第二章:ハーブ園の再開
三日後、私は城の庭師に会いに行った。
「エリアーデ様、お呼びでしょうか?」
「アーロンさん。庭の片隅、使われていない場所に、ハーブ園を作りたいの。許可してもらえるかしら?」
庭師のアーロンは、五十代の穏やかな男性。
ひげを生やし、手には泥がついている。
ゲームでは名前すら出なかったが、今では私の味方になるかもしれない。
「ハーブ園? ほう……エリアーデ様が?」
「ええ。ラベンダー、ローズマリー、タイム、カモミール……癒しのハーブを育てたいの。お茶にしたり、アロマにしたりして、城の人たちにも使ってもらいたいわ」
アーロンは目を丸くした。
「……驚きました。貴族の令嬢が、土に触れるなど……」
「でも、あなたはそれを否定しない?」
「いいえ。植物は、身分を問わず、誰にでも癒しを与えてくれます。私がこの城に来たのも、薔薇の香りに惹かれたからです」
「じゃあ、協力してもらえる?」
「もちろんです。むしろ、嬉しく思います」
こうして、城の南西隅──日当たりの良い、かつては放置されていた一角に、エリアーデのハーブ園が誕生した。
最初は小さな区画。
土を耕し、苗を植え、水をやり、日差しを確かめる。
私は毎日、朝早く起きて、庭に通った。
「エリアーデ様、また土だらけですわね」
ある日、城の令嬢たちが通りがかり、その一人が、鼻で笑ってくる。
「貴族の令嬢が泥にまみれて、何をやっているのかしら? まるで下僕みたい」
「まあ、アルトフォール家の令嬢が、庭仕事? お父様が聞いたら怒るわよ」
私は振り返らず、ただ言う。
「この土は、ラベンダーの香りを育てるための宝物よ。あなたたちには、分からないかもしれないけれど」
彼女たちは呆れたように去っていったが、私は気にしなかった。
──私は、もう悪役令嬢の役を演じない。
でも、だからといって、へりくだってもいない。
ただ、自分の信じる道を歩くだけ。