ、クビにする必要があるのですか?」
「だってだって、私が魔王になってから、初めて勇者が来そうだったのにぃ、それを倒しちゃうんだもん! やっつけちゃうんだもん! こんなモブキャラみたいな顔して!」
「それは仕方ないことです。事実モブキャラなのですから」
また疾風怒涛が「ええっ!?」と声をあげてますが無視です。
「勇者ってどんなのか見たかったのにぃ」と、泣きべそをかきながらそう言うエミナ様は、まるで欲しかったおもちゃが買い与えられなかったので駄々をこねている子供のようでした。
初めて勇者を見ることが出来ると喜んでいたのに直前で勇者がリタイヤ。まぁ、エミナ様が悲しむのも仕方がないことではありますが。
「しかし、魔王様。彼も魔王様のことを思って勇者と戦ったのですよ? 下手をすればこの……えーと、ジャミラスだかティラミスだかがやられていたのかもしれないのです。 ……もう一度同じことが言えますか?」
「うぅ~、それは……ダメ」
私はエミナ様の世話役にすぎませんが、礼儀や部下への気遣いなどを教えるべき立場にもあると思っています。なので、ここでエミナ様を諭すのも私の仕事です。
父親はあんなのですし……私がしっかりとしないと。
「彼は魔王様をお守りしたかったのです。そんな従順な兵士に対する主君の言葉がソレでいいのですか?」
エミナ様はしばらく俯かれていましたが、やがて少しだけ顔を上げ、勇者を倒した部下を見やり、小さく呟きました。
「あ、ありがと……」
顔を赤らめながらそう仰る魔王様の愛らしさにその場にいた者はもうメロメロです。
件の部下も先ほどのクビ発言など忘れてしまったようで、魔王様に見入っています。
エミナ様はそれ以上何も仰られないようですし、部下の方も先ほどは別の意味で言葉を失ってしまったようなので、ここは私が。
「その方、良い働きをしてくれました。あとで報酬をとらせます。下がってよろしいですよ」
「はっ!」
深々と礼をし、部屋を退室する部下を見て、私は思います。
報酬などなくても、今のエミナ様の笑顔を見たのなら彼らの士気は上がるでしょう。
そうなると、ますます勇者が来にくくなるというものですが……まぁ、それは言わぬが花でしょう。
今日も明日も明後日も、きっとこの国は平和でしょう。
日間ランキング短編部門5位頂きました!
ありがとうございます!




