ギリ試行錯誤
居合はちょっと封印する事にした。ぶっちゃけ凄く痛い…。ヤバそうな奴に相対した時の初見殺しの奥の手として俺の『とっておき』になった。
今はとにかく普通に戦えるように精進している所だ。剣道でもやっていれば良かったんだが、生憎と体育の授業で竹刀や木刀を振り回した程度の経験しか無い。
慣れない真剣を振り回すとすぐにバテてしまい、正直言ってゴブリン一匹でも息が上がってしまう。命懸けの、文字通りの真剣勝負。命のやり取りがこんなにも消耗するとは思わなかった。
「はぁはぁはぁ……セーフティゾーンへ」
一体、何回出入りしたか分からないが、恥も外聞もない。ヤバくなったらスキルで鉄粉爆破を使用して勝利する。相手が水魔法を使用してくれようものなら大喜びだった。しかし割と…いや正直言うと楽しくて仕方ない。喧嘩すらした事が無かった俺だが、SSスキルとSSランク装備のお陰でイージーモードで楽しめている。そんな調子でぶっ通し1週間、流石に素材も溜まってきたし、食料も底が尽きてきたので帰還することにした。
出口に向かう暗い階段を上り、陽光が見えてきた。久々の外の空気は驚くほど新鮮で、思わず深呼吸をせずにはいられない。
「あ~風呂にも入りたいな~」
帰路へ向かう途中、あれが食べたいこれが飲みたいなど頭の中に溢れて来て、優先順位がつけられない程やりたいことが列をなしていた。
とりあえず獲得した素材をギルドへ持ち寄る。マルコの所へは持って行かずに、何故ギルドに持ってきたかと言うと、ダンジョンの1層の素材は要らないと言われているからだ。もちろんギルドの買い取り額も二束三文だった。Lv1素材なんてそんなもんだ。この世界ではステータスが見えないのでLvの概念は無いが、ダンジョンの階層などが一つの指標になっている。
『○○ダンジョンの何階層を踏破』や『○○の魔獣を討伐』と言った感じだ。
まぁ、駆け出しの俺にはまだまだ自慢できるほどの実績が無いので、そんな自己紹介はもっと後の話になるだろう。確かに俺は鉄竜を仕留めたが、どちらかと言うとあれは罠に嵌めた形に近い。実際、盗賊のボスに殺されかけたし、お世辞にも実力的に強いとは言えない。ただスキルが強いだけだ。まぁ「居合」に関してはスキルを使いこなしているし、実力として強いと言ってもいいかなと思っている。
今はそんな風に技を開発したり見つけていくのが楽しみの一つになっている。仕事と趣味が同じ人の気持ちが初めて理解できた気がした。こんなに楽しけりゃ、そりゃあ苦にならないわ。1週間地下に籠って仕事なんて一体どこのブラック企業だよって思うけど、俺の場合はブラック自営業なので納得している。
とりあえず宿を取って風呂に入り、飯とエールで自分を労う。至福の福利厚生のひと時だった。こんなにうまい飯は生まれて初めてかもしれない。
好きな事、したい事が生活に直結している事がこんなにも充実しているとは思わなかった。初めて人生で輝ける予感を感じる。酒のせいもあるのか自分に可能性を感じて仕方ないし、自分の今後に期待している。
たかがLv1階層のダンジョン、側から見ればそうだろうけど俺は、俺だけは俺の可能性を知っている。このスキルを磨くべく、発想力と努力を惜しみなく自分に投資しようと思える。そんな自分に何度目の乾杯だろうか、夜も更けていく…
「……み、水…」
久々の二日酔い。が、こんなのも悪くない。未来に希望があるだけで二日酔いすら笑って受け入れられる。心の余裕ってこんなに人生を豊かにするのかと、昨日に引き続きまたまた驚かされた。
俺は冷たい水で顔を洗い鏡に向かった。 そこには、昨日の充実感をまだ瞳に残した男が映っていた。
「よ〜し。今日も出勤するか」
俺は「ブラック自営業」のタイムカードを押すように意気揚々と黒い装備を身に纏い、ダンジョンへと向かった。
***
それからの一ヶ月。 俺はひたすらにダンジョンの地下1階層から5階層までのエリアで「レベリング」を繰り返した。
俺の戦い方は他の冒険者とは根本的に違う。 剣技の型も、魔法の威力も関係ない。 徹底した「効率化」と「無駄の排除」だ。
最初のうちはゴブリンの不規則な動きに翻弄され、無駄に走ったり大振りしたりしてすぐに息が上がっていた。 だが、閉鎖空間での超高感度ソナーが、俺の戦闘を劇的に変えた。
ガチャ、という鎧の音。ギチッという骨が軋む音。 俺の耳には敵が「動く前の筋肉の収縮音」や「重心が移動する音」がはっきりと聞こえるのだ。
「……右からの大振り。踏み込みは浅い」
見なくても分かる。 目をつぶっていてもオークの振り下ろす棍棒の軌道が3Dモデルのように脳内に予測される。 だから俺は最小限の動きで、ほんの半歩だけ動きそれを避け、がら空きの首筋に【竜胆】を当てる。
動から静へ。 余計な力みが抜け、俺の動きから「無駄」が完全に消滅した。 結果として疲労度は劇的に減り、ダンジョン探索の時間が飛躍的に伸びていった。
***
そして、俺はこの一ヶ月で、マルコ商会が仕立ててくれた「オーダーメイド装備」の隠された機能にも気付かされた。
第5階層のセーフティゾーンでの休憩中。 俺は暇つぶしに、インナーの忍び装束(ドラゴニアの内皮製)に、様々な周波数のフォノンを流す実験をしていた。
ジィィィィン……。
ある特定の高周波を流した瞬間、インナーがギュッと収縮し、まるでギプスのように俺の体を固定したのだ。
「……マジか。形状記憶の様な硬化機能だと?」
俺は驚愕した。 ドラゴニアという生物は、体内の生体電流によって自らの金属組織を硬化させたり、弛緩させたりしている。その特性がこの服にも残っていたのだ。
これは、ただの服じゃない。 俺の振動(意思)一つで筋肉の動きをアシストし、衝撃を吸収する、極めて高度な「生体外骨格」だ。
この発見は、俺の「とっておき」の完成度を一気に高めた。
そう、あの暴発する【音速抜刀】だ。 あまりの反動の強さに、使うと俺の肩や足腰が壊れそうになるため「痛いから封印」していた、文字通りの諸刃の剣。
だが、抜刀の直後にインナーを硬化させ、体を岩のように固定すればどうなるのだろう?
「……試してみるか」
第5階層の通路。 俺は、硬い甲羅を持つ巨大なダンジョンクラブ(大蟹)と対峙していた。 俺は腰を落とし、竜胆の鍔に親指をかける。
キィィィィィン……!!
「……抜刀」
ズドンッ!!
爆音と衝撃波。 音速に近い速度で射出された刀が巨大な蟹の甲羅をバターのように両断する。直後、インナーにフォノンを流し込む。 ギチリ、と全身の繊維が硬くなり、俺の体幹をコンクリートの支柱のように固定する。
今までなら俺の体は反動で吹っ飛び、右肩は悲鳴を上げていただろう。
だが、今は違う。 硬化したインナーがサスペンションのように衝撃を吸収し、俺はピタリと「残心」の体勢を維持していた。
「ふぅ……おっけ!痛くない」
俺は感動に震えながら、カチャリと刀を鞘に納めた。
日暮れ時。 俺の頭の中はこれから宿屋で食べる「大蟹のボイル」と「冷えたエール」のことで一杯だった。自然と足早になってしまう。
ああ、仕事って、本当に楽しいな。




