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エデン ~ここではない場所~

作者: シギ









 望まなければ、失う事もない。












 ここは、綺麗な所だね。眼下に街が広がっていて、遠く海へと消えて行く。

 こんな風景を見ると、思い出さずにはいられない。夢を食べて、生きていた時もあったのだと……。








 昔、私が住んでいたのは、海のある所だった。港のすぐ近くまで山が迫っていて、街中が坂道だらけ、だったような気がする。坂道ばかり、なんてことはないのだろうけれど、思い出すのは傾斜のある景色。子供の記憶だし、強く印象に残っているものしか思い出せないのだろう。

 住んでいたのは、海を埋め立てて作った人工島だった。街で一番低いところ。だから、山に張り付いたような街をいつも見上げていた。 山はだは、最初、すきまなく人の手が加わっていて、街の中心部から離れるほどに何もなくて木が生い茂る部分が増えてく。

 山のてっぺんに鉄柱? あったかな? あったかも知れない。覚えちゃいないけど。

 ま、そんな樹ばかりの中に、夕日に映えてキラキラ光る建物があった。森の中に輝く建物。言葉にすると、まさにメルヘンだよね。

 うん。お伽のお城だと思っていた。夕焼けの時間にだけ、魔法が解けて本当の姿に戻るのだろうか、シンデレラやつぐみ鬚の王様がいるのだろうか。もしかしたら眠り姫が助けを待っているのかも知れない、なんてね。全く他愛ない。


 親には随分空想僻のある子供だったと言われるよ。確かに現実の世界を見間違えるほどの想像力は持ち合わせていたようだ。だって、それはお城なんかじゃなくて……。

 ああ、なんでもない。

 ほんのひと時だけ現れる、お伽のお城。行きたい。ずっと見ていたい。強く望んでいた。

 強く望んだことは、長くは続かなかった。理由? 引っ越し。二度と前の家に帰れないと知った時は、駄駄をこねて、泣いて大変だったらしい。

 だけど、泣き疲れて寝たらそれで終わり。どうしてだろう。そのあとは、お伽のお城のことも魔法の時間のことも、ほとんど、いや全く忘れていた。

 でもね、私は本当に行ってみたかったんだ。とても、綺麗な光景だったから、みんな幸せに暮らしていると思っていた。「めでたしめでたし」で終わった、エデンのような世界なんだと信じていた。




 幻想の世界と思い込んでいたからかな。記憶に沈み込んだ景色に出会ったとき、どうしていいのか、分からなかった。




 昔、住んでいた近所ね。と、親から言われても、何も思い出せなかったし、思い出せない事に不便を感じる事もなかった。こんな風に忘れたきりって記憶はたくさんあるのだと思う。





 通い始めた大学の窓から見えた景色。










 山の斜面に、キラキラ光るもの。海には沈もうとする夕陽。あたりは、暖かなオレンジ色で……。













 決して思い出したわけではなかった。

 酷く惹かれて、哀しくて。「哀しい」ではなく、「懐かしい」だったのかもしれない。感情だけが先走って、少しも理性がついてこなかった。

 行ってみようと思ったのは、私には自然な成り行きだった。正体不明の感覚に、振り回されることから、解放されたくて、思い立った次の日には出かけていった。


 地図を片手に坂道を昇った先、目の前にあらわれたのは、潰れ果てた温室だった。骨組みに、かすかに残ったガラスが夕陽を映して、眩しかった。がっかりした。同時に、がっかりした事が不思議だった。

キラキラ光るものの正体を確かめに来て、ちゃんと壊れかけた温室だと分かった。なのに、がっかりした。はじめて私は、何かを期待していたことに気づいた。

 思い出せそうで、思い出せなくて。しばらく、立ち尽くしていた。日がさらに傾いて、温室から輝きが消えて。

 私は、このとき辿り着いてしまったんだ。かつて、お伽のお城だと思っていた場所へ。



 すぐに、温室は取り壊されてしまった。けれど、ときどき今でも輝く幻を見る。

 だけど、もう、行ってみようとは思わない。





 エデンはここではない、どこかなんだ。永遠に……。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らしい。その一言です。 すぐにこの世界観に入ってしまいました。 ラストも「グッ」ときました。
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