↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

未来から来た俺が「彼女と別れろ」と言ってきた

掲載日:2026/09/18

 もし、未来の自分に会えたら。


 あなたなら、何を聞くだろうか。


 ロト6の当選番号?


 ビットコインは、いつ買うべき?


 十年後、どんな仕事をしている?


 それとも――今付き合っている恋人と、結婚できているか。


 俺なら全部聞く。


 せっかく未来から来てくれたんだ。


 使える情報は、一滴残らず搾り取る。


 まあ。


 そんなこと、あるわけないんだけど。


 ――そう思っていた。


「ぐはぁっ!!」


 金曜日の夜。


 自室で缶チューハイを飲んでいた俺の目の前で、何もない空間がガラスのようにひび割れた。


「な、なんだ!?」


 強烈な光。


 次の瞬間、一人の男が空間の裂け目からフローリングへ転がり落ちてきた。


「いてぇ……! 転移の衝撃が……!」


 男はボロボロだった。


 服は謎の白い粉まみれ。


 腕には無数の引っかき傷。


 髪はボサボサ。


 そして目の下には、死人みたいなクマ。


 だが。


 その顔には、見覚えがあった。


「……俺?」


「そうだ……!」


 男が顔を上げる。


「俺は未来のお前だ!」


「マジで!?」


 俺は勢いよく立ち上がった。


 来た。


 人生最大のチャンスが来た。


「ロト6! 次の当選番号! ビットコインは今買うべき!? 競馬でもいい、万馬券! 何か一個くらい金になる情報くれ!」


「そんなこと聞いてる場合じゃねえ!!」


「未来から来た奴にそれ以外何聞くんだよ!!」


 未来の俺は、俺の両肩をガシッと掴んだ。


「よく聞け、過去の俺」


「お、おう」


 血走った目。


 震える唇。


 冗談ではない。


 未来の俺は、本気で何かに怯えていた。


「今すぐ――結衣と別れろ」


「……は?」


 ロト6でもなかった。


 ビットコインでもなかった。


 世界の終末ですらなかった。


 未来の俺が最初に持ってきた情報は、


 付き合って一ヶ月の彼女と別れろ、だった。


「なんで結衣なんだよ!」


 結衣は、俺が先月から付き合い始めた彼女だ。


 おっとりしていて優しく、容姿端麗。


 料理も上手い。


 人の悪口も言わない。


 俺にはもったいないくらい、できた彼女だ。


「結衣が未来で何するんだ!?」


「説明してる時間がねえ! だが、このまま結衣と一緒になったら、お前は確実に壊れる!」


「壊れる!?」


「自由も!」


「うん!」


「時間も!」


「うん!」


「金も!」


「うん!」


「睡眠も!」


「急に生活感出たな!」


「全部なくなる!!」


 未来の俺は泣きそうな顔で叫んだ。


「二時間おきだぞ!」


「何が!?」


「毎晩、真夜中に凄まじい悲鳴で叩き起こされるんだ!」


「拷問!?」


「飯もまともに食えない!」


「監禁!?」


「大量の白い粉と紙切れに金が消える!」


「薬物組織!?」


「こちらの言葉は一切通じない!」


「洗脳!?」


「気に入らなければ食べ物を吐き出す!」


「怖っ!」


「暴れる!」


「怖っ!」


「俺の全身を傷だらけにする!」


「結衣、未来でどんな組織の幹部になるんだよ!!」


「組織……?」


 未来の俺が一瞬だけ首をかしげた。


「違うのかよ!」


「いや……ある意味、組織ではある」


「あるんじゃねえか!!」


 俺の背筋に冷たいものが走った。


 白い粉。


 謎の紙切れ。


 深夜の悲鳴。


 意思疎通不能。


 暴力。


 しかも複数人の組織。


 結衣。


 お前、一体どこまで行くんだ。


「おい、もっと詳しく教えろ! 結衣の背後に誰がいる!?」


「逃げろ……」


 未来の俺の瞳から光が消えた。


「奴らからは逃げられない……」


「奴ら!?」


「どこへ行っても追いかけてくる……」


「怖い怖い怖い!」


「風呂にすら一人で入れないんだ……!」


「もう完全にカルトじゃん!!」


「ぐあっ……空間が!」


 未来の俺の体が光り始めた。


「待て! まだロト6の番号聞いてない!」


「今そこ!?」


「じゃあビットコインだけ!」


「覚えておけ、過去の俺……結衣と一緒になったら、お前の人生は――」


「ビットコインは!?」


 未来の俺は、そのまま時空の裂け目に吸い込まれて消えた。


「そこだけ教えてけよぉぉぉ!!」


 部屋に俺の叫びだけが残った。


 ……いや。


 問題はそこじゃない。


「結衣……」


 未来の俺は確かに言った。


 結衣と一緒になれば、人生が壊れる。


 金も。


 自由も。


 睡眠も。


 そして風呂まで失う。


 俺はその夜、ほとんど眠れなかった。


 未来の俺と違って、普通に寝られる環境なのに。


 *


 翌日。


 カフェのテラス席で、俺は結衣を観察していた。


「どうしたの?」


 ストローを咥えながら、結衣が首をかしげる。


「なんだか今日、ずっと私のこと見てない?」


「そ、そう?」


「そうだよ」


 白いニット。


 柔らかな栗色の髪。


 穏やかな笑顔。


 どう見ても天使だ。


 だが昨日、未来の俺はその天使との交際を全力で止めに来た。


 つまりこれは擬態かもしれない。


 怖い。


「あ、いや……ちょっと将来のこと考えててさ」


「将来?」


 結衣の目が輝いた。


「ふふ。私もね、たまに考えるよ」


「……何を?」


 俺は身構えた。


「いつか家を建てるなら、部屋は多い方がいいなって」


 来た。


 未来の俺を精神崩壊させた拠点の話だ。


「へ、へえ……どうして部屋数が必要なのかな?」


「だって、賑やかな家の方が楽しいじゃない?」


 結衣は嬉しそうに笑った。


「笑い声とか、叫び声とか、一日中聞こえるくらい」


「叫び声!?」


「え?」


 昨日の言葉が脳裏をよぎる。


 ――毎晩、凄まじい悲鳴で叩き起こされる。


 一致した。


 完全に一致した。


「な、なあ結衣」


「なに?」


「もしさ、家の中に全然言うことを聞いてくれない相手がいたら、どうする?」


「え?」


「何回言っても聞いてくれなくて、すぐどっか行っちゃうような」


 結衣は少し考えた。


「うーん……追いかけるかな」


「追いかける!?」


「だって、そのままにはできないでしょ?」


 ――どこへ行っても追いかけてくる。


 また一致した。


 未来の俺。


 お前、全部本当だったのか。


「ところでさ」


 結衣がメニューを閉じながら言った。


「最近ネット見てて思ったんだけど、消耗品ってまとめ買いした方が結構安いんだね」


「……まとめ買い?」


「うん。毎日使うものとか」


 消耗品。


 大量購入。


 未来の俺は言っていた。


 ――俺の金が、ものすごい勢いで消えていく。


「ど、どれくらい買うつもりなんだ?」


「え? 必要なら箱で買うかな」


「箱!?」


「その方が安いでしょ?」


 箱単位。


 やはり何かを大量に消費する未来が待っている。


「あと、置く場所も必要だよね」


「隠し場所まで!?」


「収納場所ね?」


「……あ、はい」


「さっきから本当にどうしたの?」


 結衣が怪訝そうに俺を見る。


 危ない。


 点と点が、嫌な方向につながり始めている。


「ご、ごちそうさま!」


「えっ?」


「今日は帰ろう!」


「まだケーキ来てないよ!?」


「今の俺にケーキを味わう余裕はない!」


「なんで!?」


 俺は逃げるように会計へ向かった。


 *


 その日の夕方。


 結衣はアパートの俺の部屋までついてきた。


「ねえ、本当にどうしたの?」


「……」


「今日のあなた、ずっと変だよ」


 心配そうに顔を覗き込んでくる。


 優しい。


 優しすぎる。


 こうして相手を油断させてから、未来では白い粉と紙切れの組織へ――


 いや。


 もう考えるのはやめよう。


 未来の俺は命懸けで過去まで来た。


 なら、俺も決断するしかない。


「結衣」


「うん?」


「ごめん」


 俺は拳を握った。


「俺たち……もう会わない方がいいと思う」


「……え?」


 結衣の表情が固まった。


「どうして……?」


「このまま付き合い続けたら、俺の人生は終わるんだ!」


「何の話!?」


「夜中に悲鳴で叩き起こされる!」


「え?」


「白い粉に金を吸われる!」


「は?」


「食べ物を吐き出される!」


「ちょっと待って!?」


「風呂にも一人で入れなくなるんだ!!」


「本当に何の話!?」


 その時。


 廊下の空間が、再びガラスのようにひび割れた。


「やめろ、過去の俺ぇぇぇぇ!!」


 ドゴンッ!


 昨日の未来の俺が、派手に転がり出てきた。


「未来の俺!」


「本当に別れようとする奴があるか!!」


「お前が別れろって言ったんだろ!!」


「あの時の俺は三日まともに寝てなかったんだよ!!」


「知らねえよ!!」


「一回落ち着け!」


「落ち着けるか!」


 俺は未来の俺の胸倉を掴んだ。


「じゃあ教えろ!」


「何を!」


「結衣は未来で俺に何をしたんだ!?」


「だから結衣じゃない!」


「じゃあ誰だよ!?」


「落ち着け!」


「毎晩俺を起こして!」


「うん!」


「言葉も通じなくて!」


「うん!」


「飯を吐き出して!」


「うん!」


「体を傷だらけにして!」


「うん!」


「白い粉に金を溶かしてる奴は誰なんだよ!!」


 未来の俺は黙った。


 そして。


 ゆっくりと手を上げた。


 四本。


 指を四本立てた。


「……四人だ」


「は?」


「四人いるんだよ」


「何が?」


「子供が!!」


「……え?」


「四つ子なんだよぉぉぉぉ!!」


「「四つ子!?」」


 俺と結衣の声が重なった。


 未来の俺は、その場に膝から崩れ落ちた。


「生後三ヶ月! 一人が泣く! 抱っこする! もう一人が泣く! そいつを抱っこする! そしたら最初の奴がまた泣く!」


「……」


「エンドレスだよ!!」


「……」


「寝かせても起きる! ミルク飲ませても泣く! オムツ替えても泣く! 抱っこしても泣く! たまに理由なく泣く!」


「最後のは赤ちゃんだからな」


「分かってるよ!!」


 未来の俺は涙目で叫んだ。


「連続睡眠時間なんて概念は、我が家から消滅した!!」


「じゃあ白い粉は……」


「粉ミルク!」


「紙切れは?」


「紙おむつ!」


「服のシミは?」


「吐き戻し!」


「腕の傷は?」


「爪!」


「風呂に一人で入れないのは?」


「四人順番に入れてたら俺の番なんか来ねえんだよ!!」


「全部育児じゃねえか!!」


「そうだよ!!」


「じゃあ組織って何だったんだよ!」


「四人!」


「四つ子を組織って呼ぶな!!」


 未来の俺は、四本指を突き出した。


「でもな!」


「何だよ!」


「大人二人!」


 今度は二本。


「赤ん坊四人!」


 再び四本。


「最初から数で負けてんだよ!!」


「算数みたいに言うな!!」


「しかも敵は交代制だ!」


「赤ちゃんを敵って呼ぶな!!」


「俺たちが寝ようとした瞬間に誰か起きるんだぞ!? あいつら絶対シフト組んでる!」


「組んでねえよ!!」


 未来の俺は床に手をついた。


「俺は……ただ……寝たかっただけなんだ……」


「……」


「一時間でいい」


 声が震える。


「誰にも呼ばれず」


 床を見る。


「何も聞こえない場所で」


 拳を握る。


「横になりたかった……!」


「急に切実になるな」


「そんな時、義父さんの日曜大工の試作タイムマシンが目に入って……」


「ちょっと待て」


「なんだ」


「義父さん、日曜大工で何作ってんの?」


「タイムマシン」


「そこが一番おかしいだろ!!」


「俺も今はそこを気にしてる余裕ない!」


「俺はある!」


「とにかく一時間だけ過去で寝ようと思ったんだ!」


「それで俺のところへ?」


「そしたら昔の俺が缶チューハイ飲みながらダラダラしてた」


「悪いかよ!」


「羨ましすぎて殺意が湧いた」


「未来の自分から殺意向けられるとは思わなかったわ!!」


「しかも部屋が静かだった!」


「普通だよ!」


「誰も泣いてない!」


「一人暮らしだからな!」


「床におもちゃも落ちてない!」


「ないよ!」


「冷蔵庫に俺のプリンが残ってた!」


「食えよ!」


「それで魔が差した」


「だから『結衣と別れろ』!?」


「寝不足って怖いな」


「他人事みたいに言うな!!」


 その瞬間。


 再び空間が裂けた。


「あなたーーーっ!!」


「ひぃっ!」


 未来の俺の顔が真っ青になる。


 時空の裂け目から現れたのは――少し大人びた結衣だった。


 胸元の抱っこ紐に赤ちゃんが一人。


 腕にも一人。


 そして髪は少し乱れ、額には汗。


 それでも今の結衣と変わらない、優しそうな顔をしていた。


「ちょっと! お風呂の途中でどこ行ったの!」


「未来の結衣……?」


「あと二人待ってるんだけど!」


 穴の向こうから、


「おぎゃあああ!」


「ふぎゃあああ!」


 二人分の元気な泣き声。


「二人置いてきたの!?」


 未来の俺が叫んだ。


「置いてきたのはあなたでしょ!!」


「ごもっともです!」


 未来の結衣は腰に手を当てた。


「あなた、まさか……」


「な、なんだ?」


「この子たちが生まれないように、過去を変えようとしたんじゃないでしょうね?」


「違う!!」


 未来の俺が全力で首を振った。


「誓って違う! 俺は一時間寝たかっただけだ!」


「本当?」


「本当!」


「昨日の夜、『四人とも世界一かわいい、俺が一生守る』って泣きながら抱きしめてた人が?」


「それはそれ! これはこれ!!」


「じゃあ帰るよ」


「え」


「今日も寝かしつけ、あなたが担当」


「三十分!」


「ダメ」


「二十分!」


「ダメ」


「十分!」


「ダメ」


「五分!」


「帰る」


「せめて三分!」


 未来の結衣が、未来の俺の襟首を掴んだ。


「嫌だあああ! 睡眠をくれぇぇぇ!!」


「ほら帰る!」


「待て!」


 俺は咄嗟に叫んだ。


「未来の俺!」


「なんだ!?」


「ビットコインだけ教えてくれ!!」


「今それ聞く!?」


「ここまで来たら一個くらい未来情報くれよ!」


「ビットコインはな――」


 バシュンッ!


 時空の穴が閉じた。


「そこだけ教えてけよぉぉぉぉ!!」


 廊下に俺の絶叫が響き渡った。


 *


「……」


「……」


 残された俺と結衣は、しばらく黙っていた。


 世界の危機でもない。


 秘密結社でもない。


 洗脳でもない。


 単なる――


 未来の俺の、極度の寝不足による敵前逃亡だった。


「その……結衣」


「……」


「ごめん」


「……」


「未来の寝不足野郎の話を真に受けた俺が悪かった」


「……ふふっ」


「え?」


 結衣が顔を上げた。


 怒っていると思った。


 だが。


 その頬は、真っ赤だった。


「……未来でも一緒なんだね、私たち」


「……まあ、そうみたいだな」


「結婚してるんだね」


「……みたいだな」


「子供もいるんだね」


「四人な」


 結衣が少し考えた。


「……四人かぁ」


「そこ気になる?」


「だって」


 結衣は、少し嬉しそうに笑った。


「すごく賑やかそう」


「未来の俺、死にかけてたぞ」


「でも、幸せそうだったよ?」


「どこが?」


「だって――」


 結衣が俺の腕に、ぎゅっと抱きついた。


「四人とも世界一かわいいって、泣くくらいなんでしょ?」


「……」


 反論できなかった。


 結衣の体温が、腕から伝わってくる。


 柔らかな香り。


 嬉しそうな笑顔。


 なるほど。


 未来の俺が、一時間だけでも逃げ出したくなるほど追い詰められて。


 それでも結衣と別れなかった理由だけは――よく分かった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


もし少しでも楽しんでいただけたなら、気が向いたときに他の作品ものぞいてみてください。


また全然違う世界で、お待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。