ギリ無理ゲー
【奈落の霊廟】第7階層。 湿った石造りの回廊に昨日と同じ腐臭と羽音が充満している。
勿論ここに来るまでに出来る検証や思いついた実験は色々とやってきている。水影を手に入れてすぐにここに飛んで来るほど浮かれてはいない(ギリ)
わざわざ森でゴブリンを探しだして蜂の巣まで誘導してから同じシチュエーションを作り出したりと、それなりにキチンと努力を重ねた。
そして今、ついに本番を迎えている所だった。
「ギャギャギギ!!」 「ブゥゥゥゥン……!」
前方からは統率されたゴブリンの軍勢。 頭上からは黒雲のようなキラービーの群れ。 先日俺に「ソロの限界」を突きつけ、撤退へと追い込んだ絶望的な布陣だ。
以前の俺なら足がすくむ光景だろう。 だが今の俺には宝の山に見える。 俺は口元を歪めた。
「……さあ、検証の時間だ」
俺はゆっくりと歩き出した。 抜刀すらせず、無防備に背中を晒して。
ブンッ!
頭上の死角からキラービーが毒針を射出した事をソナーで認識する。 回避? いや、必要ない。 俺は歩く速度すら変えない。
カンッ!!
俺の背後で硬質で軽い金属音が響いた。 振り返るまでもない。俺の周囲を浮遊していた【水影】が、超速で背後に回り込み、瞬時に硬化して毒針を弾き返したのだ。
「……ハハッ。こりゃあいい」
俺は思わず笑ってしまった。 便利すぎる。 FPSゲームでいうところの「オート・シールド」チートを使っている気分だ。 背中を気にしなくていいというだけで精神的なリソースが劇的に軽くなる。
俺は【竜胆】をゆっくりと抜き放った。 インナーにフォノンを流し体幹を固定。 踏み込みと同時にゴブリンの集団の中へ飛び込む。 斬る。殴る。蹴る。 四方八方から攻撃が来るが、視界の外からの攻撃は全て【水影】で防ぐ。 俺は目の前の敵を「処理」することだけに集中すればいい。
「キキッ!?」
ゴブリンたちが狼狽している。 当然だ。死角を突いたはずの攻撃が、何もない空中で弾かれるのだから。
「さて……そろそろ鬱陶しいな」
俺は上空を埋め尽くす羽虫どもを見上げた。 一匹ずつ落とすのは面倒だ。 雑魚の群れには「範囲攻撃(AoE)」で返すのが定石だ。
「行け【千影】」
シュンッ!
俺の周囲を回っていた【水影】が、上空へ跳ね上がった。 そして俺が放った強烈な破裂音と共に、黒い球体極細の「ワイヤー」へと変貌する。
パパパパパパッ!!
その鋼鉄の網は超速で拡散され天井付近の空間を埋め尽くす。 蜂たちが回避する隙間など1ミリもない。
ボトボトボトボトッ……。
一瞬の静寂の後。 蜂の群れだったものが無惨な肉片となって地面に降り注いだ。 全滅。 たった一撃。生存者ゼロ。
「……回収作業が大変そうだな」
俺は地面に散らばった素材を見下ろして肩をすくめた。この数では埋まっている魔石を取り出すのも一苦労だろう。
しかし先日までの「無理ゲー」がただの「作業」に変わった瞬間だった。
圧倒的だ。 竜胆、籠手、水影。 この三つが噛み合った時、俺というユニットは「最強」になる。
***
その後も、俺は第7、第8、第9階層を、文字通り「無双」しながら突破した。 罠はソナーで見抜き、敵は水影と刀で粉砕する。 他のパーティが血眼になって進む道を俺は鼻歌交じりで駆け抜けた。
そして。 ついに俺は巨大な青銅の扉の前に立っていた。 第10階層。 ここから先は「中層」と呼ばれる別次元の領域。 その入り口を守るフロアボスの間だ。
扉の向こうから重厚なプレッシャーと、何かが引きずられるような金属音が響いてくる。
「……さて、チュートリアルは終わりだ」
俺は【水影】を手元に呼び戻し、浮遊させたまま【竜胆】の鯉口を切った。 ここからが本番。 俺の新しい装備一式が、ボス相手にどこまで通用するか。
俺はニヤリと笑い、重い扉に手をかけた。
ズズズズズ……。
重厚な青銅の扉が開き、俺は広大なドーム状のホールへと足を踏み入れた。 中央に鎮座していたのは見上げるごとき巨躯。 身長3メートルを超える牛の頭を持つ筋肉の塊。 【ミノタウロス】。 手には俺の身長ほどもある巨大な戦斧が握られている。
「ブモオオオオォォォォォッ!!!」
鼓膜を破らんばかりの咆哮。 並の冒険者ならこの威圧だけで足がすくみ、戦意を喪失するだろう。
「……うるさいな。音量設定ミスってるだろ」
だが俺には効く訳もなくそんなものはフォノンで相殺する。 そしてソナーで見れば一目瞭然だ。 分厚い筋肉、硬い皮膚、そして単調な心音。 典型的な「パワー特化・脳筋タイプ」のボスだ。攻略wikiを見なくても行動パターンが読める。
ドシッ、ドシッ!
ミノタウロスが突進してくる。 単純だが質量が乗った突進はトラックに轢かれるようなものだ。
が、俺は一歩も動かない。
ブンッ!!
巨大な戦斧が俺の脳天めがけて振り下ろされた。 風圧だけで肌が切れるほどの威力。 だが――遅い。
「……予備動作がデカすぎる」
俺は斧が当たるコンマ1秒前に、最小限のステップで横へずれた。
ドゴォォォォン!! 斧が石床を粉砕し礫が飛び散る。
俺は無防備になったミノタウロスの太い腕に、左手の【竜手】を添えた。
「インパクト」 ドゥン…
「グモッ!!」
ただの掌底ではない。浸透勁のように内部へ衝撃を通す打撃。 ミノタウロスの顔が歪む。 やはり効く。だが、HP(体力)が異常に多い。削り切るには時間がかかりそうだ。
「なら、使うか」
俺は一度バックステップで距離を取った。 ミノタウロスが怒り狂い再び斧を振り上げる。 その瞬間、俺は指を鳴らした。
「行け、【水影】」
シュンッ!
俺の周囲を浮遊していた黒銀の球体が弾丸のように射出された。 狙いはミノタウロスの顔面――ではない。 振り上げられた「戦斧の柄」と、それを握る「手首」だ。
ビチャッ!
液体金属が手首にまとわりつき、一瞬で鋼鉄の鎖のように変形してガチリと固まる。
「……ロック」
俺が呟くと同時に【水影】はさらに形を変え、斧の重量バランスを崩しながら、ミノタウロスの腕を背中側へ無理やり引っ張るような形状に硬化した。
「ブモッ!? ググッ……!?」
ミノタウロスが体勢を崩す。 自分の武器と腕が謎の黒い塊によって固定され動かせなくなったのだ。 完全なスタングロッキー。 これぞ物理演算を利用したハメ技だ。
「……チェックメイトだ」
俺は腰を落とし、右手の【竜胆】の鯉口に親指をかけた。 インナードスーツに最大出力のフォノンを流し込む。 全身の繊維が収縮し、俺の肉体を鉄の杭のように地面に固定する。
キィィィィィン……!!
鞘が鳴く。圧縮空気と磁場の反発が臨界点に達する。 この一ヶ月、痛みに耐えて調整し続けた、俺の一撃必殺奥義。
「【ソニック・ドロウ】」
ズドォォンッ!!!
ボス部屋にマグナムの発射音が轟いた。 音速に近い刃がミノタウロスの分厚い胴体を抵抗なく「通過」する。
カチン。
俺が残心と共に刀を納めた時、ようやく衝撃波が遅れて発生し、ボス部屋の誇りを舞い上げた。
ドサッ……。 ズズ……ン。
首と胴体が別々に崩れ落ちる音。 俺は振り返りもせず宙に浮いたままの【水影】を手元に呼び戻した。 黒い液体がタスクを終えて嬉しそうにプルプルと震えている。
「……ふぅ。ノーダメクリア」
俺は崩れ去った巨体が光の粒子になり、後に残された巨大な魔石を拾い上げた。 これなら、ギルドの評価も上がるだろうか。 俺は出口へと続く階段を見た。 ここから先は中層。 だが今の俺には、恐怖よりも「次のステージ」へのワクワク感の方が勝っていた。
俺は黒衣を翻し、新たな深淵へと足を踏み入れた。




