最終章
「銃は使うなっ。流れ弾が当たるぞ!」
グラサン男の声が響く。集団の丁度中心にいた拓海と啓太は、四方八方から飛びかかって来る黒ずくめの男達から身を捌いて避けていた。
「相手のグラサンも馬鹿じゃないな。いっそ銃を使ってもらた方がありがたかったかも・・・なっ」
同時に飛びかかってきた二人を片足でいなす啓太。
「このままじゃ埒が明かない。ヘリを奪って逃げるぞ。」
「おう。」
下っ端とはいえかき集められただけの存在。当然互いの顔を知っているはずがないと高を踏んでいたのだが、予想外の出来事が起きてしまった。右へ左へ視線をめぐらすも山田と藤田の姿は見えない。どこだ、と視線を張り巡らしつつ、片手で突き出された両手を払う。いた。グラサン男の隣で報告をしている。やがて、グラサンと目があった。ニタァと笑われ、気味が悪くなる。視線を逸らし、グラサンの隣で抱き当っている二人と視線を合わす。二人の目には驚愕と不安がありありと彩られていた。今は無理だけど、後で助けに来る事を心で誓う。
そして、啓太と拓海は一旦止んだ攻撃に便乗し、さっきまで乗ってきたヘリに腰を落ち着かせる。
ジャギンと銃を構えた戦闘員にハラハラしたが、グラサンが声を張り上げる。
「ヘリに当たったら傷がつくだろうが。銃は使うな!」
この時ばかりはグラサンに感謝感謝。
「なぁ、村瀬ヘリは運転できるか?」
「訓練で一度だけ握らせてもらったことのある程度だ。期待すんじゃねえぞ」
そう言って、啓太はヘリのローターを高速回転させる。ドンドン近づいてくる黒い集団。やがて、一人の手がかかった瞬間、ヘリは浮いた。
一人の男がくっついたままヘリはフラフラ上昇を続ける。正直言って危ない。クソ、とか言う声が下から聞こえてきたが、しばらくすると何も聞こえなくなった。
「俺のヘリを返せっ。」
しがみついていた男はそういう。拓海は聞いてみた。
「名前は?」
「俺は山根だ」
山田並の長髪に宇宙人みたいな顔。
たしか、そんな芸人いたなあ。あ、思い出した。アンカールスだ。
「とりあえず、上がれ」
そういって、山根に手を貸す。
「何をするつもりだ、拓海。」
啓太がこちらを見ずに声を上げる。よほど余裕がないらしい。
「いいからいいから」
そういって、山根を引き上げる。しばらく、地上に打ち上げられたイカみたいにもじょもじょやってたがやがて立ち上がる。
「お前らいますぐこのヘリから降り・・・」
腰に手を当て、高らかに宣言した山根の額に拳銃を突きつける。
ゴクッと生唾を飲み込んだ山根は両手を上げる。
拓海は顎をクイと、操縦席に動かした。
無言の圧力の様なものに圧し負けた山根はそろそろと後頭部に拳銃を突きつけられたまま啓太と操縦席を交換する。
山根は操縦幹をいじりながらチラと怖い物を見るような目つきで拓海をチラ見する。むす、とした表情に山根はブルッと肩を震わす。
拓海はただ単に村瀬の操縦があまりに下手なため乗り物酔いを起こしただけだったのだが。
一番星と言わず、二番星、三番星が見える頃になった。
一足先に丸禿山にたどり着いた拓海達は、またしても山根をヘリに縛り付け、思う。
(こうやって、2回もヘリを強奪して、絶対他のヘリって定員オーバーしてるよね)
なんか哀れみを込めて、遠くに見える三台のヘリを見てしまう。うち一つはフラフラとした軌道で飛んでいる。操縦士の山田がいないからだ。今頃トイレの中でハエと戯れているはず。にしても、あの豪邸で親子二人で過ごしていたとは。そんなでかい家と庭なんか売り飛ばせばいいのに。と思ってしまう。二人には大きすぎるのだあの家。
「村瀬、制服で行こう。」
「また、なんで?」
「こっちの方がなじんでて動きやすいんだ。」
「そんなもんか?」
「ああ」
思えばたった二日間しか高校に通っていない。最初リーダーに言われた長期の任務は何処に行ったのやら。でも、この制服は何年も来ていたかのようになじんでいた。
「そうか、じゃあ俺もそうするよ」
そういって二人で防弾チョッキを脱ぐ。
「どうする、今から。」
村瀬が聞いてくる。正直、次どう動けばいいか分からない。
『すぐそこに派遣した部隊がいる。今向いている方向から三時の方向』
またしてもこの人に救われた。いくら感謝してもし足りない。
幸いまだ光のないこの森でも真っ暗にはなっていない。もともと、夜の中行動するため夜目を身につけるための訓練は受けてある。だが、一切の光がない時はさすがにお陀仏だ。急いで合流しなけらば。
「行くぞ啓太」
ヘリを放置し、拳銃を一人一丁ずつ持ったほぼ手ぶらな状態で、けもの道をひた走る。
三分ほど走ったころだろうか、ようやく車らしきものが見えた。結構な大型車で、真っ黒に塗りつぶされている。そろそろ本格的な夜になりそうだ。
「おーい」
そういって、拓海が駆け寄る。
突如、車のドアが一斉に開き、中から男達が出てくる。数は三人。それぞれプロの風貌を持った素早さでこちらにアサルトライフルを向ける。「裏」の下っ端とはまた違うスマートな形をしている。着ているものも、「裏」のようなゲームに出てくる感じのブカブカしたやつではなく、それこそ特撮ヒーローが身にまとっているコスチュームの様な感じだ。体のラインにぴったり沿っている。ただし、全員ブラック。
「何者だっ」
銃を構えながら一人の男が問う。腰に引っ提げられている拳銃をみて直の音警戒の色をあらわにする。
「えっと、僕たちは・・・」
説明しようと口を開きかけた拓海を遮ったのは車の中から聞こえる女性の声。
『彼らは、「闇」の構成員とその仲間よ。手厚くもてなしなさい。一応片方は貴方達の上司。』
つまり、こいつ等は「闇」の下っ端か。なんか、俺達よりよほど戦闘が出来そうな・・・。
「失礼しました。えーと、お名前は」
いそいそと三人は立ち上がり、恭しく頭を垂らす。先程の男がまたしても質問を重ねる。今度はもっと柔らかい腰つきで。
「えと、僕が武田拓海で、こちらが村瀬啓太です。ちなみに僕が「闇」です。」
あたふたと、答え、流れる線を描くヘルメットを見る。
「武田上官と啓太さんですか。作戦の概要はすでにお聞きになっていますか?」
首をかしげる二人を察し、男は説明する。
彼の名は池本と言い、今この丸禿山を取り囲むようにして七つの小隊が取り囲んでいる。一つの小隊当たり三人。総勢二十一人での構成だ。確か、敵の数は目視でおよそ百。ざっと五分の一の兵力だ。なにぶん人手不足だし。そして今回の作戦の概要は、紫藤校長とその娘の奪還。ということになっている。池本の指揮する第三小隊は突撃部隊だったらしい。敵の中心に突撃して遊撃する。
ヘリは、山の頂上に着陸させて、すぐそこの開けた場所で尋問を行うようだ。標高は二百。もう山という範囲に入らないかもしれないが一応山だ。山は斜面ができている。
そこまで話を聞いた後、二人は、大型車の背後に回って、トランクを開ける。そこは、男のロマンほとばしる光景が広がっていた。多彩な武器に、それに見合うだけの弾数。装備。物資。なんでもありだ。
村瀬は目を輝かせ、ごつい銃を手に取る。
「なぁなぁ、俺これ使っていい?」
キャッキャはしゃいでる村瀬は、戦車をかわすための携帯ロケットランチャーを担いでニコニコしている。そんな幸せを邪魔して悪いが、拓海はロケットランチャーを奪い取り、元の場所に戻す。
「この山の中、動きやすさが第一だ。今使っている拳銃でいい。・・・できればライトと携帯ナイフを貸していただけませんか?」
ちぇー、と不貞腐れて、武器を眺めるにとどめた村瀬を尻目に、池本に要望を出す。
すぐにナイフとライトを二つずつ出した池本にさらに要望を重ねる。
「このハンドガンの弾も補充してください。」
「わかりました。」
後はその時を待つだけだ。
約十分後、ヘリ達は山頂に降り立った。
「では、行きましょう」
池本は他の小隊に俺達がいる事を伝え、通信士さんが突撃命令を出す。
この先は、未知と言った道がないため、走っていく。池本さん達はサブマシンガンを持って、突撃していく。突撃するのは三個の小隊。九人+二人で総勢十一人となった。他の小隊は臨機応変に行動する予備兵力だ。
ライトの光が照らす中どんどん進む一行。その先には、黒ずくめの集団が蠢いていた。バラバラに散って警戒をしているにもかかわらず敵は、突然の来訪者になすすべもなくボーっとしているだけ。手元のライトを当てる行動力すら見せない。
池本達を、持ち前の速さで駆け抜ける。拓海と村瀬。景色がグニャと歪む。
すぐに戦闘集団の前に躍り出た拓海と村瀬は、目の前にいた二人の戦闘集団を素手で丸めこむ。
拓海が背後から相手の首を絞め、もう片方の敵の腹を村瀬の拳がラッシュを決める。
泡と胃液を吹いて倒れる敵。それを乗り越え、前方の敵へ静かに接近する。もう池本達の出番すらない。そう、思いきや、敵の内の一人が、ライトの光を偶然池本の部下一人に当たる。苛立ちを含み、横っとびに避けるがもう遅い。
サブマシンガンを構え、敵はありったけの声で叫ぶ。
「敵襲ーっ」
同時に銃弾がまき散らされる。杉の木に身を隠し、何とかやり越す。
相手はもう弾が無くなったのか弾倉を入れ替えようと躍起になっている。だが、なかなか弾倉がはまらないらしい。その隙を狙い、池本が飛び出し、二発弾を放つ。まったくの無音ではじき出された銃弾は、拓海の目すらも欺き、気がつけば相手は地面に倒れ伏していた。さすが「闇」。下っ端にまでこんなに高性能な武器を与えるなんて。ちょっと試し打ちしてみたい欲求が起こる。
だが、池本から銃を借りる暇はなさそうだ。すでにあちこちで交戦している音が聞こえてくる。
それにしても、山田と藤田の姿が見えない。
彼らは今一体どこにいるのだろうか。
目の前にいる男の顎を掌底でぶっ飛ばして、倒れた男のヘルメットを取る。ちがうこんなおかまみたいな顔はしてない。意識の残っていた彼の鼻先にライトで一発くれて、夢の世界への出発式を終えた後。ドカスカ他の奴らも夢の世界へ送り届ける。
たった二人の友人の為に、沢山の男どもを三途の川に落としかける。
ホントに、いい奴だ。俺って。
所変わって丸禿山頂上。
「隊長、全方面からの同時侵攻を確認。敵は「闇」かと思われます。正直言うとやばいです。」
「リーダー、特に東面の損害は著しいです。素手で阿修羅のごとく戦う高校生が二人もいると、兵士はおちおち落ち着いて戦うことができません」
「キング、敵の予備兵力と思われる部隊も包囲網を縮める様にしてこちらに近づいてきています。その際、こちらの負傷した兵士が外へと引きずり出されて、どこかに収容されている模様!」
でっかいライトでもって照らされた付近では、聖徳太子でも決して聞きとる事はできないであろうこの喧騒の中、グラサンはじっと立っていた。グラサンを呼ぶ敬称でさえバラバラで、誰の事を言っているのか分からない。だが、彼は
「黙れっ」
バンッ
と懐から出した拳銃を天に向け発砲。山頂一帯が静かになる。遠くから怒号と銃声が聞こえてくるだけだ。
「いま使いを出して支部から増援を連れてきているところだ。あと二十分もすればここに援軍が来る事になる。それまで今しばらく時間を稼げ。」
ハイッ。
とその場にいた戦闘服が四方八方へと散っていく。下でやられている同志を助けるためにだ。
「おい、確か山田と藤田とか言った奴。ちょっとここへ来い。」
呼ばれたのは二人の兵士。立ち止まった二人にグラサンは笑顔を持って用件を言う。
「高校生の話、聞かせてもらおう。二十分間の暇つぶしに。」
下から予備費力の戦力投下もされ、拓海達は怒涛の快進撃を進めていた。下から上にと言う不利な状況にもかかわらず、ズンズンと山頂に近づく。もう周りは真っ暗だ。ライトの光と自分の目だけを頼りに相手を叩く。池本達はヘルメットに搭載された暗視ゴーグルで戦っているようだ。だが、「裏」の連中はそんな便利なものがあるわけでもなく、暗闇の中で戦うための必須アイテムのライトもなく、ただ、ライトの光めがけて銃を少しずつ撃つだけ。乱射したら仲間に当たってしまう。そんな中を池本達が暗視ゴーグルを使って相手の兵士を着々と削っていく。「裏」の連中はいつ自分がやられるか分からない状況の中でビクビクシしながら光源を探す。だが、気がつけば目の前に真っ白い光が照らすと同時に天地が逆になる。倒れて意識が遠のく途中にあの白いのが相手の笑った時にこぼれた真っ白い歯だと気付かされる。
勝負はもはや見えていた。
ピタリと遠くから聞こえていた銃声がやむ。
山田と藤田はもともと村瀬の護衛と言う事で高校に入学したのだった。しかし、突然村瀬が組織を「やめる」と言った時、二人は上司から基地に連行するように頼まれた。タクシーやららーめんやらで釣ろうとしたが駄目で、基地に戻った時にいきなりこの作戦に駆り出されたそうだ。もう片方の高校生とはただ単に馬があって、仲よくしていただけらしい。
つまらない物を聞いたと思ったときには、周りは静かになっていた。さっきまでここに護衛として残しておいた戦闘部隊は既に前線に投入してしまっている。山頂に残っているのはグラサンに山田と藤田、ヘリの中に幽閉している親子の五人だけ。嫌な予感がしたグラサンはヘリの中に入り、親子を拳銃で脅してつれ出す。親子はさるぐつわと、目隠しをされていた。二人に正座しろと命じ、山田と藤田にもっと警戒するよう促す。
次に聞こえてきたのはヘリのローター音だった。暮れた夜に聞こえてくる音は、山にこだましてどの方向からきているのか分からない。やがて、ヘリ特有の渦を巻く風が、五人の頬を撫で切るような勢いとともにヘリの全貌が見えた。それはグラサンが使いに出させたヘリだった。中には三十人ほどの兵士がいるはずだ。
ヘリは五人のすぐ脇に着陸した。
同時に、杉の樹海がざわざわとゆれる。山頂に上がってきたのは総勢十五人程の○○戦隊のブラック。そして、とある私立高校の制服を着た二人の生徒。
ここで、最後の戦いが起ころうとしているのは、誰の目にも明らかだった。
「総員、展開せよ!」
喜々とした面持ちで、グラサンは俺達「闇」+元「裏」で構成されたチームを指差す。
ヘリのドアが開かれ、三十人弱の兵士が表へ飛び出してくる。
暫くの睨みあい。互いの陣も一つの動作も見せず、ただお互いの事を睨んでいる。それぞれが銃を構え、いつでも引き金を引けるように指をかける。そして、均衡は崩された。
決して血みどろの結果に至らない、いい方向に。
一人の男が、ゆっくりと自陣から抜け出る。
ヘリの前に構え、いつでも自分に風穴をあける事が出来る兵士たちに近づく。
グラサンが、そんな制服を着て戦場にくるという非常識な青年を指差す。
「総員撃てー」
全ての銃口から弾が飛び出し、青年の体に複数の穴をあける―――事は無かった。鋭い視線で無言の圧力を振りかける。敵味方関係なく。
指にかかった引き金を誰も引く事が出来ず、冷や汗を流す。
いまいましげに舌打ちをしたグラサンは自ら拳銃の照準を拓海の額に当てる。だが、その引き金を引く事が出来なかった。なぜなら、自らの手から拳銃がはるか後方に飛ばされたのだから。
やがて、飛ばした張本人は両陣の間に立つと、語り始めた。
「もし今の自分が「表」の人間になったとしても、行くあても帰る場所も縋るものもない状態から始めなくてはいけない。「表」の人間は生まれてきた時からそれらの物を持っている人が多いけれど、「闇」や「裏」の人間にとっては「表」の世界にあるそれらのものなんてほぼ皆無に等しい。それに、今の自分、というより「闇」の人間となったその時から自分には帰る場所や縋るもの、行くあてがあった。それらは「表」にはないけど、「闇」にはある。ずっとそう考えてきた。」
目の前に、己が姿を晒していて、今まで何人もの同胞達を倒してきた憎い憎い憎悪の対象がいる。引き金を引けば、少なくとも一人の敵を葬り去ることができる。
だが、彼らはできなかった。
気圧されたような催眠でもかけられたような、不思議な感覚に陥る。「闇」の人間も例外ではない。ヘルメットで顔こそ隠れているが、視線は絶対に「裏」の連中から引っぺがされているはずだ。村瀬にいたっては、口をだらしなくあけている。
それだけ、今の拓海の体からは不思議なオーラとも言うべきものが漂っていた。
「でも違ったんだ。それは自分の傲慢にすぎなかった。「闇」にあって「表」にない。そんな風に自分で自分を騙して、割り切っていたのは自分に、「表」の世界に対する欲求を抑えるためだけだったんだ。」
山の頂上は杉がない。だから丸禿なんていう名前がついたのだろう。こんな大事な局面にもなってそう考えてしまうのはどうしようもない。こんな話をしながら、心の中では常にわらっているからだ。こんなことにも気付けなかった自分に対して呆れてしまっているのだ。
話術の術の字はない。ただの己の心内をぶつけるだけの子供の理想の様なものだ。
だが、ライトに照らされた男の姿は神話の一ページに刻まれた神の如く、黒くつつまれた空間に光を巻き散らかすよう。
「「闇」にある物を捨てるのが怖くて、「表」の世界を勝手に自分の敵として認識してしまっていたんだ。
だけど、どうして今あるものを捨てなければならない。新しい物を手にして何が悪い。違う世界に足を踏み入れてはならないというルールが何処にある。
みんなもそうだろう。こんなところで、自分の命を捨てて、自ら持っている暖かいものなぜ捨てなければならない。こんなことをしても、持っているものを守るわけでもない。それどころか、持っているものを傷つけかねない。」
そこで、スゥと息を吸う。夜の冷たい空気が肺一杯に広がる。
「武器を置けっ。大切なもの、持っているものを守るために!」
我ながら恥ずかしいセリフだ。言った後、拓海はすぐに顔を赤くする。だが、効果はあったようだ。
こんなにうまくいくとは思わなかった。頂上のあちこちから銃を置く金属同士がぶつかり合う音が鳴る。そうして、全員が武器を戦場を投げ捨てた。
自分がまだ腰に拳銃をぶら下げているのに気付き、慌てて床に投げ捨てる。
同時にその場にいる全員が同時に歓声を上げる。
うおーだのぎゃーだの。沢山の喜びの声があふれる。
陣計が崩れ、違う服装の人々が入り混じる。なにも乱闘をしている訳ではない。互いにたたえあい、足をふみならし、手を叩いているのだ。
この場にいる誰もが皆、元々戦いが好きではなかったのだ。戦わないで済むならそれでいい。
だが、やっぱりどの世にも例外と言う例外がある。
喧騒の渦からはずされて、影が薄くなっていたグラサンだが、拳銃をつかみなおし、紫藤校長たちのもとへ寄る。
目隠しをされて、場面は聴覚の刺激からしか読み取れないけれど、拓海の声は聞こえていた。
ちゃんと彼は自らの道を得られたようだ。あの時、自分が下手に助言をしていたら、彼の向かう道は違っていただろう。そして、この場にいるみんなの心の琴線に触れる事が出来たのは、彼自らが悩んで出した結果だろう。
うんうん、と取りあえずハッピーエンドな雰囲気にさるぐつわをされて満足に声を出せない状況で頷く。
しかし、ハッピーな時間はそこで途切れることとなる。
「んぐーーー」
突然、耳元に鳴り響いた愛娘のくぐもった悲鳴に、紫藤は大慌てで身を捩じらせる。
「うるせー、黙ってろこのアマぁ」
そこには、サングラスを投げ捨て、片手に汐織。片手に拳銃を持ったノーサングラのグラサンが立っていた。こいつ、かなりの垂れ目だな。
場に一気に緊張の糸が張られる。
「この任務が成功した暁にはデスク組へ昇進の話も出てたのによ。俺の人生邪魔しやがって、おとしまえつけてやる。」
そう言って垂れ目が拳銃を汐織のこめかみにつきつける。
そこにさらなる敵があらわる。
「手伝わせていただきます。」
「私も同感です」
垂れ目の前に出てきたのは隅の方で固まっていた山田と藤田。手にはしっかりとサブマシンガンが握られている。
どうやらこいつ等の心には先程の拓海の声が届いてなかったようだ。
「俺が先に行く。お前らは背後を警戒しろ。」
そう言って、そそくさと山を下りて行ってしまう。全員がそいつの姿を睨む中、垂れ目をさらに垂れ下げてニタァの性悪く笑う。その顔を最後に、完全に姿が見えなくなってしまう。
「お前ら、本当にそれでいいのか」
村瀬が拓海の気持ちを代弁する。しかし、彼らは悪戯を思いついたかのような笑いを漏らす。そこにどこか引っかかりを覚えた。
「何の事かな村瀬君。俺達の気持はもう決まったいるんだ」
「そうだよ村っちゃん。俺らはずっとリーダーの事を思って行動しているんだ」
意味深な言葉を言いながら、二人は後ろ向きに「早く来い」という声が聞こえるスギ林の中を下っていく。
下に展開している包囲部隊も、人質を取られている以上、迂闊に動くことはできないだろう。
誰もが唇を噛み、垂れ目の去って行った斜面を見やる。後悔しても遅い。
拓海は斜面に向かって駆け出そうとしたのだが、村瀬が肩をつかみ首を左右に振る。
校長が、縛られたまま右往左往しているのを見ると痛まれない気持ちになってしまう。
先程とは違う静寂が頂上を支配する。ある声が聞こえるまで。
ぎゃーす。
間の抜けた、だが緊迫感だけは妙に伝わるその悲鳴。
その直後に、斜面から三人の人影が姿を現す。そこには・・・
エピローグ
あの事件以来、「闇」と「裏」は内側からの反発で解体された。もう「表」という区別もなく、世界は一つの「世界」として成り立った。
あの時、斜面から降りて行った山田と藤田は汐織を連れて戻ってきた。垂れ目は後ろから二人に殴られ、気絶した。ホント、デスク組の方が向いていただろう。そんな彼は、すぐに更生するとは思えないが、今は元「裏」のメンバーと一緒に暮らしている。山田と藤田は上がってきた後、拓海と村瀬にラーメンをおごらせる約束をして二度目の喧騒の渦の中に英雄として飛び込んで行った。汐織は、縄とアイマスク、さるぐつわを外され、父親と抱き合っていた。何度も何度もよかったよかったという父親に娘はなされるがままになっていた。
実は彼、紫藤校長は研究員等ではなかったのだ。そんな事を、聞かされた拓海は当然目を丸くした。研究員だったのは、紫藤の妻、紫藤遥であり、紫藤は不甲斐ないサラリーマンだったのだ。二人の出会いはさておき、病気で死んでしまった母親の裏の「仕事」を娘に教えた後、娘の名字を母親の旧姓に変えたのだ。もし、死ぬ直前に研究結果を渡された紫藤が狙われるなら自分だけという事で行った措置だった。この結果になってしまったが。いや、研究をしているふりを、「闇」と「裏」の信じ込ませるのはとても苦労したってことは今では思い出だ。
やがて、村瀬たちと別れ基地へと帰った拓海は、熱烈なお帰りコールを受けることとなった。その日は、皆晩御飯を食べるのも拓海が帰って来るまで我慢してくれて、あさみさんは御馳走をふるまってくれた。そして、その夜は、今まで勝つ事の出来なかったリーダー相手に将棋で勝つ事が出来たのだ。
二日間で高校を辞めるとさすがに怪しまれるから、拓海はとどまり続けた。今まで疎遠だった村瀬と奈良も加わり、山田と藤田とも過ごす日々が増えてきた。五人で囲んでいた輪は十人に、十人が二十人に。やがて、拓海を茎とする根は、広く、そして深く伸び続けていった。
そして、ついに「闇」と「裏」の世界は瓦解して、俺達は晴れて「世界」の住人になる事が出来た。
浅見さんとリーダーとはまだ一緒に暮らしている。リーダーは職場で働いて、あさみさんは家事に買い物、おしゃれにドラマにと忙しい。校長は元気に校長している。あの隠し部屋はいま、校長の趣味である「あんなにこんなに女の子」AKO480のグッズが大量に保管されている。いつの日か娘がそれを見つけるとはいままだ知らない。ちなみに田中は、紫藤家の愛犬がトイレでガリガリになっているのを機に、屋敷で働くことになった。今では気持ち悪いメイドとして汐織のネタとなっている。山根は現在消息不明。テレビでよく似たような人を見かけるが、多分その人は違う人だろう。
「日本人に似た宇宙人発見!国は解剖に踏み切る様子!」
・・・違う星の人だろう。
とにかく、皆元気だ。
確かに、拓海はサブリミナルとは何なのか。身をもって知ることができた。
サブリミナルは全ての人が扱う事が出来る。
拓海達は、無意識にそれを使って今日もさらに輪を広げていく。
だが、彼らは気付かなかった。いや、気付けなかった。
「闇」よりもさらに深い所に蔓延する、世界の中心でもある組織を・・・。
「「闇」と「裏」の連中は解散し、「表」に統合。彼らはまとめて呼び名を「世界」としました。
「ふむ、そうか。「闇」と他の世界の事を監視してきた我々にとっては仕事を失うことになる。近々「世界」の方へ顔を出す事にしよう」