ギリ新環境順応
フィールドに対して認識が甘かった。
思っていたよりずっと大変だった。ただっ広い草原はこっちからも獲物からも当然丸見えである。で、あっちは足が速いし追いつけるわけがない。罠の類は完全に把握されているし、匂いでも気配でも危険を感じた瞬間に逃走する。
他のパーティを見ていると四方から少しづつ近づき、魔法で驚かせ戦士の方に追いやり仕留める完全に連携ありきの狩りだった。
最早ソロでは限界とかそう言ったレベルの話ではなく、野球やサッカーを一人でしているような既に競技自体が違う。
俺のスキルが桁違いの性能とは言え、野外ではフォノンが届く範囲はせいぜいが10メートル前後だ。ここに住む生き物たちは100メートルすら近寄らせてもらえない。詰むとかではなくスタートラインにすら立てないのが現状だった。とりあえずその日は安宿に帰り今後の作戦を考えることにした。
宿屋の酒場の雰囲気はあっちもこっちも変わらない賑わいで、俺はこの喧騒が割と結構好きだったりする。カウンターの端で一人、うまい肉を肴にちびちび呑む。その日が良くても悪くても一日の終わりに周りの楽しそうな笑い声や雰囲気に混ざっていれば不思議と嫌な事も忘れられる。
とは言え、目下の課題は頭が痛い…マルコの依頼をこなす以前の問題だ。この前の事も有るし、あんまりパーティを組む気持ちにはなれないでいた。
「となると…やっぱ隠密とかステルスだよなぁ」
無音はフォノンで何とかなる。しかし見た目や匂いは今のところ手だてが無い。草木やハリボテがどこまで通じるか試す価値はあるかもしれない…と言うよりほかに手が無いので、とりあえず行動だ!残った酒をグイっと飲み干し、グラスをターン!と置いて明日に備える事にした。
~翌日~
「・・・・ですよね~」
枝や草木を纏って近づくつもりが、アチラさんからしたら丸見えらしい。遠目にバカを見るような目で見られている気分になる。当然走って逃げる程の距離まで近寄れず、終いにはめんどくさそうにのそのそ歩いて俺から遠ざかる始末。
「ダメだ。飯にしよう」
にっちもさっちも行かないなんて言葉を使ったことはなかったが、もし使うなら今しかなと思う。持ってきた干し肉を少し火で炙る為に火起こしをする。お茶もついでに沸かすんだが、実は水に関してはいつも現地調達で済ませている。もちろん【ろ過キット】みたいな便利道具ではなく、もっと便利なスキルを使用する。
魔法で水を出すクリエイト・ウォーターが無から有を生むのに対し、俺のフォノンは「在るものを集める・分ける」ということになる。もちろん魔力的なものは消費しているが燃費は桁違いに良い。
まずは空気中の水分を集める【音響凝集(Acoustic Agglomeration)】で空気中に漂う微細な水蒸気や霧の粒子に特定の強力な音波(定在波)を当てると、粒子同士が激しく振動して衝突し、結合して大きな水滴になる。雨粒が成長するプロセスを高速化するイメージだ。
「キィィィン……」
という高周波を放つ。すると何もない空間にキラキラと光る粒が現れ、それが集まって野球ボール大の水球が出来上がる。
【大気凝縮】とでも名付けておこう。
次に泥水や毒水をろ過・浄化、浄水する為に【超音波分離(Ultrasonic Separation)】をする。 水と不純物(泥、砂、毒素)の比重の違いを利用する。音波の圧力で重い物質だけを底に沈殿させたり、逆に弾き飛ばしたりして純粋なH2Oの層だけを取り出す。
【分子濾過】とでも名付けておこう。
そして最後に滅菌、超音波洗浄機の原理だ。水中で微細な気泡を発生・破裂させ、その衝撃波で細菌や寄生虫の細胞膜を破壊し死滅させる。煮沸しなくても殺菌が可能。
【超音波滅菌】とでも名付けておこう。
これらを連続的に発動。3秒でコップ1杯の水の出来上がり。ちなみにさっき名付けたかっこいい技名は毎回忘れる。とにかくこのスキルのお陰で荷物は少なくて済むし、生命線の飲料水が生成できるのはかなりデカい。火起こしも楽にできるのでこれまた荷物が少なく済む。
そして極めつけはやはり【水影】だ。コップ、串、椅子、糸、etc…数え上げればキリがない。無形故に何にでも・・・
「これだ!」
突然ひらめいた、と言うか何故思い付かなかったのだろう。水影をうまく使えばステルスへの応用が出来るんじゃないかと気づいた。簡単な昼食の後、早速試してみる。
先ずは水影を出して腕に纏わせてみる。 当然だが、ただ黒銀のメタルチックな腕になっただけだ。闇夜ならともかく、白昼堂々の草原では逆に目立って仕方がない。
「水影は本来、光を吸収、あるいは屈折させる物質だ。だから『見える』」
宙に浮かせた水を見つめながら独り言をつぶやく。 透明な水ですら光が透過する際の「屈折」と「反射」によって、そこに水があると認識できてしまう。ましてや水影は液体とは言え金属。
ならばその物理特性を書き換えてしまえばいい。
俺は指先から微細な音響量子を放ち、腕を覆う水影の表面を振動させる。 狙うはナノメートル単位の微細構造。水面の形状を光の波長よりも細かい微細なナノパターンとして刻み込む。
いわゆる『音響メタマテリアル』の原理だ。 自然界には存在しない「負の屈折率」を人工的に作り出し、光を反射させず、まるで水飴のように背後の景色を前面へと迂回させる。
「周波数調整して……可視光領域へ同調…むっず!!」
キィィィン……
耳には聞こえない超高周波が水影の表面を舐める。 あれからかれこれ1時間程試しているが、なかなか正解に辿り着けないでいたが、次第に黒いタールのように見えていた水影がノイズが走るように一瞬ブレ、次の瞬間――フッと「消失」した。
「……よし!成功だ!!」
そこにあるはずの腕が見えない。 触れれば冷たい感触があるのに視覚情報は「背後の草むら」を映し出している。 俺は早速この不可視の水影を目の前の低木に展開してみる。
するとそこには何も映っていない。ただ、背景が少しだけ陽炎のように揺らいで見えるだけだ。 水影を動かしてみる。揺らぎがついてくるが、まぁゆっくり動けば何とかなりそうだ。
「よし、視覚はクリアした。次は『嗅覚』だ」
野生動物の鼻は鋭い。いくら見えなくても、オッサンの匂いがプンプンしていては台無しだ。 風向きを気にするのも面倒くさい。ならば、匂いの元を断つ。
「匂いとは、物質から放たれる揮発性の微粒子だ。なら、それを閉じ込めるか、洗い流せばいい」
俺は全身を水で覆い激しく循環&振動させる。 皮膚の表面、服の繊維の隙間。そこにこびりついた汗、皮脂、土埃。それらを物理的に剥がし落とす。
スキル発動――【超音波洗浄!(ウルトラソニック・ウォッシュ!)】。
ヴィィィィィィ……!!
「うおっ、くすぐったい……!」
全身の毛穴という毛穴が微振動し、汚れが弾き飛ばされる感覚。 眼鏡屋の店先にある、あの洗浄機の中に全身ごと入ったようなものだ。 俺の体表から剥がれ落ちた「匂いの粒子」は、水の中に溶け込み、そしてフォノンの圧力で分子レベルまで分解・封じ込められる。
今の俺は、無菌室から出てきたばかりのように「無臭」だ。 さらに念には念を入れ、水影の表面に周囲の草木の匂い粒子を吸着させ、カモフラージュする。
視覚的には透明(メタマテリアル迷彩)。 嗅覚的には無臭(完全洗浄&封じ込め)。 聴覚的には、足音を逆位相の振動で打ち消す(サイレント・ステップ)。
完成した。 科学と魔法の悪魔合体。
【音響光学迷彩】。とでも名付けておこうか。(どーせ明日には思い出せないな)
***
実験終了。いざ、実戦テストだ。 俺は再び、あの忌々しい草原フィールドへと足を踏み入れた。
ターゲットは、さっき俺を小馬鹿にして逃げ去った鹿型の魔物【ゲイル・ディア】の群れ。 奴らは数百メートル先の気配を察知する臆病者だが、その角と毛皮は高値で売れる。
いた。 群れで草を食んでいる。距離は約200メートル。 通常なら、ここで風下へ回り込み、匍匐前進で近づくのがセオリーだろう。
だが俺は歩く。 堂々と。まるで散歩でもするかのように、真っ直ぐに群れへと向かって歩く。
(……気づかない)
150メートル。 見張りの個体が首を上げ、俺の方を見た。 ドキリとしたが、奴の視線は俺を素通りし、背後の木々を見ているだけだった。 「揺らぎ」にも気づいていない。
100メートル。 風向きが変わった。俺の匂い(というか無臭の風)が奴らに届く。 だが、反応なし。 やはり、俺の存在自体が環境の一部として処理されている。ここで初めて気づいたが、こいつらよく見ると風上は全くと言っていいほど見ていない。それどころか全員が風上にケツを向けて草を食んでいた。
(なるほど…風上は匂いでわかるから風下だけ警戒しているのか)
そのままさらに近づくこと50メートル。 ここまで近づくと、流石に足元の草が踏まれる音や動きでバレそうなものだが、俺はノイズキャンセラーを展開しているため無音だ。
(……これ、狩りじゃないな)
俺は冷静に分析する。 これは一方的な「蹂躙」だ。 RPGで言えば、敵の感知範囲をゼロにするチートコードを入力してプレイしているようなもの。 緊張感など欠片もない。あるのは、圧倒的な優位性からくる昏い愉悦だけだ。
10メートル。 俺は群れの端に到達した。 すぐ横に立派な角を持った雄鹿がいる。手を伸ばせば届く距離だ。 奴は呑気に草を食み、時折ブルルと鼻を鳴らしている。 まさか、自分の真横に「死」が立っているとは夢にも思わないだろう。
(……チェックメイトだ)
俺は愛刀【竜胆】の柄に手をかけ 抜刀する。
フォノン・ブースト。
心行くまで草を食んだゲイル・ディアは立派な角をもたげて地面に座り込み一休みするようだ。
ゴロンと横になった瞬間、竜胆の刃が音もなく首筋を撫でた。奴は痛みすら感じず、そのまま永遠の眠りに就いた。
「ギュ?」
隣にいた雌鹿が、突然崩れ落ちた仲間を見て不思議そうに鳴いた。 だがその時にはもう俺の第二撃が彼女の心臓を貫いていた。
パニックが起こるまで数秒。 俺はその間に手近な3頭を流れるように処理した。 群れが何が起きたのか理解できずに蜘蛛の子を散らすように逃げ出した頃には、俺は既に納刀し光学迷彩を解いて姿を現していた。
虚空から突然現れた俺の姿に、逃げ遅れた小動物が驚いて固まっている。
「これならソロでも十分に乱獲できる」
俺は血の一滴もついていないジャケットの埃を払う(そもそも埃もつかないが)。 この広大なフィールドが、ただの「素材倉庫」に見えてきた。
だが、問題はまだ残っている。 狩りの効率は劇的に上がったが、「移動」のダルさは変わらない。 ここから素材を回収して、またあの距離を歩いて帰るのかと思うと溜息が出る。
「……ん?」
その時、地平線の彼方から地響きが聞こえてきた。 ズドオォォォォ……という重い振動。 そして、土煙を上げて疾走する黒い影。
「あれは……」
二足歩行の竜種。 流線型の美しい筋肉。風を切る鋭いフォルム。時速80キロで荒野を駆け抜ける、最速の捕食者。
【疾風竜】。
草原の掃除屋と言われる死神達だった。




