第四章:王太子の訪問
数週間後、噂は広まった。
「アルトフォール家の令嬢が、庭でハーブを育てている」
「なんと、王太子様が見に来られたとか?」
「まさか、また気を引こうとしてるの?」
噂通り、ある日、王太子ロドリゴ・ミゲル・アラゴンがハーブ園を訪れた。
黒い外套に、金色の瞳。端正な顔立ち。
ゲームでは、ヒロインにだけ優しく、他の女性には冷淡なキャラだった。
「エリアーデ・ノクティア・アルトフォール。噂には聞いていたが、本当にやっているのか?」
「はい、王太子殿下。癒しのハーブを育てています」
「貴族の令嬢が、土に触れるなど……ふざけているのか?」
「いいえ。これは、私の生き方です」
「……生き方?」
「はい。私は、誰かを傷つけるより、香りで人を癒したい。怒りより、静けさを選びたい。だから、ここにいるんです」
ロドリゴは黙り、そして、ラベンダーの花を見詰める。
「この香り……母が好きだった」
「王妃様が?」
「ああ。母は病がちで、毎晩カモミールティーを飲んでいた。でも、亡くなってから、その香りを避けてきた」
「香りは、記憶を呼び覚ます。でも、それは悲しみだけじゃない。優しい思い出も、蘇る……」
「……面白い女だな。悪役令嬢と呼ばれているの割には」
「悪役令嬢なんて、誰が決めたましたの? 私は、ただのエリアーデです」
ロドリゴは、初めて笑った。
「……また来る。そのカモミール、教えてくれないか?」