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第一章 青い闇 6

「本日、この学校に転校してきたたけだ・たくみ君です。みんな仲良くしてあげてね」

黒板に武田拓海と白チョークで書きながら、ベージュのスーツを着た三十路担任が簡単な自己紹介をしてくれる。勿論偽名だ。夏の暑さがほのかに感じられる今日この頃。転校してくる時期としては微妙なころ合いだった。夏休み明けにくる定番の転校生イベントを三カ月ほど早く体感した生徒達はザワザワと近くにいるクラスメイトと会話する。拓海の口元と耳たぶにはリーダーと同じ様な小型無線機がつけられていて、通信士さんと連絡が取れる。

担任(30)がこちらに目を向けてくる。その目にははっきりとさっさと自己紹介しろよという文字が躍っており、拓海はようようと自己紹介をする。これ位は別に通信士を通さなくても大丈夫だ。何とか指定されたキャラで通してやる。

「どうも、○○公立高等学校から転校してきました武田拓海です。よろしくお願いします。趣味・特技はありません。それなりにオールマイティーにこなせる自信がありますので、気軽に声をかけてください」

言いきった。大丈夫なはずだ。微かに激しくなった息を抑えて耳から入る通信使の声を聞く。

『大丈夫だと思うわ』

突起の少ない平坦な声。みなくとも先日突貫工事が行われた通信室で椅子にふんぞり返った女性のやる気ない姿がありありと目に浮かぶ。気にせず目先の事に対応しよう。十分な鈍器となるマニュアルを自宅(地下室)で読んだ時、自分が演じる生徒像はもう頭にインプットされている。まず学業は上の中という所。この私立高校も頭は悪くない。次に運動能力。これも上の中。最後に友人関係だが、特定の人物達だけと大根のようにまっすぐ友情を育てるのではなく、表現はおかしいが地中で育つピザの様な付き合い方をしなければならない。無駄な詮索をされず、かつこちらが話しかければ応答して談笑はできる程度の仲だ。全員とすれ違えばある程度のあいさつが帰って来るくらいの。決してプライベートでは一緒になってはいけない。

「じゃあ拓海君。そこの窓際の席に座ってください。」

そう言って独っと指差した「独」身担任の指先延長線には後ろから二番目の窓際の席があった。クラス全員が席と自分を交互に見比べていて、なんだか寝踏みされているようで恥ずかしくなりそそくさと自分の席へ向かう。その時だった。テニス部だろうか。ある女子生徒の机のわきにかかっていた無駄にでかいテニスバックに明日を引っかけてしまうのだった。バランスが崩れて、床にある綿ぼこりの数が数えられるくらいになった時耳元に短い単語が連なる。

『コケろ』

本当に短い。通信士さんはまじめだな。音声だけでここまで場の状況が読み取れるか。さすがだ。キャラ作りの一環だろうか。

咄嗟に受け身をとろうとしていた拓海だがそれも徒労だった。痛みを覚悟して目をギュッとつむる。走馬灯が流れた。昨日の食堂にいたハエ、どうやって入ってきたんだろうな・・・。直後ゴンと自分の額が床にぶつけられ、気の早い除夜の鐘が朝九時の日本に響き渡る。茫然唖然とするクラス。大丈夫?と言いながら独独と歩いてくる独身(先月有望な彼氏に振られた)が目の端に映る。

「だ、大丈夫です。ハイ」

そういって突き出された独身の右手を笑顔で振りはらいつつ自力で立ち上がる。独身は先月振られた時のワンシーンと手を振り払われた事がシンクロし、独っと目頭熱くなる。やがて、クラス全部の視線が一人に収束したまま拓海は自分の席に座る。ガガと椅子を引き自分の席に座ってたっぷり二秒の静寂。針の落ちる音が聞こえそうな教室で、誰かが小さくプッと息をもらす音。それを皮切りにクラス中が爆笑の渦に包まれる。手を叩くもの、眼鏡を落とすもの、さらには泣いてしまうもの。自分を指差しながら笑う奴を見て拓海はムッとする。やっぱり受け身をするんだった、と。いまでは通信士で一人高笑いしている女性に面と面向かって年増と言ってやれる気がする。そんなムッとした顔が面白いのかまた笑い旋風が巻き起こる。そして、カバンを供託に忘れていた事に気付いて、路上で地理になりかけている独身を迂回しつつ、取りに戻る。その姿にまたしても笑いが起きる。



ホームルームの終わった約五分間の授業準備時間に、有る噂が学年十に瞬く間に広がる。


「1❘Cに面白い季節外れの転校生が現れた」と。



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