ギリ必殺技発明
【奈落の霊廟】。
街の外れの地下深くに広がる未だ最下層が確認されていない巨大地下迷宮。 その入り口である巨大な石造りのゲート前に俺は再び立っていた。ここは商会ギルドと国が管理下に置かれるンジョンで、要は重要な資源でもある。
数ヶ月前、ボロボロの装備でここを訪れた俺は門番に鼻で笑われ、一歩も中に入れてもらえなかった。「Fランクのソロ? 自殺志願者はお断りだ」と。 だが今日は違う。
全身を艶消しの黒で統一した竜素材の装束。 両腕には鈍く光る黒銀の籠手。そして腰には異様なプレッシャーを放つ漆黒の刀。
異質。 周囲の冒険者たちが遠巻きに俺を見ているのが分かる。
「なんだあの装備……」「どこの暗殺部隊だ?」
というヒソヒソ話が、俺の強化された聴覚には筒抜けだった。
「……許可証だ」
俺はマルコ商会が用意した『特別通行証(商会VIP枠)』を警備兵に無言で差し出した。 かつて俺を追い返したあの兵士だ。 彼は通行証と深いフードの奥にある俺の目を交互に見比べゴクリと唾を飲んだ。
「ど、どうぞ! 確認取れました。どうぞお通りください!」
俺は小さく頷きゲートをくぐった。 石造りの階段が暗い地底へと口を開けている。 ここから先は法も秩序も届かない魔境。 俺にとっての処女航海が始まる。
***
一歩足を踏み入れると空気が変わった。 湿った冷気。黴びた土の匂い。そして、どこからか漂う鉄錆のような血の気配。 肌にまとわりつくような濃密な空気が、ここが地上の理とは違う場所であることを肌感覚で教えてくる。
ドキドキと心臓が早鐘を打つ。 恐怖なのか、はたまた武者震なのか自分でも分からない。図鑑や講義でしか知らなかった「ダンジョン」という生態系の中に、今、自分が異物として混ざり込んでいる。その事実が冒険者としての探究心を刺激してやまない。
「……さて、まずは状況確認だ」
俺は立ち止まり、かすかに口を開け 【エコーロケーション】で いつものように周囲の地形を探る。
その瞬間だった。
ドクン……!!
脳内で情報が爆発した。
「……ぐっ!?」
俺は思わずこめかみを押さえた。 見えすぎる。 いや「聞こえすぎる」のだ。
地上でのソナーとは解像度がまるで桁違いだった。 通路の曲がり角の角度、床に落ちている小石の数、壁のひび割れの深さ、さらには50メートル先にいるネズミの心音までが4K映像のような鮮明さで脳内に投影されたのだ。
「……なるほど。そういうことか」
俺は即座に原因を理解した。 理由は単純。ここは「クローズドサークル」だからだ。
地上や森の中では放った音波の多くが大気中に拡散・減衰してしまう(逆二乗の法則)。 だがダンジョンは違う。 四方を硬い岩盤に囲まれたトンネル構造。 音は壁にぶつかり、減衰することなく何度も反射を繰り返す。 風呂場で歌うと声が響くのと同じ理屈だ。
この空間すべてが巨大な「共鳴箱」なのだ。
「地上での俺のスペックが100だとしたら、ここでは500……いや、それ以上か…」
水を得た魚どころの話ではない。 このダンジョンという環境そのものが、音を操る俺のために用意されたステージのようにすら思える。 ここでは俺は全てを掌握できる「神」に近い。
***
地下1階層の通路を進む。 ソナーには前方から近づいてくる人型の反応が映っていた。 ガチャ、ガチャ……という、金属が擦れる音。
【スケルトン・ナイト】。
錆びた鎧と剣で武装した骸骨の兵士だ。Fランク冒険者なら苦戦する相手だが、今の俺には格好の「実験台」でしかない。
「まずは新しい刀の調子を見るか」
俺は左腰の愛刀【竜胆】の柄に手をかけた。 狙いは角を曲がってきた出会い頭の瞬間。 居合の速度を上げるためにあまり深く考えずに刀身と鞘の間にフォノン(振動)を流し込んだ。 微振動によって摩擦係数をゼロに近づけ、滑るように抜刀するためだ。
だが俺は一つ計算違いをしていた。 この鞘が、ただの鞘ではないということを……。
ヴゥゥゥン……キィィィィィ……!!
鞘の中で異常な高周波が鳴り響いた。 同時に左手に握った鞘がまるで生き物のように暴れ、強烈な「反発力」が生まれた。
「……なっ!? なんだ!?」
俺が驚いた瞬間、鞘の中のエネルギーが臨界点を超えた。 刀の鍔を押さえていた親指が内圧に耐えきれずに弾かれる。
カチッ。
鯉口が外れた。
ドオォォォォォン!!!
狭い通路に銃を撃ったような爆音が轟いた。俺が「抜く」動作をするよりも早く、刀が勝手に鞘から射出されたのだ。 俺の右手は残像のようにかっ飛んでいく柄を無意識に掴んでいたが、その凄まじい加速に肩が外れそうになる。
キンッ!
一瞬の閃光。 気がつけば、俺は刀を振り切った体勢(残心)で固まっていた。
目の前のスケルトン・ナイトは? いない。 いや、背後の壁に粉々になった骨粉と鎧の破片がへばりついていた。 さらに石壁には一直線に深々と刻まれた斬撃痕が赤熱して煙を上げている。
「……は?」
俺は痺れる右手をさすりながら呆然とつぶやいた。 今、何が起きた? ただの居合斬りじゃない。あれはまるで
「大砲じゃねぇか…」
***
俺は近くのセーフティゾーンに入り、鞘と刀の構造をエコロケーションで改めて解析した。 そして一つのロジックにたどり着いた。
「……偶然が重なってとんでもない機構になっちまったのか」
【現象の解析結果】
1. リニアモーター原理(ローレンツ力)
鞘の内側には偶然だがコイル状の尾骨痕があった。俺がフォノンを流したことでコイル状の骨痕に強力な磁場が生まれ、同じく帯電した刀身との間で猛烈な反発力が発生した。
2. 圧縮空気砲 これが決定的だ。この鞘はドラゴニアの尻尾で作られているため、気密性が異常に高い。 刀を納めた状態で内部の空気が圧縮され、さらに振動熱で熱膨張していたのだ。 鯉口を切った瞬間、圧縮空気と磁気反発が一気に開放され、刀を弾丸として撃ち出した。
「磁気浮上による摩擦ゼロ。電磁誘導による加速。そして圧縮空気の開放……」
俺は鞘を撫でた。 これはもう鞘じゃない。「砲身」だ。 俺がやろうとしたのは抜刀術だが、結果として発動したのは【超音速抜刀】だったのだ。
「マジか。笑うしかないな」
俺はフフッと笑った。 制御さえできればこれは最強の武器になる。 生物の反射神経を遥かに凌駕する音速の「不可避の一撃」。 ダンジョンの閉鎖空間による索敵能力の強化。 そして偶然手に入れた音速の剣。
「よし、テストだ。原理は理解した!」
俺は再び通路へ出た。今度は意識的に制御する。鞘の中の空気圧をソナーで感知し、磁場の反発をフォノンで調整する。 トリガーは親指一本。
通路の向こうから、オークの集団が歩いてくるのがわかる。 俺は腰を落とし、静かに鯉口に親指をかけた。 キィィィィン……。 鞘が微かに鳴く。エネルギー充填完了。
「……ファイア」
ズドォンッ!!
再びの爆音。衝撃波が狭い通路を駆け抜ける。 音速に違い刃は斬るというより「通り抜ける」。 先頭のオークだけでなく、後ろにいた3体までもが、同時に上半身と下半身に分かれて崩れ落ちた。断末魔を上げる暇すらなかったようだ。
カチャリ。
俺はゆっくりと刀を鞘に納めた。 鞘が刀身を吸い込み、密閉される音が心地いい。
「……行ける」
科学と偶然が生んだ産物。だが、今の俺には誰よりも馴染む。 俺は新たな必殺技を引っ提げさらに深く、奈落の奥へと歩を進めた。
「しっかし…痛ってぇ…加減が必要だな」
まだまだ課題は多い。




