第二章 接触 4
作戦も決まったことだし、と四時間目は比較的余裕をもって授業を受けられた。
やがて、放課後。
「ついに来たなこの時が。」
「ああ」
二人は校長室の前に立っていた。ずっと立っていた。ずっとずっと立っていた。ずっとずっとずっと立っていた。ずっとず・・・
「「お前がノックしろいっ」」
同時に肩をつかむ。
「この素晴らしい作戦を立てたのは俺!・・・の通信士」
「やっぱお前じゃないだろ。どっちかって言うと俺が今日サブリミナル技術を盗もうってしたのがきっかけだろ」
「うるさい、きっかけがなんだ、俺の方から協力してやっているんだぞ。俺の方が偉い」
「なんだよ、その偉いってのは、だったら俺の方が偉いよ」
「何処がだよっ、全然文脈繋がってねーよ」
またしても血で血を洗う争いが校長室前で勃発する。途中いろいろ言ってはならない機密事項がポロってレベルじゃないほど出てきたが、人がいないのをいいことにますます争いはヒートアップしていく。
やがて、さすがにこれ以上は他の人間に気付かれるんじゃないかってレベルにまで声量が拓海の口から吐き出される寸前、
「なにやってるんだね、君達」
ドアが外側に開いて、口を開けたままの拓海の後頭部にクリーンヒットする。当たった本人と村瀬がなまじりを大きくする。ひきら気度がマックスになりかけたところで、。
「・・・なにやってるんだね、君達」
紫藤校長が二度目のセリフを言う。
手段は作戦で計画したのより百二十度回転したものだったが、効果はあった。これぞ人類の神秘。臨機応変の素晴らしさ。
そうやって自分達の失敗に対する傷のなめあいの言葉を掛け合っている時、校長はお茶を出して二人をもてなしてくれた。
部活の始まった今、帰宅部である二人が学校に残っているのもそうだが、お茶を出してくる校長も普通ではない。
意を決したように村瀬が口を開く。
「あ、あのっ。実は僕達・・・」
「分かっている。サブリミナルの事だろう」
いきなり遮られ、いきなり心臓をつかれた。ビクッと心臓の驚きと同期した僕らの身体の動きを見て校長は陣割としみ込むように微笑みかけてくる。
「まだ、若いね。青さは抜けたようだが、まだまだすっぱい。」
意味深な言葉を吐いてくる。すっばいと言うからにはこのあとジャムにでもされて明日の校長の朝ごはんのお供になるのだろうか。奈良汐織の口の中に放り込まれることになるのだろうか。
ん?奈良?
「先生、失礼ながら娘さん、奈良汐織さんと名字が違うのはなぜでしょう?」
となりで村瀬が目を丸くするのを気配で感じる。恐らく、娘がいて、それがクラスメイトだってことにも驚いてるのもあるだろうが、失礼極まりない問い方にも驚きを隠せないようだ。娘がいたことに対する驚き半分で、失礼な俺の言い草に驚き半分。つまり、今の村瀬の顔は驚き百パーセント。
「実は、・・・まぁいろいろあったんだよ。」
説明しかけた父親がはぐらかすように言葉を濁す。失礼な言い草で聞いた上に、相手がこれ以上追及しないように求めているのだ。とりあえず、今はこの問題には触れないでおこう。だから通信士にあたる。
「なんで、そこの家庭事情を調べてなかったんだよ」
『だって、特に関係ないと思ったんだもん』
妙に上ずったその声が聞きなれなくて気持ち悪い。だが、そんなやり取りを校長は見ていたようで、
「その無線機・・・・・君らは「闇」の者なのか。」
ギョッとしたような目で見られる。あらかた予想がついてたはずだろうに。「裏」の連中と間違いでもされたんだろうか。
「いえ、こっちは「闇」の人間ですが、自分は「裏」の人間です」
隣の啓太がフォローを入れてくれる。紫藤校長は気を取り直し、恐る恐ると言った感じで聞いてきた。
「じゃあ、お二人さん。今共闘してるの?私・・・自分相手に」
「「はい」」
同時に答える。そして、ゆっくりと笑顔を作っていく。人懐っこくて、柔らかい。この人本当に昔「裏」にいたのだろうか。
「へー。いい物見れたなー」
またしても意味深な言葉を呟く。こちらが突っ込む隙もなく、
「君たちはサブリミナルの事について探っていたね。でも、教えるわけにはいかないんだ。口が裂けてもね。舌をかんだ方がましだ。
だけど、理由は君達が思っているような訳ではない。」
拓海と村瀬は顔を見合わせる。考えてる理由?そんなの、世界を掌握できる危険なものだから、か。
「世界征服ができるから、なんてヒーローものの設定の一つみたいな事はない。逆に、それは、とても優しくて、とても甘い。世界を征服するんじゃなくて、平和にするためのものなんだ。見える人と見えない人がいて、使える人と使えない人がいる。存在を否定する人もいれば肯定する人もいる。そんな代物なんだよ。本当のサブリミナルは。」
何処か達観して、世界のすべてを見据えたものだからこそ諭す事の許される安らぎ。説得力。言っている意味こそは分からないが妙に頷きたくなってしまう。だが、そんな話を聞きに来たのではないと、必死に雑念を振る。
「でも、どうしてもサブリミナル技術について知りたいんです。どうか教えてください!」
村瀬が必死に頭を下げる。そんな村瀬を見て校長は顔をあげなさいと言う。おずおずと言った感じで顔を上げる村瀬。そんな村瀬の目を紫藤校長がじっと見据える。たっぷり十秒、その場が絵画となりつつある所で校長は目を逸らし、ソファーを立った。
グラウンドで野球やサッカーをする生徒達を見て、言う。
「君たちは、「表」の人間になりたいとは思っているのかな?」
流れを無視する突拍子な質問にたじたじになる二人。だが、それも束の間、
「もちろんです」
今度響いたのは村瀬の声だけだった。言った直後に俺の声がないと気付いた村瀬は、こちらに首を回してくる。校長は俺が悩んでいる事に気付いて、心の中を吐露する様にすすめた。
正直、分からなかった。「表」の人間になってみたいとは思う。好きに買い物へ行ったり、友達ともプライベートで遊びに行ったり。恋愛だってしたい。なんでもかんでもやってみたい事ばかりだ。
でも、もし今の自分が「表」の人間になったとしても、行くあても帰る場所も縋るものもない状態から始めなくてはならない。
託児所やら園やらに匿われることになるだろう。でも、それは帰る場所作った事にも縋る場所を手に入れたわけだはない。「表」の人間は生まれてきた時からそれらの物を持っている人が多いけれど、「闇」や「裏」の人にとっては「表」にあるそれらのものなんてほぼ皆無に等しいだろう。それに、今の自分、というより「闇」の人間となったその時から自分には帰る場所や縋るもの、行くあてがあった。それらは「表」にはないけど、「闇」にはある。地下室の自宅には帰れるし、リーダーやあさみさんには日々縋り続けてる。任務をこなすっていうあてもある。
ホント正直、わからない。
村瀬は死んだ家族が「表」の世界にいる。縋る場所がある、帰る場所がある。
でも、俺は「表」の世界にはないない。あるのは「闇」の世界の中。
だけども、「表」の世界に行きたいという思いも強い。あさみさんや、リーダーと一緒に「表」に行けたらって思う。
二つの物を望むだなんて、どんだけ自分がわがままな甘ったれかよく分かってる。こんなんじゃ何も変われない事も。
たぶん、「表」の世界の人間は「裏」と「闇」の存在を知っていたなら入りたい、と思うのだろうか。世界の陰に潜って任務をこなすカッチョイイ自分の姿を望んでいるのだろうか。少なくとも、世界の陰はそんな甘いものではない。
「裏」と「闇」の人間は「表」の世界に行きたいと思っている。でも、多くの人はこっちの世界にしか居場所を築いていない。というか、この世界から逃げようとした途端に命が断たれる。「表」の世界に足を踏み入れることも叶わずに。
みんながみんな、生まれたときから生きる世界は決まってて、がんじがらめにあってるんだ。
そうまとめかけた時、またしても新しい疑問がはびこる。
生まれたときから?
たしかに、自分の記憶は「闇」にいる間の記憶しかない。しかも、その最初の記憶ですら霞んで見えない。
だけど、少なくとも村瀬は違う。ちゃんと、表の世界の記憶は残っている。「裏」と「闇」は違うけど、似た者同士のはずだ。
じゃあ、なんで、自分・・・リーダーやあさみさんにも記憶が無くなっている?
ポツポツ語り始めた拓海の言葉を二人は辛抱強く聞いてくれた。日はすっかり傾き、どの部活も終盤に傾き始めている。冷めたお茶はもう誰も手を出すまい。話の途中からもう一度ソファーに座った校長は、自分でもどんな顔をしているか分からない俺を見て、ゆっくりゆっくり、子供に説明するように語りかけてくる。
「拓海君は、「表」の世界に行きたい。っていってたよね。だけど、「闇」の世界も出ていくことはできない。ってことだね。正直、これは私がいろいろ言ってはいけない事だと思う。自分で答えを見つけるべきだ。でも、二つ目の、なんで記憶がないかって事は教える事が出来る。昔、私は「裏」の世界の研究員だったんだよ。だから、「闇」の情報も少なからず耳に入ってきたんだ。その中の一つに、それに関する情報があったんだ。「闇」の世界のスカウト方法は至極簡単、必要な人材、欲しい人材を、催眠で引きずり込むだけだよ。たまにニュースでやるじゃないか。誰誰さん行方不明。とか、あれは、「闇」に連れ去られたケースもあるんだ。でもそれを「表」の世界の連中が黙認しているから、すぐに報じられなくなる。世間と共に忘れ去られるんだ。催眠っていったて、サブリミナルを使ってるんだけどね」
「ちょっとまってください。サブリミナルを使って催眠って、サブリミナル技術はうちの「闇」でもまだ完成していません。まだ使えるはずがないんです」
いきなり話に割り込んだ拓海。びっくりしたように先程から黙っている村瀬が目を見開く。
「サブリミナル兵器は完成しているよ。そちらさんはね」
エッ?二人揃って豆を喉に詰まらせる。いや、単に驚愕のびっくりしただけ。
「だけど、まだサブリミナル「技術」は完成していない。」
「技術と兵器。何が違うんですか」
村瀬が拓海の気になっていた部分を引き継ぎ、質問を重ねた。
「兵器は「道具」を介して相手にサブリミナルを起こさせることで、技術は「人」を介してサブリミナルを起こさせること。簡単に言うと人間は生まれながらにしてサブリミナルを使う事が出来るのだ。」
「そんな話聞いたことがありません。」
「そうだろう、これは近年私が開発してやっと発見した事なんだ。他に漏れているはずがない。
でも、持っている力は微弱なんだ。全員、ほんと、少ない。でも、ある事はあるんだ。具体例を挙げるなら、友達と会って、友達にその服ダサイよ。って言われた時、少しは疑うよね。おれの服ダサイか?って。疑うにとどまるのは、その人の力が足りないだけなんだ。
だけど、やっぱりこの世には例外がある。少しずつ、成長するにつれて、心も育てると自然とサブリミナルを扱う力が増えてくる。すごい人になると、明日に地球は爆発します。といえあれても信じられるように。ただの話術じゃない。それだけじゃ足りない。」
「「・・・・・・」」
いきなりな言葉に、話を聞いていた二人は呆然とする。すると、いきなり校長は
「ここまで言ってなんだけど、もう帰ってくれ。下校時間が過ぎているぞ。」
「え、でも」
食い下がる村瀬を押しのけるように二人をドアの方へ押しやる。そして、バンと扉を閉じられる。呆気なく追い出されてしまった。
「仕方がない。今日は帰るか」
「だな」
カツと拓海が一歩下駄箱の方へ踏み出すそのとき、
『聖馬っ、そっちに「裏」の戦闘部隊が向かってるっ。衛星が今キャッチしたわ。到達時間はあと五分ってとこ。急いで逃げて!どうやらさっきの校長の話を何らかの方法で聞いてたらしい。』
拓海ははっとしたように窓の外を見る。微かに聞こえるこの音は・・・
「うお、いきなり止まんなよ・・・」
いきなり立ち止まった拓海にぶつかる村瀬。けど、そちらに気を取られている場合ではなかった。
夕日をバックにして、空を飛ぶ四基のヘリコプター。やがて、「表」の人間にも聞こえるほど大きくなった音は、バラバラバラと誰もいない校庭に響き渡る。
敵はすぐそこまで迫っていた。