表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界でもぎりヤれるっちゃヤれる。(ギリとは言っていない)  作者: ひとよが


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/17

ギリ全員冷や汗

方向性は決まった。俺は市場へ向かい長期滞在に必要な物資を買い集めた。  保存食、テント、ロープ、そして大量の岩塩と香辛料など。


「……長期戦になるな」


相手は物理防御最強の怪物だ。 真正面から挑めば1秒でミンチにされる。 勝つための条件はただ一つ、 その時が来るまで俺は石になる覚悟を決めた。


            ***


北の連峰【竜のアギト】。 標高3000メートルを超えるその地は生物を拒絶するような冷気と静寂に包まれていた。


俺は岩陰に設営した擬態テントの中でじっと眼下を監視していた。 ターゲット【アイアンドラゴニア】。黒光りする金属の装甲で覆われた動く要塞。  奴のルーチンを把握するだけで最初の二週間が過ぎた。


起床、岩食い、排泄、昼寝、水飲み、就寝。  奴の行動は判で押したように正確だ。  だが隙がない。  一度寝ている間に近づこうとしたが、奴は地面の微細な振動を感知して目を覚ました。あの巨体で神経は過敏だ。しかし、奴は俺の存在を認知しているにも関わらずガン無視だった。それは恐らく自身の防御に対する絶対的な自信から来ているのだろう。


俺のことなど一切意に介さないのが見て取れる。


「くそっ、舐めやがって。……焦るな。機会を待て」


一ヶ月が過ぎた。 食料が尽きかけ現地調達で飢えを凌いだ。 風呂なんてない。体は垢と泥にまみれ髭は伸び放題だ。 寒さで指先の感覚がなくなりそうになると、金属にフォノン振動を流し温めて維持する。  孤独だ。話し相手は自分だけ。  時折「何やってんだ俺は」という虚無感が襲ってくる。


だがその度に折れたフルーレの残骸を取り出し自分に言い聞かせた。  最強の素材を手に入れるんだろ?  ここで帰れば俺は一生「そこそこの冒険者」で終わりだ。


そして二ヶ月目の半ば。 季節の変わり目が訪れ、ついに待ちに待ったチャンスがやってきた。


 ゴロゴロ……。  


分厚い鉛色の雲が山を覆い、遠くで雷鳴が轟く。  雪ではなく冷たい雨が降り始めた。  ただの雨じゃない。山肌を滝のように流れる豪雨だ。


「……来た」


俺は泥だらけのテントから這い出した。 体は冷え切っているが目は爛々と燃えている。この60日間の観察で奴が必ず通るルートは把握している。


場所は麓の湖へと続く長い長い急勾配の坂道。 俺は雨に打たれながら(濡れてはいない)そのポイントで待ち構えた。


 ドスン、ドスン……。  


地響きと共に黒い巨体が現れる。 アイアンドラゴニア。二ヶ月見続けたターゲットだ。  奴は雨を嫌がり少し急ぎ足で坂を登ろうとしている。


「……条件は揃った」


俺は岩場から飛び出しドラゴニアの前に立ちはだかった。  髭面の薄汚い男の登場にアイアンドラゴニアが足を止める事もなく怪訝そうにフンっと鼻を鳴らす。


しかし奴は逃げないし慌てるそぶりもない。当然だ。奴にとって俺など道端の小石以下の存在だからだ。  奴は邪魔な小石を踏み潰そうと無造作に一歩を踏み出した。  その足が坂道の最も傾斜がきつい部分に乗った瞬間。


俺は地面に掌を叩きつけた。


「……この時を待っていた。フリクション・ロス(摩擦係数ゼロ)!」


 キィィィン……。


俺は地面を流れる大量の雨水に超振動を与えた。 ハイドロプレーニング現象の強制発動。 水を超高速で振動させることで地面とドラゴニアの足の間に「水のベアリング」を作り出す。


 ズルッ!


「グァ???」


ドラゴニアの巨体が唐突にバランスを崩した。 踏ん張ろうとする足が空回りする。氷の上なんてもんじゃない。物理的に摩擦が消滅した死への滑り台だ。 一度滑り出したらもう止められない。


「さぁ、ダウンヒルアタックの始まりだぜ」


 ズザアアァァァッ!!


数トンの鉄塊がボブスレーのように猛スピードで滑落していく。 ドラゴニアは手足をバタつかせ自慢の爪を立ててブレーキをかけようとする。  


 ガガガガガッ!!  シャアァァァァァァ!!!!


岩盤を削り火花が散る。 だが止まらない。俺が一緒に触れながら滑り、ずっと摩擦を殺しているからだ。 重ければ重いほど位置エネルギーは凶悪な運動エネルギーに変わる。


二ヶ月分の鬱憤を晴らすように物凄い勢いで下山、いや滑落していく。あらゆる障害物をその質量で吹っ飛ばしながら真っすぐ滑っていく。アイアンドラゴニアは見た目はサイほどのサイズだが、その体の多くは有機鉄なので体重は恐らく20t近くあるらしい。もはや災害級の落石だ。

そしていよいよ目的地である麓の湖が見えてきた。ここまでくれば後は慣性の勢いに任せて俺は離脱。



 ドォォォォン!!


鉄竜は湖の真ん中辺りで特大の水柱を作り上げた。


俺は悠々と湖のほとりに降り立ち 水面を眺める。湖面の中央ではブクブクと大量の泡が浮き上がっている。  全身が金属のアイアンドラゴニアに浮力なんて期待できない。  


俺の事など意に介さない眼差しは今頃湖底でパニックになっているはずだ。だが、俺は甘くない。あの頑丈なトカゲだ、何とか這い上がってくる可能性もある。俺は湖の水に干渉し、ソナーで奴の位置を探る。数分後。湖底からの微かな振動が完全に止まった。


「……勝った」


俺はその場に大の字に寝転がった。 冷たい雨が顔を打つが今はそれが心地いい。  


二ヶ月半だ。長かった。


「さて、回収ごほうびの時間だ」


俺は水魔法(物理操作)で、湖底から重い死体を引き揚げた。  窒息死。外傷ゼロのきれいな死体だ。  解体にはさらに3日かかった。関節の隙間に振動ナイフをねじ込み、硬い肉を削ぎ落とす。


そして胃袋の中から泥と胃液にまみれて輝く黒銀色の塊が出てきた。不純物が極限まで取り除かれた生物精錬の結晶。  


【ドラゴニア鋼鉄】。


俺はその塊を雨水で洗い流し、高く掲げた。  二ヶ月の野宿と、泥だらけの対価。 その輝きはどんな宝石よりも美しく見えた。


            ***


一週間後。  街に戻った俺は、そのままガンテツの工房へ直行した。


「……おいおい、どこの山賊かと思ったぞ」


ガンテツは髭面でボロボロの服を着た俺を見て目を丸くした。  だが俺がカウンターに「ドンッ!」と置いた黒銀色の鋼鉄を置くとその表情が驚愕へと変わった。


「お前、まさか……本当に……」

「二ヶ月ちょういかかった。……文句はないだろ?」


俺がニヤリと笑うとガンテツは震える手で鋼鉄を撫でた。


「傷ひとつねぇ。完璧な素材だ……。よくやった、若造。いや、ヒビキ!竜の重みと、お前の執念。……確かに受け取った。最高の刀にしてやる。俺の腕を信じて待ってろ」



ガンテツにドラゴニア鋼鉄を預けた後、俺はその足でマルコ商会へと向かった。  二ヶ月ぶりの街。温かい食べ物、柔らかいベッド。  だがその前に、片付けなければならない「大荷物」があった。


「……ひ、ヒビキ様!?」


商会の応接室。  ボロボロの山賊ルックで現れた俺を見て商会長のマルコが飛び上がった。  紅茶を運んできたメイドが悲鳴を上げて盆を取り落とす。


「ご無事だったのですか!? 二ヶ月以上も音信不通でてっきり……」

「悪いな、ちょっと山に籠もってた。……で、商談だ」


俺はソファにどかっと座り込み、テーブルの上に地図を広げた。  北の連峰【竜のアギト】の麓にある湖に印をつける。


「ここに、ちょっと『デカい獲物』を置いてきた。俺一人じゃとても運べないから、商会の輸送部隊を出してくれ。報酬は売却益の2割でどうだ?」

「はぁ……輸送依頼ですか。分かりました。馬車を手配しましょう。して、獲物とは? 熊か何かで?」


マルコがハンカチで額の汗を拭いながら尋ねる。  俺はニヤリと笑った。


「アイアンドラゴニアだ」


しん……、と部屋の空気が凍りついた。マルコの動きが完全に停止する。


「……あ、あの、ヒビキ様? 今、なんと?」

「だからアイアンドラゴニア一匹丸ごとだ。ちょっと解体で腹は裂いちまったが皮も骨もほぼ無傷だぞ」


マルコは口をパクパクさせた後白目を剥いて椅子から崩れ落ちた。


            ***


翌日。  マルコ商会の精鋭輸送部隊(大型荷馬車5台と護衛の傭兵団25名)と共に、俺は再び湖へと戻ってきた。  湖畔には俺が引き揚げた巨大な鉄塊が鎮座している。


全長5メートル、推定重量20トン。黒光りする生体金属の装甲。その圧倒的な存在感に屈強な傭兵たちが息を呑み後ずさりする。


「……おい、嘘だろ」 「本物のドラゴニアだ……。図鑑でしか見たことねぇぞ」 「本当に死んでるのか? 今にも動き出しそうじゃねぇか……!」


同行した商会の鑑定士、老齢の男が震える手でドラゴニアの装甲に触れた。ルーペで表面を観察し切開された腹部の断面を確認する。  そして顔面蒼白でマルコに報告した。


「……会長。間違いありません。本物のアイアンドラゴニアです。しかも……」

「しかも?」

「死因は窒息死。外傷は解体痕のみ。魔法による損傷も打撃痕も一切ない。『完全な状態ミント・コンディション』です」


鑑定士の声が裏返った。


「通常、ドラゴニア討伐は国軍が総力を挙げて行い、魔法で黒焦げにするか、攻城兵器で粉砕するものです。こんな……こんな綺麗な死体、歴史上かつて存在しません!」

「そ、相場は……?」

「分かりません! 前例がない! ですが、強いて言うなら……国家予算レベルです」


マルコが天を仰いだ。俺は欠伸を噛み殺しながら言った。


「どうだ? 運べるか?」

「は、運びます! 何としてでも!おいお前たち、絶対に傷をつけるなよ!」


現場は一転して戦場のような大騒ぎになった。  俺はその様子を眺めながらようやく肩の荷が下りたのを感じていた。


            ***


数日後。マルコ商会の地下倉庫。  厳重な警備が敷かれた一室で極秘の緊急会議が開かれていた。  出席者はマルコ会長、商会の幹部たち、そして俺だ。


テーブルの中央には、ドラゴニアの素材リストが置かれている。  【竜の装甲板】【竜の牙】【竜の心臓】【竜の眼球】……。  どれ一つ取っても、市場に出せば争奪戦必至の国宝級アイテムだ。


「……さて、ヒビキ様」


マルコの声は低く、真剣そのものだった。いつもの柔和な商人の顔ではない。巨大な富とリスクを前にした勝負師の顔だ。


「正直に申し上げます。我が商会だけでは、この商品を捌ききれません」

「金が足りないか?」

「金もそうですが、政治的なリスクが大きすぎます。これほどの戦略物資を、一商会が独占したとなれば、国や貴族、あるいは他国のスパイが黙っていないでしょう。最悪商会ごと潰されます」


幹部たちが重苦しく頷く。 ドラゴニアの装甲は、最強の鎧になる。牙は最強の槍になる。 これはただの商品ではない。軍事バランスを変えうる兵器なのだ。


「で、どうするんだ? 俺は適正価格で売れればそれでいいんだが」

「ですので……『国』を巻き込みます」


マルコは一枚の書類を提示した。  【王国王都・グランドオークション出品申請書】。


「国主催のオークションに出品し、公明正大に、最も高い値をつけた者に売る。これなら国も文句は言えませんし、我々も『仲介しただけ』という立場で安全を確保できます」

「なるほど。責任の分散か。さすがだな」

「ただし、ヒビキ様のお名前は伏せさせていただきます。『匿名のSランク冒険者』として。……貴方様が特定されれば、それこそ一生監禁されて飼い殺しにされかねません」


俺は苦笑した。ソロでのんびり暮らしたい俺にとってそれは一番避けたいバッドエンドだ。


「分かった。任せるよ。俺は素材の一部(鋼鉄)はもう貰ってるしな」

「ありがとうございます。……しかしヒビキ様、一つだけお聞きしても?」


マルコが身を乗り出し俺の目を覗き込んだ。


「あのような化け物をたった一人で傷一つつけずに……。貴方は一体何者なのですか?」


その瞳には純粋な恐怖とそれを上回る敬意が宿っていた。  俺は肩をすくめた。


「ただの冒険者だよ。……ちょっと、理科が得意なだけのな」


            ***


商談は成立した。予想される売却益は金貨にして数千枚。日本円なら数億円規模だ。  俺は一夜にして、この国でも指折りの資産家(の見込み)となった。


だが、金よりも重要なのは「装備」だ。  俺は商会を出て再びガンテツの工房へと向かった。  最高の素材は渡してある。  あとは、最高の腕で仕上げてもらうだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ