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花泥棒に恋をする  作者: 柏木椎菜


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9/9

九話

「……ここで何をしてるんだ」

 椅子に座るトーラの前に立つと、静かな部屋に響く男の声が彼女に聞いた。

「どうして、ここに……?」

 トーラは引きつった表情で男を見上げてる。

「こっちが先に質問してるんだ。答えろ。ここで何をしてる」

 語気の強い男の態度にトーラは目が泳ぎ、びくついてる。何なんだこいつは。危ないやつなら彼女から遠ざけないと。

「ちょっと! 突然来て何なんだ? 彼女が怯えてる。近くに寄るな」

 僕が二人の間に割り込もうとすると、フードの男はすかさず僕を押し退けてきた。そのせいで僕はよろめき、机の上に手を付いて倒れた。

「や、やめて。手は出さないで」

「手を出したわけじゃない。邪魔だからどいてもらっただけだ」

 冷たい口調と共に、冷やかな男の視線が僕を見下ろす。一体何者だ、こいつ。

「ファルク、大丈夫? どこか打ってない?」

 トーラは駆け寄って来ると、倒れた僕を起こして松葉杖を渡してくれる。

「平気だよ。バランスを崩しただけだから……トーラは、この人と知り合いなのか?」

「ええ、まあ……」

「まあ? 許嫁なのに、はっきり知ってると言えない理由でもあるのか?」

 男の言葉に、僕は驚いて思わず凝視した。フードの下の青い目が不満そうにこっちを見てくる。

「許嫁……本当に、そうなの?」

 隣のトーラに聞くと、その頭は小さく頷いた。

「彼は、私の許嫁のレイダルよ……」

 紹介されると、男はフードを下ろして顔を見せた。後ろで結った長い金髪に白い肌、はっきりした目鼻立ちは男から見ても整い過ぎてる。そしてつんと尖ったエルフ特有の耳……この人がトーラの恋人で、夫になる男性……。

「許嫁が、何でこんなところまで来たんだ……?」

「来ちゃ悪いとでも言うのか」

「い、いや、そうじゃないけど、この場所を知ってたのかと思って……トーラ、彼にこの家の場所を教えてたの?」

「場所まで教えたことなんてない。だから、どうしてここに来れたのか、不思議で……」

「答えは簡単だ。トーラの後を追って来たからだ」

 僕とトーラは目を丸くして許嫁を見た。

「……尾行した、ってこと? 何で――」

「君の様子が最近、変わったのが気になったからだ」

「それなら、つけたりしないで私に聞けば――」

「聞いたとして、君は素直に話してくれたのか?」

 これにトーラは言葉を詰まらせる。

「……そうだろうと思って、だから私は君を尾行させてもらったんだ。もちろん、君には申し訳ないことをしてる自覚はある。でもそれ以上に君の様子が気になって仕方がなかった。だから悪いと思いつつ、後をつけさせてもらった。そうしたらどうだ。人間の男と会ってたとはな」

 そう言って許嫁のレイダルは僕をジロリとねめつけた。

「ご、誤解しないで。彼には魔法薬に使う材料を集める仕事を手伝ってもらってただけで……ほら、前に言ったでしょう? 手伝ってくれる人がいるって」

「それは確かに聞いたよ。でも人間の男とは一言も聞いてない」

「別に問題なんてないでしょう? 人間だろうとエルフだろうと……」

「問題は種族じゃない。相手が男であることだ。しかも若い男に……なぜわざわざ頼む必要があるんだ?」

「材料は人間の住む地域で探してたから、不慣れな私には案内が必要で……そこで人間の彼に頼んだの。おかげで順調に材料が――」

「材料集めなら、私に言えばいくらでも手伝ったのに、なぜ言ってくれないんだ」

「あなたは、本業のほうもあるし、新たなことを頼むのは気が引けて……」

「調査研究なら代わりの人員を立てれば支障はない。それが無理だったとしても、手の空いてる者を探せばいくらでもいたはずだ。不慣れな地域とは言え、親しくもない人間の男に頼るのは、君の身を危うくさせることだ」

 まるで僕が彼女によからぬことをするみたいな言い方に、思わず口を開いた。

「あなたの心配もわかるけど、僕は純粋に仕事をしてるだけだ。許嫁がいることも聞いてたし、僕なら役に立てると思って――」

「私の存在を知りながら、この部屋に二人きりでいたのはどういうことだ?」

 いぶかしむ青い目が僕を突き刺すように見てくる。

「それは、さっきまで雨が降ってたから、やむまで休んでただけだよ」

「あなたが疑うようなことは何もないわ。本当よ」

 二人でそう言っても、レイダルの目から疑念の色は消えてくれない。

「そもそもを言えばトーラ、君はこの男となぜ知り合ったんだ? エルフと人間は、小規模な交易を除けば基本、交流はしてない。商人でもない君が人間と知り合う機会なんてまずないはずだ。それがどうして知り合えたんだ?」

「え、そ、それは……」

 言い淀んだトーラは助けを求めるように僕のほうを見た。彼女と知り合ったきっかけは、彼女が庭の花を盗みに来たから――そんなことを馬鹿正直に言えるはずもない。それを明かして、二人の間に亀裂や失望を生む事態は避けないと。

「……この家の近くを、彼女がたまに散歩してるのを見かけて、僕が挨拶したのが最初だ」

「散歩……こんな遠い場所まで? 本当か?」

 疑うレイダルに聞かれて、トーラは小さな声で答える。

「夜、一人で、気分転換に……」

「ああ、確かに、前に一度、夜遅くに君の家を訪ねたことがあったが、留守だったな」

 思い付いた作り話に乗ってくれて、僕は胸の中でホッとする。

「でも君は人間の住む地域は不慣れだと言ってた。それなのに一人で散歩をしてたのか? しかも視界の利かない夜に……どうも信じがたいな」

 腕を組んだレイダルが僕達を鋭い眼差しで見つめてくる。これはどうすべきか。嘘がバレるわけにはいかないけど、何か言ってボロを出すのも怖いし……。

「距離を開けてつけながら、君達のことを眺めてたけど、随分と仲がよさそうに見えた。笑顔で話して、彼に触れたり――」

「それは、転びそうになったから助けただけのことよ」

「彼女は優しい人だから、僕を気遣ってくれたんだ。それ以外の理由なんてない」

 レイダルはゆっくり歩き回りながら部屋を見渡す。

「どうだか……雨を口実に部屋で二人、何かしようとしてたんじゃないのか」

「やめてレイダル。私達には何もやましいことなんてないわ」

「僕は仕事を引き受けて、ただ君達を手伝ってるだけだ。心配するようなことは何もないよ」

「そう言い返されるほど、怪しさが増すんだよ……ん? これは……」

 レイダルは何かを見つけて足を止めた。視線の先には三脚に載る画布――まずい、と瞬時に思ったけど、もう遅かった。

「描かれてるのはトーラに見えるが、私の勘違いじゃないよな」

 振り向いたレイダルは僕達を横目で睨み付ける。これの言い訳は不可能だ……。

「材料集めをしてたんじゃないのか? それとも実際は集めに行かず、ここで向かい合って絵を描かせてたのか?」

「その絵は……う……」

 トーラは口ごもる。絵を描いた経緯を語れば、花泥棒の話もしなくちゃいけなくなる。何か上手いごまかし方は――

「おい人間」

 呼ばれて僕はすぐに顔を上げた。目が合うとレイダルはつかつかとこっちに歩み寄って来た。

「許嫁がいると知りながら手を出すとは、言語道断だぞ」

「僕は手を出したつもりなんて――」

「彼女の様子が変わったのは、やはりお前の影響みたいだな。私の知らないところでコソコソ会うなど、許せることじゃない」

「僕達はもう友達なんだ。自由に会ったって――」

「じゃあ聞くが、お前が私の立場であっても、許嫁が若い男と黙って会ってても許せるのか?」

 ウッと詰まりそうになったが、ここで黙れない僕は力強く答えた。

「それは……友達なら、許すべきだ」

 これにレイダルはフンッと鼻を鳴らした。

「そうか。許してほしいか……でも私はそこまで寛大な心を持ち合わせてないんだ。それに、本音を言わないお前を信用してもない」

「本音って、何のことだ……」

「とぼけるな。種族は違っても同じ男だ。つけながら眺めてたお前の態度で本音はわかる。だからこれ以上、トーラに構ってもらっちゃ困るんだ」

 するとレイダルは僕を睨みながら顔を近付けてきた。

「彼女をたぶらかすのは、やめろ」

「……!」

 言い返してやろうと思ったが、彼の静かな威圧に気圧されて口が開けなかった。

「君も君だ、トーラ。得体の知れない人間なんかに心を許すな」

「彼はそんな人じゃないわ。親切で、思いやりもあって、私達と変わらない――」

「君の前ではそう見せてるだけかもしれない。婚姻の準備も整ってないのに、問題を起こすな。帰るぞ」

 トーラの腕をつかむと、レイダルは強引に玄関へ引っ張って行く。

「は、放して、レイダル」

「放さない。君はもうこの人間と関わるな。その必要もない」

「だけど、まだ材料が集まり切って――」

「それは手の空いてる者に頼めばいいと言っただろう。君には別の作業をしてもらう」

「途中でやめるなんて嫌よ。最後までやらせて」

「駄目だ。これからは都の中での作業につくんだ」

 トーラは歯を食い縛って表情を歪めた。

「……私は、あなたの体裁のためにいるんじゃない。本音を言ってないのは、あなたのほうじゃない」

 僕にはその言葉の意味がわからなかったけど、聞いたレイダルは明らかに表情を強張らせた。

「私に何か言いたいなら、都へ戻ってからにしてくれ。これは他人に聞かせるような話じゃない」

 レイダルは腕を引いてトーラを外へ連れ出して行く。ここは引き止めるべきか――僕が近付こうとすると、気付いたトーラがこっちに振り向いた。

「ファルク、私に構わないで。ごめんなさい。仕事を頼んだのに、もう会うことは……」

「そんなの気にしないで。こっちこそごめん。こんなことになって……」

 申し訳なさそうに、でも優しい笑顔を残して、トーラはレイダルに連れられて家の外へ消えて行った。

 開けっ放しの玄関扉から侘しく冷たい風が入り込む。トーラは嫌がってたけど、僕は何もできなかった。無理にでも助けるべきだったんだろうか。でも他人の僕が割って入れば、誤解がもっと膨らんでたかもしれない。誤解……確かにそうではある。僕はトーラをたぶらかしてはない。だけど許嫁は気付いてた。彼女に対する僕の気持ちに。傍から見てそんなにわかりやすかっただろうか。婚約者のいるトーラを自分のものにしようとは考えてないけど、ここには確実に恋心はある。だから完全な誤解とも言い切れない。それに気付いてるレイダルにしてみれば、僕を警戒して睨むのも当然だ。これ以上、二人の仲を邪魔できない。これを最後にするべきなんだろう。トーラの幸せのためには……。

 でも僕はふと思い返す。許嫁に抵抗する中で、彼女は彼に文句のようなことを言ってた。体裁とか、本音がどうとか……あれは何だったんだろう。日頃の鬱憤をぶつけただけなのか? でもレイダルはそれで顔色を変えてた。二人の間に何か問題が起きてるのか――そう考えて僕はすぐに頭を振った。駄目だ。自分の嫌な心が顔を出しそうだ。素直に祝福してあげられないのか、僕は。妙な期待を抱くな。トーラの幸せだけを考えればいい。それで、いいじゃないか――自分を無理にそう納得させながら、僕は風の流れ込んで来る扉をそっと閉め、鍵をかけた。静寂が広がって、何だか余計に侘しさを感じた。

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