第2話『はじめての10万再生』
夕方の空はゆっくりと紫色へと変わり始めていた。
西の空に沈みかけた太陽が、校舎の窓を赤く染め、グラウンドには長い影が伸びている。野球部の声も少しずつ静まり、代わりに帰宅する生徒たちの笑い声が校門へ流れていく。
そんな静かな放課後。
校舎の奥にある図書室では――
「……これ全部?」
春宮ユウトは目を丸くしていた。
机の上には白崎ミアのスマホ。
画面には大量の動画素材が並んでいる。
ミアは椅子の背もたれに寄りかかりながら、軽い調子で言った。
「うん。全部今日撮ったやつ」
「今日だけで!?」
「そうだよ」
「多すぎるよ……」
ユウトは苦笑した。
ミアは笑いながら言う。
「だって撮影好きなんだもん」
「編集のこと考えてないでしょ」
「うん、全然」
「正直すぎる……」
ユウトはパソコンを開きながら言った。
「とりあえず見てみる」
「お願い!」
ミアは机に頬杖をつく。
窓の外では桜の枝が夕風に揺れていた。
花びらが舞い、図書室の窓ガラスに軽く当たる。
カチ、カチ。
ユウトは動画を再生する。
映像にはミアが映っていた。
教室で友達と話す姿。
廊下を歩く姿。
購買でパンを買う姿。
自然体の映像だった。
「……なるほど」
ユウトが小さく言う。
ミアが身を乗り出した。
「どう?」
「素材はいい」
「ほんと?」
「でも長い」
「え」
「このままだと誰も最後まで見ない」
ミアはショックを受けた顔をする。
「そんな……」
ユウトは笑った。
「だから編集するんだよ」
「おお……」
「ここカット」
「ここテンポ上げる」
「ここBGM」
ミアは興味津々で画面を見る。
「すごい……」
「普通だよ」
「普通じゃないよ!」
ミアは驚いた声を出す。
「私いつも適当に投稿してるだけだもん!」
「それで50万フォロワーってすごいよ」
「顔の力」
「自分で言う?」
二人は笑った。
夕焼けはだんだん濃くなり、窓の外の空はオレンジから深い赤色へ変わっていく。
そして30分後。
ユウトが言った。
「よし」
「完成」
ミアが立ち上がる。
「もう!?」
「うん」
「早い!」
動画が再生される。
テンポよく切り替わる映像。
音楽とぴったり合ったカット。
面白いテロップ。
ミアのリアクションも強調されている。
動画が終わった。
ミアは固まった。
「……」
ユウトが不安そうに聞く。
「どう?」
次の瞬間。
「すごい!!!」
ミアが叫んだ。
「めちゃくちゃ面白い!!」
「ほんと?」
「これ私の動画!?」
「そうだよ」
ミアは大興奮だった。
「天才じゃん!」
「言いすぎ」
「絶対バズる!」
「まだ分からないよ」
ミアはスマホを構えた。
「投稿する!」
「今!?」
「今!」
ユウトは少し緊張する。
ミアはタイトルを打ち込む。
「タイトルどうする?」
ユウトは考えた。
「“リアル高校生活Vlog”」
「普通すぎない?」
「だからいい」
「なるほど」
ミアは投稿ボタンを押した。
「……投稿!」
画面が更新される。
再生数。
0。
二人は画面を見つめる。
静かな図書室。
時計の針の音だけが響く。
カチ、カチ。
ミアが言う。
「ドキドキする」
「僕も」
10秒後。
再生数。
12。
「来た!」
ミアが叫ぶ。
「まだ12だよ」
「でも増えてる!」
30秒後。
140再生。
「え?」
ユウトが驚く。
ミアも目を丸くする。
「早くない?」
「早いね」
1分後。
1000再生。
「えええええ!?」
ミアが椅子から立ち上がる。
「1000!?」
「ほんとだ……」
コメントが流れ始める。
『編集神』
『いつもより面白い!』
『テンポいい』
『神回』
ミアがユウトを見る。
「見た!?」
「見た」
「編集褒められてる!」
ユウトは少し照れる。
「初めてかも」
「え?」
「コメントで褒められたの」
ミアは笑った。
「これからいっぱい来るよ」
そのとき。
再生数が一気に跳ねた。
1万再生。
「え?」
「うそ」
ミアがスマホを震えながら持つ。
「1万……」
ユウトも信じられない。
コメントが止まらない。
『ミアちゃん最高』
『編集変わった?』
『神動画』
ミアはユウトを見て言った。
「ねえ」
「うん?」
「言ったでしょ」
ニヤッと笑う。
「絶対バズるって。」
そして数分後。
画面に表示された数字。
10万再生。
ミアは静かに言った。
「……すごい」
ユウトも呟く。
「本当にバズった」
二人は顔を見合わせる。
そして同時に笑った。
図書室の窓の外では、夜の空に一番星が輝き始めていた。
だがそのとき――
コメント欄に
ある言葉が現れた。
『編集者誰?』
『今までと違う』
『誰か裏にいる?』
ミアは画面を見つめる。
小さく言った。
「……まずいかも」
ユウトが聞く。
「どうしたの?」
ミアは真剣な顔で言った。
「もし君のことバレたら」
「うん」
「このチャンネル」
「終わる」
ユウトの胸がドクンと鳴る。
秘密のパートナー。
しかし人気が出るほど
その秘密は
危険になっていく――
(第3話へ続く)




