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第一章 青い闇 8

子たけゆきて、人はわざとなりし・・・


拓海は渋い顔をして机を睨んでいた。決して古文の教師が唱える魔術にこめかみがやられたわけではない。自らの苦悩と葛藤によってこめかみがやられているのだ。先程の村瀬啓太との対談&軽い手合わせで啓太が「裏」の人間であることはわかった。ついさっき戻っきて、席に着いた途端に教師がやってきた時は本当に冷や汗をかいた。一時間目に比べ、こちらに奇異と笑いの視線を向けてくる輩は少なくなった。それはいいとして、拓海は啓太の後ろ姿をただただ凝視する。視線だけで背中に馬鹿と書こうとしているのではない。気になっているのだ。何故啓太は自分の事を一瞬で「闇」の連中だと分かったのだろうか。

啓太が「裏」にいるから?違う、それだけじゃ俺が「闇」の構成員だと気づくはずがない。

演技がばれているから?違う、まだ初日だし、目立った行動をしたのは今朝の一部だけだ。

背中に「闇です」という張り紙もされてない。顔に大きく「闇」とも書かれてない(今朝ちゃんと洗ったし)。学ランが黒いから「闇」というわけでもない。まぁそしたら全員「闇」だけど。あれ、全員「闇」だとしら「闇」じゃなくなる・・・?

だんだん思考が脱線していくのも自覚はある。だが、いくら考えても原因には至らない。大きく背を曲げ机に腕を組み、そこに頭を載せ机の上にある消しカスの数を数える。はたから見ると考えるエビ。主観的にみると苦悩するエビ。そんな時、


『あの「裏」構成員の素性がわかったわ』


右の耳たぶから女性の声が聞こえた。突然の事にびっくりして机を蹴ってしまう。消しカスが零れおちる。机を蹴った音でクラスの視線の半分が自分に集まり、クスクスくすくす笑われる。まだ今朝のほとぼりは冷めてないようだ。いままで黙っていたと思えば、村瀬の事を調べていたんだな。さすが使える上司。同時に憤りが通信士にぶつけられる。でも小声で怒鳴る。


「なんで俺に転ばさせた。おかげで性格づくりの計画がぐちゃぐちゃだぞ。」


もうこんな奴に敬語なんて使わなくていい。して、自分の計画とは取りあえず前後右(左は窓だから誰もいない)に声をかけ、話を進めていって、波が立つように周りの人から声がかけられる・・・そんな状況をシュミレーションしていたのだ。だが今となっては右や前後を見るたびに視線をそらされてしまい声をかけるどころか目を合わすことすらできない。再び友達づくりを阻止されたスパイの上司に対する対抗心が噴き出す。だが、通信士によって対抗心の源泉に栓が突っ込まれる。


『うるさい、剥ぐぞ(何を?)。いずれ私に感謝すことになるだろう。それより「村瀬啓太」の情報だ。』


村瀬啓太と聞いて、源泉の噴き出す勢いが弱くなる。感謝しろと言われてもあんたの評価は今の総理大臣のように底までいったよ。せめてマニフェストくらい書け。


『奴は「裏」の構成員だ。そこまではいいな?奴には同じ組織に兄がいて、先月その兄を我々の方の違う管轄で始末した。こちらのことを探っていたのでな。そして、ここからは推測だが奴の任務はサブリミナル技術の奪取及び護衛だ。』


つまり、「裏」の啓太は足を洗った研究員兼校長から技術のデータを奪ってこい。そして、他に奪われるな。という任務が課せられている、と推測されている訳である。簡単に言えば俺と啓太は敵同士ということになる。元々「闇」と「裏」はいがみあっているが。

だが肝心な部分がいまだに理解できない。なぜ、彼が俺の事を「闇」の構成員だってことに気付いたのかって事だ。それを通信士さんに訊いてみたところ


『私もさっきの屋上での対談を聞いた限りでは推測のしようもない。そこは自分で調べてみてくれ。』


分からない、と。どうやら、自分が彼の秘密を暴かなければならないらしい。今度は対抗心とは違う源泉が湧きあがってきた。あとはどうこの源泉に浸かるかだ。

久々に使命感に身をたぎらせている拓海だったが、周りの視線が自分に集中している事に気付く。

あれ?とか思っていると、ハゲた古文の教師に睨まれていた。チョークで黒板の一部分をトントン叩いている。


「転校生君。君はどうなんだね」


話の脈が全く分からない。ずっとあの通信士とやり取りしていたせいで授業を聞いていなかった。質問さえ聞いていれば余裕で答えられたものを。こういう所で訓練の成果を使わないで何のための訓練だ。しかし、神はまだ我を見捨てては無かったようだ。古文の教師は髪に見限られたようだが。


『海援隊を組織した人は?』


おお、ミゼルよ。神の御使いよ。通信士が平坦な声で古文の教師が出したと思われる質問を俺に回してきた。にしてもこのマイク感度いいな。教師の声が聞こえるくらいなんて。


「坂本竜馬っ」


自信満々で答えを言う。この程度の問題、小学生でもできるわ。鼻息を荒くしてふんぞり返っていると古文の教師が大仰に溜息をつく。クラスメイトの反応ももはや笑いを通り越して呆れと哀れをブレンドしたもの。ようやく自分の犯した重大なミスに気付いた。というか、多分これは自分のミスではない。

古文の時間になぜ坂本竜馬が出てくる。

はめられたのだ。あの性悪通信士に。天使が悪魔に生まれ変わった瞬間を見た。

二時間目の終了を告げるチャイムが気まずそうに鳴る。そう聞こえたのは自分だけかもしれないが。耳たぶから聞こえる笑い声が鼓膜に響くたび心の傷は大きくなってゆく。もうやだ。


「今日の授業はこれまで。ちょっとそこの転校生。後で職員室まで来なさい。」


初日から呼び出しをくらう。もう心はハートの形状をとどめてない。もう二度とハートの形には戻れない気がする。あの啓太が自分とは無関係というオーラをプンプンだしているのにも何も感じない。心の痛覚が焼き切れているのだ。俺はもう男を捨てたぜよ。


思えば今日の今までに通信士に対する信頼度はなんど危なく急上昇・急下降したことか。



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