またギリ勝利?
翌朝。 最高級の羽毛布団で目覚めた俺は、窓から差し込む朝日を浴びながら伸びをした。昨晩の「マッサージ」のおかげか、あるいは高揚感のせいか、 体の節々に残っていた痛みは嘘のように消え去っていた。
「……金だ。金があれば、これが日常になる」
俺は拳を握りしめた。 ネジは緩んだんじゃない。むしろ締まったのだ。 「この世界でどう生きるか」という目的意識が明確に定まった瞬間だった。
***
朝食の席で俺は商人のマルコに一つの提案を持ちかけた。
「専属契約、ですか?」
「ああ。俺は冒険者としては駆け出しだが、ある大国で重要なポストに居た事もあり様々な知識を持ち合わせている。情報提供、素材提供で貢献するから名を馳せるまで俺に先行投資して欲しい」
マルコは食事のナイフを止め少し考え込んだ後、ニッコリと笑った。 商人の顔だ。
「ヒビキ様の実力は昨日の戦いで証明済みですが、流石にお抱えとなると…」
マルコの言う事はもっともだ。本来なら相当有名にならないと専属契約などしてもらえない。そこでマルコから逆に提案を持ち掛けれた。1ヶ月以内にケルピーの皮を持って来てくれるのであれば専属契約を考えると言う内容を提示され、そのクエストを受注して商会を後にした。
水辺に住む馬の様な姿をした魔物で、ケルピーの皮は非常に防水性に優れており、魔力の伝達性が良く魔法防御にも適した皮なので高価なマントの素材として扱われる。魔物としてはズバ抜けて魔力が高く、水辺に住むだけあって水魔法を得意とする。
だが、今の俺では足りない。 昨日の盗賊戦、確かに俺は勝ったがあれは運が良かっただけだ。 反応速度、筋力、防御力。基礎スペックが圧倒的に足りていない。 科学ロジックがあってもそれを扱う俺自身のハードウェアが貧弱ではいつか事故る。
「しばらく、森に籠もるか」
俺は最後のパンを口に放り込み立ち上がった。
***
街から少し離れた森林地帯。 ここは低~中ランクのモンスターが生息するエリアだ。 俺はここで自身の能力の「アップデート」を開始した。
課題はいくつかあるが取り敢えず【索敵】を最優先事項とした。先手必勝、先ずはこれだ。
この課題を【音響量子】で解決する為に試行錯誤を……と考える程でも無かった。音=索敵みたいな所もあるし。
「音を使う索敵っつったらやっぱソナーだよな」
俺は目を閉じ、指先から可聴域を超えた高周波パルスを全方位に向けて一定間隔で放つ。
『キンッ……キンッ……』
音波が木々や岩、そして隠れている獲物に当たり、反射して返ってくる。 その反響音をスキルで受け止め周囲30メートルの3Dマップを掴めるようになるまでにそ時間そうかからなかった。
視覚に頼るな。音で見ろ。 背後の茂み、落ち葉の下、木の裏側。心臓の鼓動すら逃さない。
「なるほど……これは良いな」
生まれて初めて視覚以外での感知を経験したが、何か生物的に一段階上に上がった気がした。それからさらに慣れる為に目を瞑って辺りを散策してみる。
音が情報として頭に流れ込んでくる、慣れれば慣れるほどに鮮明に、鮮やかに、虫一匹の細かい動きさえ感じ取ることが出来る。
直径10メートルくらい、普通に話して声が届く範囲が俺の索敵エリアだ。静止状態なら直径30メートルくらいの索敵も可能だった為、その日の食料集めは驚くほど簡単に集めることが出来た。キャンプの準備して夕飯を支度するが、1日の中で割と1番好きな時間かもしれない。夕食を食べた後、食後の紅茶を飲みながら昨日の事を考えていた。
ボスの剣技に圧倒された。蹴りも痛かった、肋骨が折れるかと思った。 今はリメイクで若返ったとは言え俺の体は貧弱な地球産である。これを1か月でどうこうするのはあまり現実的ではない。身体は徐々に鍛えるほかないので、やはりフォノンを使ったスキル開発しかしかないだろう。
今のところフォノンで出来ることと言えば【錆落とし】と【索敵】と【火を消す】、後は鼓膜や網膜を破壊する音波攻撃が出来るが、あれはキスするほどのゼロ距離のみ使用可な奥の手だ。現在持ってる技で1番のメイン攻撃は剣先強化だが、その剣技はお粗末ときた。
***
それから二週間。 俺は狂ったように森で狩り続けた。とにかく何かヒントが欲しくて頭より体を動かしまくった。と、言うより何も思いつかないので不安が募り、動かないと落ち着かないと言うのが本音だ。そんな折、運悪く天候が崩れた。 ポツポツと降り出した雨は瞬く間に視界を白く染めるほどの豪雨へと変わった。
「ついてないな……」
俺は慌てて巨大な葉を茂らせる古木の下に駆け込み、大きな葉っぱを傘代わりにして雨宿りをした。 ザーザーと降り注ぐ雨音が、森の静寂を塗りつぶしていく。 焚き火も起こせない。服は湿気で重い。不快指数はマックスだ。
「はぁ……暇だ」
やることがない。 俺はぼんやりと、葉の縁から滴り落ちる雨粒を眺めていた。 重力に従い、地面の水たまりに落ちて波紋を作る。ただの自然現象。
俺は気まぐれに、落ちてくる一粒の雨に向かって、指先からフォノンを飛ばしてみた。 ほんの遊び心だった。
フォン……
俺が特定の周波数(定在波)をぶつけると、その雨粒は空中でピタリと静止した。 音響浮揚。 音波の圧力で物体を挟み込み、重力に逆らって浮かせる技術だ。
「これは…なにかの動画で見たことあったな…」
俺は空中に止まった水滴を見つめる。 ――待てよ? 一粒を止められるなら、この「雨」すべてに干渉できるんじゃないか?
俺はあえて豪雨の中に手を突き出した。 冷たい雨が掌を打つ。 俺は意識を集中し、掌から空に向かって、広範囲の超音波を展開した。
ブゥン……。
低い駆動音と共に、俺の頭上に見えないドームが生まれた。 降り注ぐ数千、数万の雨粒が、俺の頭上数メートルで何かに弾かれたように軌道を変え、避けていく。 俺の周りだけ、雨が降っていない。 もう片方の手で地面の水をどかせると足元の水たまりが自然の摂理に逆らい俺に従った。
「ははっ、すげぇ……!」
俺は笑った。こみ上げる高揚感を抑えられないでいる。 水を弾くだけじゃない。もっと精密に制御したら?
俺が指揮者のように指を動かすと、水たまりの水が蛇のように鎌首をもたげ、空中に舞い上がった。 音波で圧力をかけ、形を固定しているのだ。 水魔法のように「魔力」で動かしているわけじゃない。物理的な「音圧」で無理やり従わせている。
「なるほど……音は空気中やり水中の方が伝わりやすい。つまり、水そのものが俺の『触媒』になるのか」
確信した。 水は俺の敵じゃない。むしろ、最強の媒体だ。 これならケルピーだろうが何だろうが、俺の「音域」に入った時点でただのまな板の上の鯉だ。
***
一週間後。 俺は「霧の湖」のほとりに立っていた。 早朝の湖は濃い霧に包まれ、視界は悪い。だが、雨の日の特訓を経た今の俺にはこの霧すらも味方に見える。
そしてターゲット、ケルピーのお出ましだ。
バシャアァァッ!!
静かな湖面が爆発し、青黒い馬の怪物が飛び出してきた。 鋭い牙、殺意に満ちた赤い目。 ケルピーは俺を認識するなり、咆哮と共に周囲の水を操り始めた。
「ヒヒィィィン!!」
数本の【水槍】が生成され、俺めがけて射出される。 だが、俺は動かない。避ける必要すらない。
「……散れ」
俺がスピーカーから短い言葉を発した瞬間、迫りくる水の槍が、空中で霧散してただのしぶきに戻った。 ケルピーの魔力による結合を俺のフォノンが振動で解いたのだ。さらに片手でケルピーから支配権を奪った水で弄ぶ。
「ブモッ!?」
ケルピーが驚愕に目を見開く。 自分の魔法がかき消されたことが理解できないようだ。 奴は焦り、更なるウォーターランスを繰り出す。物量攻撃で押しつぶすつもりらしい。確かに暴動鎮圧用の放水車並みの威力があるこの水魔法の直撃は危険極まりないと言える。
しかし…俺の命令は絶対服従だ。
「どけ!」 バシャァ!
どんなに大きな水の槍も物理法則の前には跪かざるを得ない。それは例え魔力を帯びた水であっても例外ではなかった。
冷たい湖の中。
それはケルピーの独壇場——のはずだった。 きっとコイツは勝利を確信し、俺に襲いかかって来たのだろう。
「残念だな、湖が主人はお前じゃないってよ」
そう言って湖の辺りに足の爪先を入れる。 水中では、音は空気中の約4.4倍の速さで伝わる。減衰も少ない。 ここは俺にとって、巨大なスピーカーの中と同じ、もはや相手に触れているのと同じ事だった。
俺は迫りくるケルピーに向けて、掌を突き出した。 雨の日、水たまりを操った感覚を思い出す。 今、この湖の水すべてが俺の支配下にある。
俺は掌から指向性を持たせた極大の振動波を放った。 魔法ではない。 【キャビテーションハンマー】。
ゴボオオオォォォォッ!!
水中でありえない重低音が響いた。 ケルピーの周囲の水が、激しい振動によってキャビテーション(空洞化現象)を起こす。無数の真空の泡が生まれ、それが弾ける瞬間の衝撃波が、水を伝ってケルピーへダイレクトに叩き込まれた。
「ガボッ……!?」
ケルピーの目が飛び出るほど見開かれる。 外傷はない。だが、衝撃と振動は筋肉、内臓、血管、すべてを透過し、内側から破壊する。 ケルピーの巨体がビクンと痙攣し、そして沈黙した。
プカァ……。
巨大な死体がゆっくりと水面に浮き上がる。 皮一枚傷つけず中身だけをスクラップにした完全勝利。
俺は水面から顔を出し、濡れた髪をかき上げた。
「1週間前に会っていたらそこに浮いていたのは俺だったのにな」
***
その日の午後。 マルコの商会にて。
「……信じられない」
マルコは俺が持ち込んだケルピーの皮を検分し震える声で呟いた。 傷どころか擦れひとつない最高級品質。 加工職人が見たら泣いて喜ぶレベルだ。
「約束の品だ。これで文句はないな?」
「も、もちろんです! これほどの品……ヒビキ様、貴方は一体……」
「ただの冒険者だよ」
俺は茶を啜りながら嘯く。 マルコは姿勢を正し、深く頭を下げた。
「約束通り、専属契約を結ばせていただきます。我が商会は、貴方様の活動を全面的にバックアップしましょう」
契約成立。 これで俺は安定した仕事と素材の換金ルート、そして社会的信用を手に入れた。 俺は契約書にサインをしながら次の標的を考えていた。
「マルコさん。次はもっと稼ぎたい。……この辺りでダンジョンの資料はあるか?」
俺の言葉にマルコの表情が一瞬凍りついた。 【ダンジョン】そこは、ベテラン冒険者でも命を落とす高難易度エリア。
「本気ですか? あそこは化け物の巣窟ですよ」
「ああ。だからこそ、稼げるんだろ?」
そういいながら俺は腰のフォノン・フルーレに手をかけた。




